4.悩み事はたくさんある
「あー、頭が痛い……」
先に言っておくけど、寝すぎて頭が痛い――という事ではない。
では、頭痛の原因は何か……さらに断っておくけど実家の件でもない。いや、そっちは多少頭の痛い問題ではあるけど。
だけど、わたしは伯爵領よりも頭を悩ませなければならない問題があった。
「どうすればいいのよ」
ため息をつきたくなって頭を悩ませているのは、公爵領で新たに行う予定の事業について。
順調にいけば、なんの弊害もなく進めることが出来たはずなのに、ここにきて最大の弊害が生まれた。
「どうしてヴァンクーリがどんどん増えてるのよ! 公爵領を乗っ取る気なの!?」
実は十匹ほどにもなるヴァンクーリは始まりにすぎず、段々その数を増やしていってるらしい。
らしいというのは、わたしもたった今旦那様から聞いたばかりだからだ。
「さてな、ただしそろそろ隣国が何か言ってきそうな気配はあるな」
うぅ! それこそこっちのせいじゃないのに。むしろ被害者なのに!
旦那様の執務室のソファの上で頭を抱えるわたしを楽しそうにミシェルが見ている。ちなみに、他にこの部屋にいるのはディエゴだけど、そっちはなんだか死にそうになってる。
話を戻すけど、現在ヴァンクーリの大半は炭鉱村の森や山で暮らしている模様。驚く事なかれ、なんと共存しているのだ、彼らと村の人たちは。
はじめの邂逅は歓迎されたものでもなかったが、彼らがいると害獣が近づかず、細々と各家庭で作っている畑を荒らされることもなくなった。
しかも彼らは山に自生してるヴァクイを勝手に食べて、人に危害を加えずむしろ手助けまでしてると報告も。
おかしいぞ、知能指数高くないか? そして、村の人たちも順応早すぎないか?
ただし、一つ言っておく。
彼らのせいで、わたしが計画していた事が不可能になり始めていた。
「餌……餌食べられてるんですけど……」
「すでに自生分はほぼ食い尽くしているとの報告もあるな。村人総出で育てているとか」
ヴァクイはある意味雑草に近い。
一株あるとそこら中に勝手に生え始めて成長する。ただし、暑い気候はお好みではないので寒い地域限定。
公爵領は縦に長く、北方の炭鉱村はヴァクイが良く育つだろう。そういうことも想定しての事業計画だった。
「あそこに現金を流すための計画だったが、この際ヴァンクーリの事業でもいいんじゃないか?」
「そもそも、なんでこっちに流れ込んでるんですか? 確かに山脈は繋がっていますけど、今まで一度もないんですよね?」
「はぐれを時々見かける程度だな。似たような気候で隣国にしか生息していないというのなら、彼らを引き付ける何かがあったんだろうが、その何かがこちらにもできたのかもしれない。そろそろ、問題化するだろうな、向こうの国でも」
こっちは別にいなくてもいいんですよ。
むしろ、数が多くなればなるだけわたしの考えている事業はとん挫する。
いや、別にヴァンクーリが嫌いとかじゃないですよ? むしろモフモフが気持ちいい。最高の毛触りだから、嫌いな人はいないんじゃないかな?
でも、ヴァンクーリの事業って隣国と競合しちゃうし、睨まれそうだ。
「別に現金が流入すればいいんだから、とりあえずヴァンクーリの毛を使った糸を紡いで売れば利益にはなる。別にこっちは国家事業でもなんでもないんだ。公爵家の主産業にする気もない。もしヴァンクーリが気まぐれでいるのならそれでもいいし、いなくなれば当初の目標通り肉の事業を始めればいい」
「それもそうですね」
ヴァンクーリと餌の取り合いみたいになってしまっていたけど、それなら別に問題ない。
「ところで、誰が毛を刈るんですか?」
「一人ではさすがに無理だろうな……、それにやはりきちんと訓練した人間がいいだろう。せめて他の動物でもいいから経験のある人物が好ましいな」
憐れみを持って、側に転がっているリヒトを見る旦那様。そのリヒトの毛は若干さみしい……気がしないでもない。
悪かったですねぇ! だって初めてなんだから仕方ないんですよ!
実はヴァンクーリの毛を刈るお仕事を公爵領でしてきたけど、もう本当に大変でした。
はじめにレーツェルから人身御供に差し出されたリヒトの毛を整えてみたけど、うん、わたし才能ないわ! ってすぐに理解した。理解したけど、わたし以外にやられたくないのか、ヴァンクーリ側が拒絶してきたのだから仕方ない。
そして、本番。
レーツェルが明らかに嫌がっていたので、他の子でもうちょっと練習! って思ってたけど、近くでわたしを指導してくれていた羊毛を刈っている人が、最終的には自らやり出した。というか、ヴァンクーリ君たちも、一匹終わった後から次第に及び腰になって、仕方ないかと手慣れていそうな人に集まった。
ひどいよね? わたしだってがんばっているんだよ? でも熟練の手つきとは違うんだよ。
ヴァンクーリの毛を刈るのは初めてだと言っていたけれど、羊毛と似たりよったりなのか手つきは慣れ切った動きをしていた。
むしろ動かないでじっとしているヴァンクーリの方がやり易いらしい。
「一つ聞きますが、需要ってあるんですか?」
「あるんじゃないか? 数が少ないとはいえ国内産だったら多少は価格は抑えられるだろうし」
旦那様の言ってる事は最もだ。でも、ものすごく高いからすごく高いに落ちる位だろうに、それでも欲しがるだろうかと悩む。
「リーシャ様、それなら市場調査したほうが早いんじゃないですか?」
「市場調査?」
突然横からミシェルが提案してきた。
「あの毛を好むのは主に女性が多いと思います。つまり、お茶会で聞けばいいんですよ。欲しいか欲しくないか。もしくはどれくらいの値段なら買うか」
「お金のことまで口に出すのはちょっとはしたなくない?」
「僕と親しい令嬢方なら別に何とも思わないと思いますよ? 分かってると思いますが、少し変わった子たちですから」
ああ、彼女たちね。
皇室主催でミシェルに紹介された派閥の令嬢たちだ。
確かに彼女達なら忖度なしで意見を聞けるかもしれない。
「お茶会か……」
「ちょうど今度みんなで集まるらしいんで、一緒に行きます?」
「……一つ確認だけど、彼女達はミシェルの事知ってるんだよね?」
「知ってますよ。ちゃんと言ってます、男だって。でも関係なく付き合ってくれている貴重なお友達です」
「さすが、変わり者の周辺には変わり者が集まるな」
類は友を呼ぶ的な? でも、それ言っちゃうと旦那様も当てはまっちゃうんですよ? ミシェルをこの家に招き入れたのは旦那様なんですからね。
「集まるのは他人のお茶会ですけれど、結構有名な庭園をお持ちの伯爵夫人が主催で、かなり多くの人が集まるようです。ちょうどいいのでは?」
さりげなく、ミシェルの仲間の令嬢だけじゃなくて他の人にも聞けとね。
いいですけれど。
「それなら私のところにも招待状が来てる。断るつもりだったが、ちょうどいい。伯爵に用事があったから付き合おう――……なんだ、その顔は」
「いえ、光栄だと思いまして!」
忙しい旦那様がたかがお茶会に参加とか言うと、何か企んでいると思われてもしょうがない。思わず顔に出してしまったけど、誤魔化して精一杯の笑顔で微笑んだ。
旦那様はちょっと不機嫌顔になっていた。
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