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7.最速の結婚

「ところで、本当にわたしでいいんですか?」


 一応聞いておく。

 のちのち後悔されても非常に困る。

 なにせ、後悔して離婚とでもなった場合、一番困るのはわたしだ。

 貴族社会において離婚はほとんどないけど、もしもの場合の保険は欲しい。なにせ、この家には二度と戻って来たくない。


「この結婚において、血筋以外に重要視することはない。もし、君の評判について言っているのなら――……私は全く信じていない。少なくとも、今日こうして会話してみて、話が通じないと感じた事は無いし、そんなに悪評が立つほど酷いとも感じない。むしろ、君の家族の方が厄介だと思ったな」


 少しほっとした。

 

 リンドベルド公爵様が言った、悪評とは領地や社交界で流れている話の事だ。

 興味がない相手でも多少は調べたのか、その口ぶりではよく知っているようだった。


 わたしの悪評とは、ずばり頭がおかしく、まともでないという事だ。

 まあ、見た目からそう判断されてもおかしくないとは思う。


 金色の髪は、艶を失いまるで箒のようにパサパサして広がっているし、目の下の隈と青白い肌のせいで生気がない上、ドレスの上からでも分かる程痩せている。

 濃い青い瞳だけが印象深く輝くので、それもまたアンバランスで不気味だ。

 少しくらい身なりに気をつければいいのだけど、睡眠不足と仕事のストレス、誰にも頼れない苦しさもあって、気を付けていても身体は衰えるばかりだった。

 

 本当は社交にだって行きたくない。

 そんな事をするくらいなら、寝ていたい。

 しかし、わたしの姿と自分の姿を比較させて、いかに自分が優れているのか見せつけたい異母姉のせいで、無理矢理連れて行かれるのだ。


 見た目があまりに貧相で、くたびれている姿は、物語に出てくるような悪いおばあさんの姿そっくりで、頭のおかしな女が何か怪しげなものに嵌って、伯爵家の財産を食いつぶしているという噂は真実味を増し伝わっている。

 領地では更に、伯爵様が言い聞かせても、どんなに頑張って伯爵領を守っていても、その散財のせいで暮らしぶりが一向に良くならないとも言われていた。

 

 考え出すと、ため息が出そうになる。

 頑張ったところで成果のすべては父親になり、逆にわたしが悪し様に言われるのだから。

 

「それから、もし離婚という事になった場合、そちらの有責でない限りは、生きて行くのに一生困らない程度の財産分与は考えている」

「それは、助かります」


 とてもよく気が回る人だ。

 むしろ、始めから離婚前提の結婚な気がした。


「もう一つ、結婚に同意してくれたので言っておくが、公爵夫人として多少(・・)厄介事に巻き込まれる可能性もあるが、そこは仕方がないと割り切ってくれ」


 それはわたしも考えていたので、頷く。

 なにせ、三食昼寝付きが保証されているだけでもうれしい。

 仕事も免除されているので、惰眠貪り放題……ああ、早く結婚したい。


「ちなみに、結婚はいつ頃のご予定ですか?」


 出来れば地味婚がいいけど、リンドベルド家の当主様の結婚なのに、それは無理か。

 そんな事を考えていると、リンドベルド公爵様はさらりとすごい事を言った。


「明後日だ。結婚特別許可証を交付してもらっているので、いつでも結婚できる。さすがに明日は少し無理だが、明後日なら時間が空けられる。準備は全てこちらで手配するので、身一つで大聖堂に来てくれればいい」


 流石に唖然とした。

 本気なのかと目で問いかけると、それは紛れもなく本気で、冗談でもなんでもなかった。


 この国の結婚は、様々な段階を踏んで結婚式を行う。

 婚約契約、婚約式、婚前契約、婚前式、そして結婚式。どれも、結婚承認をおこなう教会立会いの下行う儀式を経て、ようやく夫婦になれる。

 もちろん、ここまで形式的に行うのは貴族だけだけど、平民でも、婚約式と婚前式は行う。

 一々お金を払う必要があるので、収入的裏事情で、教会ですっ飛ばして結婚というのは受け入れてはくれない。


 しかし、どこにでも抜け道はあるもので、それが結婚特別許可証だ。

 これを持っていると、全ての儀式を吹っ飛ばして結婚できる。

 ぶっちゃけ超お高い寄付(わいろ)を支払えば入手できるのだ。


 一体どれだけお金を積んだのか気になる。


「悪いが、そう時間は待ってはくれない。多方面に知られる前に、結婚したという事実が必要だ」


 だいぶ時間はないご様子だ。

 でも、わたしにとっても悪くない。早くこの家から出たいので、むしろありがたいくらいだ。

 もしかしたら、わたしに的を絞ったのも、まともでない噂のせいかもしれない。

 まともな令嬢や家族なら、まずそんな条件は受け入れないだろうからだ。


「私の方は結婚式に親族の到着は間に合わないので、秘書官を参列させる。さすがに一人もいないとなると、何かあったときに証人がいなくなる」


 証人のために秘書官を参列させるとか、証人のために使われるリンドベルド公爵様の秘書官はなんとなく上司に無茶ぶりさせられている可哀そうな人物像になった。

 どういう人物か気になったが、深淵を覗いてはいけないとわたしの勘が囁いたので、気にしないことにした。


「あの、わたしは誰が参列しても大丈夫ですが、両親の参列は希望されますか? わたしとしては別にいなくてもいいんですが」


 さっきの家族の姿を思い返しているのか、リンドベルド公爵様は一言ぽつりと言った。


「どちらでも構わない。まかせる。…………苦労しているんだな」


 苦労しまくりですよ。

 あなたも、苦労してそうですけどね。


 なんとなく分かり合った雰囲気になり、お互いため息がこぼれ、その日は解散となった。



 リンドベルド公爵様が帰った後に、話した内容を報告すると父や継母、異母姉は憤慨して罵倒してきた。

 罵倒されるのは日常的な事だから聞き流し、わたしはこんな簡単に結婚を決めたと知ったら、母は何というか考える。 

 母は幸せになってほしいと願っていた。

 これが果たして幸せかと問われると違うけど、少なくともわたしにとっては最善の道だと思っている。

 きっと、文句を言いながらも理解してくれそうだ。


 流石に、伯爵領を中途半端で投げ出す形になったことは多少なりとも罪悪感もあったけど、きっと彼らが信じる異母姉と伯爵様がどうにかしてくれると信じてる。

 ちなみに、わたしを支えてくれていた執事もわたしが結婚したらこの家から離れるそうだけど、この家の当主が辞めさせたがっていたのだからきっと喜んでくれるに違いない。


 明日一日我慢すれば、明後日は結婚式なので色々なしがらみから解放されると思うと、今までの苦労が吹き飛ぶ感じだった。


 

 そして――。



 わたしは公爵夫人として一日目の朝を迎えた。




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