清く正しく悪徳領主
「増税だ」
「は?」
執務室。
子爵家での修行を終えた俺が、最初に行ったのは――増税だった。
「俺はエクスナー男爵を見習うことにした。男爵は凄いぞ。ギリギリまで搾り取る人だ。その息子のクルトも、頭脳派で少しでも多く搾り取ろうとする精神を引き継いだ男だ」
だから増税だ。
え? 領民が困る?
――それがどうした? 俺は困らない。
「時は来た! 悪徳領主として――大増税の時間だ!」
俺の意見を聞いて、天城が少し思案をするが――頷いた。
「頃合いでしょうね。問題ないと思います」
「だろ! 領民たちの苦しむ声が聞こえてくるな」
時々、何を勘違いしたのか、俺が名君と言い出す馬鹿がいる。
俺の用意した情報操作用のテレビ局が、俺を褒め称えている影響だろうか?
マスコミって超便利だよ。
「馬鹿な連中だ。信じていた俺に裏切られても、俺を名君と称えるんだからな」
「旦那様、増税の詳しい内容に関してはどうなさいますか?」
「お前に任せる。ギリギリまで搾り取れ!」
「かしこまりました」
――翌日、来年度から増税を行うことを発表した。
もう、領内は大騒ぎだったよ。
ウケる!
◇
バンフィールド家の領内にある民家。
庭付き一戸建ての白い家は、綺麗に手入れがされていた。
そこの主人は中年男性で、ちょび髭を生やし中年太りのお腹をしていた。
男性が庭に出て職場に向かおうとすると、親戚が慌てて男性を訪ねてきた。
「おい、聞いたか!」
「どうしたんだ? これから仕事なんだ」
「いいか、これを見ろよ!」
彼の情報端末から表示されたのは、増税に関する発表だった。
それも、リアムの名前が使われており、ほぼ強制という内容だ。
反発すれば、軍が出て来て即逮捕コースである。
男性はその内容を確認すると――震えていた。
「本当なのか!」
「間違いない。政庁からの正式発表だ。大増税だってよ!」
二人はむしろ喜んでいた。
「これは仕事どころじゃないな。募集は?」
「第三陣が一番近い。こっちは、向こうでの開発計画の人手を募集しているが、やっぱり学者先生たちが中心だな。俺としては、第四陣に食い込みたい。お前も来るか?」
「当然だ! うまくやれば、あっちで独立できて、仕事にも困らないからな」
彼らがどうして喜んでいるのか? そして、何の話をしているのか?
これは、リアムも忘れているのだが――バンフィールド家では、開拓惑星に入植を開始していた。
本拠地である惑星の開発が落ち着いたこともあり、他の惑星に手を出したのだ。
開拓惑星への入植は難しい。
人だけ送って、初期投資以外は放置する領主も少なくない。
そして、大増税の名目は――開拓惑星の本格的な開発。
つまり、彼らからすると、リアムが本気で開拓惑星に投資すると考えられた。
彼らからすれば――。
「増税はどれくらいだ?」
「少なくはないが、昔よりはマシだ」
かつてのバンフィールド家を知っている領民からすれば、耐えられない額でもない。
今までは安すぎたくらいだ。
不満も出るだろうが、移住を考えている人々からすれば嬉しい知らせだった。
「リアム様が戻ってきたら、本格的に開発を行う噂は本当だったな」
「向こうで一旗揚げようぜ」
男性たちは、仕事が終わったら祝杯を挙げることに決めた。
◇
大増税発表後。
ニュースをニタニタと見ていた俺は、内容が面白くて仕方なかった。
テレビに出ているコメンテーターが、必死に俺の発表を擁護している。
『今回の大増税は、開拓惑星への投資が目的で――』
そんなコメンテーターに、主婦層を代表するタレントが意見していた。
『でも、そんなことで増税と言われても困りますよね。税金は正しく使ってもらわないと』
『いえ、ですから、開拓惑星への投資は、正しい使い方でして』
『それは移住したい人たちの問題ですよね?』
実に楽しい番組じゃないか。
大増税なんて、どう考えても受け入れられない内容だ。
これが前世の民主主義なら、すぐにでも内閣は解散させられていただろう。
貴族政治万歳。
その後も、俺の方針に対する話題で盛り上がっていた。
軍艦を貸し出すという話題でも、タレントが文句を言っている。
『というか~、軍艦を購入して他の惑星に貸し出す意味が分かりませんよ~。私たちの税金なんですよ』
このタレント、主婦層を代表しているので、こういった不満をよく言っている。
それをコメンテーターや司会者が説得するまでが一連の流れ――つまりセットだ。
「この、相手を怒らせるようなキャラは凄いな」
俺への不満を言って、テレビ局が公平ですという立場を主張しているのだ。
――全ては茶番だ。
このタレントも、全て分かった上での演技だろう。
コメンテーターも彼女につられたのか、迫力ある演技をしている。
『あんたいい加減にしろよ! コストの問題だって、さっきから言っているだろうが! うちの領内から、軍を派遣するよりも艦艇を貸し出した方が安いんだよ!』
『だから、それは他の惑星の問題で~』
『話を聞いていたのか! 海賊に領地云々の話なんか関係ないんだよ! 余所に海賊の本拠地ができたら、うちの領地も困るんだよ!』
迫力ある演技に脱帽ものだ。
このコメンテーター、実は役者なのではないだろうか? あり得るな。
専門家という肩書きは、きっとテレビ局が用意したのだろう。
肩書きに騙される視聴者たちがいると思うと、楽しくて仕方がない。
大型のモニターでテレビを楽しんでいると、天城が近付いてきた。
紅茶を用意している。
「旦那様、楽しそうですね」
「あぁ、楽しいね。こんな番組を信じて、俺を名君と言っている領民が多くて笑える」
情報操作も完璧だな。
「領内の安全を守るのは本当ですし、開拓惑星への投資も事実ですけどね」
「そうなの?」
まぁ、大増税がしたかっただけで、その金で何をするとか決めていなかった。
ただの嫌がらせだ。
領民から搾り取りたいだけ。
その気になれば、俺には錬金箱もあるので何の問題もない。
ただ、領民たちが苦しむ姿を見たかった。
カップを受け取り、優雅に紅茶を飲む。
「苦しむ領民の姿を見ながら飲むお茶は最高だな」
「旦那様が嬉しそうで何よりです」
番組は、最近の流行について話し合いだしていた。
『さて、次は最近流行の若者のヘアスタイルについてです』
『若者の発想には驚かされますね。まさか、こんな髪型が流行るなんて思いもしませんでしたよ』
番組の出演者たちが笑っていた。
いったいどんな髪型だと思っていると――。
『これが流行の“竜巻スタイル”です』
などと言って、モデルが会場に入ってくる。
俺は紅茶を噴きだした。
その姿は、髪型を巻いて――よく言えばソフトクリームで、悪く言えば――という髪型だった。
天城が俺の吹き出した紅茶の掃除をはじめる。
「あ、天城ぃぃぃ!」
「何でしょう、旦那様?」
「この髪型は本当に流行っているのか? うちの領地に、これがいっぱいいるのか!? 嘘だよな? 嘘だと言ってくれ!」
モニターを指さすと、天城が俺から視線をそらした。
「――屋敷では認めていないので大丈夫です」
「屋敷以外はこれかよ! よりにもよって、この髪型はないだろ!」
くそっ! いい気分が台無しじゃないか。
これが大増税を決めた俺に対する、領民たちの仕返しなのか?
「こんな恥ずかしい髪型をしている領地だと思われたくない」
「まぁ、言いたいことは理解できますけどね」
俺は増税を決めた時よりも、強い意志で、
「すぐに規制しろ。こんなの認められるものか!」
「駄目と言えばやりたくなると思うのですが? まぁ、政庁に連絡を入れておきます」
その後、すぐに規制する流れになった。
だが、増税ではデモもなかったのに、髪型一つを禁止にしたらデモが起きた。
――この領地、終わっている。
◇
侍女長が宰相に報告を行っていた。
『なるほど。本気で開拓するために増税を行ったか』
「不自然なところは見当たりませんね。増税したからと、何か贅沢をしている様子もありません。むしろ、慎ましいままですから」
『――欲がなさ過ぎるのも問題だな』
「余裕がないのでしょう。ただ、お金の使い方は心得ていますよ」
リアムの増税やら、その他諸々を報告する侍女長だった。
リアムに対するスパイ活動である。
しかし――これが、リアムを守ることになる。
開拓惑星への大規模な投資の財源が、増税だと侍女長に思わせた。
『羽振りがいいので気になっていたが、蓋を開ければ倹約のおかげか。予想通り過ぎて、少々つまらないな』
「何か大きな秘密があった方がいいような言い方ですね」
『まさか。まともな貴族の誕生を喜んでいるところだ。ピータック家のような家が出てくる中で、帝国にも希望があるのだと思える』
ピータック家だが、あまりの惨状に親族たちが相続を拒否。
このままでは、エリクサーが手に入らず治療ができないペーターが、最後の当主となってしまう。
そして、残った莫大な借金だが――婚姻を結んでいるため、レーゼル子爵家に向かいそうになっていた。
「それと、非公式にエクスナー男爵家から、将来的に娘の花嫁修業を任せたいという打診を受けております」
『ふむ、バンフィールド家なら丁度いいかもしれんな。受け入れ態勢は整っているか?』
「十年もあればなんとか、というところですね」
『君がいれば安心だ。バンフィールド家に力を貸してあげなさい』
「えぇ、そのつもりです。実際、来年度からは小領主たちの子弟を受け入れます」
『男爵以上の家から子弟を受け入れられるようにしてほしい。子供らの修行に関しても、問題が多くてかなわんよ』
通信が終わった。
◇
翌年。
バンフィールド家ははじめて他家の子弟を預かることになった。
ただし、周辺領主のいわゆる小領主――男爵家より下の家からの子弟だ。
近隣――とは言っても、かなり距離があるのだが、割と近い領地から若い子弟たちが集まった。
俺とは違い、小領主の家では跡取り以外は帝国に留学できない。
そこまで出来る金がないのが実情で、本来なら寄親を頼って頼むとかする。
しかし、今までバンフィールド家が頼りなく、そのようなことをしてこなかったので――近隣の小領主たちは困り果てていたようだ。
広い部屋に集まった連中は、ほとんどが俺よりも年上だった。
ブライアンと、天城を連れて部屋に入ると、侍女長が俺を迎えてくれる。
「リアム様、本日より当家で預かる者たちです。さぁ、ご挨拶なさい」
俺が来ると、全員が挨拶をしてくるが――その中の一人がガムを噛んでいた。
ニヤニヤしながら、天城を見ている。
「なんだ、人形かよ」
眉をひそめると、侍女長がその若者に近付き平手打ちをした。
乾いた良い音が部屋に響く。
「口を慎みなさい」
だが、そいつは止まらなかった。
「俺よりガキじゃねーか。緊張して損したぜ」
――時々いるんだ。
世間を知らずに育ったために、自分の立場を理解していない馬鹿野郎が。
俺が侍女長を押しのけ、そいつに近付くとぶん殴った。
男が吹き飛び、壁にぶち当たると咳き込んでいた。
「て、てめぇ――」
「反抗的な奴は必要ない。ブライアン、こいつは追い返せ」
「お、お待ちください、リアム様。まだ初日でございます」
「だからどうした? 俺を不快にさせたのが悪い。そもそも、こいつの実家が悪い。こいつの教育を怠った結果だ。付き合う価値もない」
俺は自分には優しいが、他人には厳しい男だ。
周囲が静まりかえり、男は訳が分からないという顔をしていた。
「天城、送り返す手配をしろ」
天城が頷く。
「すぐに手配いたします」
◇
数日後。
事情を聞いた小領主の当主が、俺に詫びを入れに来た。
問題児を廃嫡するから、今後も変わらぬお付き合いをお願いしますと言ってきたのだ。
もちろん、快く受け入れたさ!
俺は俺に尻尾を振る人間が大好きだ!
「力を持つっていうのは最高だな。帝国では一貴族でも、地元に戻れば王様だ。実に気分がいい」
ブライアンが俺を見て少し呆れていたが、褒めてくれた。
「侍女長が感心していましたぞ。思い切りがいい、と。ただ、私としてはもう少し穏便に対応して欲しかったのですけどね。せっかく、寄子として復活した家が減るのは悲しいですからな」
「最初が肝心だ」
どうでもいいが、前世でもあの手の若いのに苦労させられた。
俺に舐めた態度を取る奴はみんな○ね!
「あの一件で、他の子弟たちが随分と大人しくなったそうです」
「それはよかった」
感心していると、ブライアンが俺に尋ねてくる。
「それよりも、顔合わせで気になった娘などはいませんでしたか?」
「娘? ――そういえば、しっかり見ていなかったな」
ブライアンが残念そうにしている。
「そうですか。側室候補だったのですが、残念です」
「え? そうなの?」
「婚約者のいない行儀見習いの寄子の息女たちですぞ。当然ではありませんか。むしろ、お手付きになりたい者も多いと思いますよ。むやみやたらというのは困りますが、まったく興味を示さないのも問題ですぞ」
「そういうものか? でも、俺の目に留まる絶世の美女がいなかったから仕方がない」
「好みの者はいなかったと、侍女長に伝えておきましょう」
ブライアンが諦め「次回に期待しましょう」とか言っていた。
あれ? そうなると、エクスナー男爵の娘って――まさかな。
寄子の娘とは立場が違うから、あり得ないか。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。リアム様が、女の子に見向きもしないなんて――辛いです」