29 既に知っていること
ここ回の途中からが、アニメの続きの内容となります!
※【この回は、アニメではカットされているシーンの途中から始まります。気になる場合は一つ前の28話から】お読みください。
※これ以前の小説の掲載話にも、アニメで泣く泣くカットされたシーンが複数含まれていますが、ストーリーのメイン部分はアニメで全て描かれています!
「四人の妹君たちは、皇都にすらいらっしゃらないしね。次にご家族が一堂に会する機会なんて、それこそアルノルト殿下の婚姻の儀くらいなんじゃない?」
「そういえば、婚約者さまってお人はどうなのかね。ねえ、新入りちゃん」
「はい、なんでしょう?」
話を振られて、リーシェは顔を上げる。
「見慣れない顔だし、あんたも離宮の侍女なんだろう? 新人ばかり集められたっていうんで心配してたけど、なかなか上手く回ってるみたいじゃないか。素人同然だった子たちが、めきめき仕事が出来るようになっていってるって評判だよ」
「!」
頑張っている侍女たちがそうやって褒められていることを知り、リーシェは嬉しくなった。
「はい。ディアナ先輩たちが丁寧に教えてくれますし、皆さんそれをどんどん吸収してらっしゃいます。離宮ならではの工夫も生まれていて、素敵なんですよ」
彼女たちは本当に、素晴らしい働きを見せてくれている。
最初の数日、リーシェは付きっ切りで仕事を教えてみたのだが、一度やり方を完璧に飲み込んだ侍女たちは、想像以上にてきぱきと動いてくれた。
物の保管場所や道具の選び方についても、ディアナが描いた絵をいろんな場所に貼ったり、地図を作ったりして対応が出来ている。
侍女たちはそれらに書かれた文字を少しずつ覚え、おかげで午後の勉強の時間も充実しているようだ。
教育係に専任した侍女たちは、人に口頭で説明するのが得意な者、書き起こすのが得意な者、叱ったりやる気を出させたりが得意な者などそれぞれ特技を持っている。彼女たちは仲間内で話し合って役割を決め、リーシェの補佐をしてくれていた。
いまはリーシェが毎日二時間ほど、新人に仕事を教えているが、もう少しで完全に教育係へ任せられるようになるだろう。
(侍女のみんなに仕事を覚えてもらって、離宮の掃除が全部終われば、アルノルト・ハインを離宮に呼び寄せることが出来る。これで現皇帝と彼を、物理的に少しだけ離すことが出来るわけだけど……)
話を聞いた所感では、主城でアルノルトが暮らしている限りでも、父帝との接触は少ないのかもしれなかった。
だが、何が父殺しの原因か分からない以上、やはり引き離せるに越したことはないだろう。
「他の子たちの話もいいけど、リーシェさまはどうなんだい。そういえばアルノルト殿下が夕べ、離宮に行かれたって噂を聞いたけど」
(なぜそれを!?)
その性質を利用しておいて虫のいい話だが、侍女たちの情報網にはいつも驚かされる。このガルクハイン城に限らず、リーシェの過去六回の人生で関わった侍女はみんな、仕える場所で起きた出来事をよく知っていた。
「ゆ、夕べは寝不足で早々にお休みになられていたので。きっと、アルノルト殿下もお会いできなかったのではないでしょうか」
「なあんだ、つまらないね」
「おふたりのことで、素敵な噂があったら教えとくれよ。私も家に帰るたび、娘に話をせがまれてね」
「あのアルノルト殿下がご結婚だものねえ。城下の若い娘たちは、その話でもちきりだよ」
「あら。若い娘だけじゃなく、あたしたちだってそうじゃない!」
そう言って朗らかに笑う彼女たちに囲まれ、気まずくなったリーシェは、正体が怪しまれないように無心でシーツを洗うのだった。
***
洗濯と言う名の情報収集を終え、自室バルコニーから部屋に戻ったリーシェは、一緒に持って帰ったお湯で髪の染料を落とした。
今度は扉から外に出ると、廊下で護衛をしてくれていた騎士たちと一緒に再び畑に向かう。
鍬を使い、テオドールによってならされた土を再び耕したあと、土の具合を確かめた。思いのほか早く馴染んでいたため、予定を変更して種まきを始める。
人差し指の第二関節までを刺し、それで出来た穴に二粒ずつ種を蒔いて、上からふんわりと土を被せた。
次に水を汲んでくると、軽く湿らせる程度の量を心掛けながら水やりを行う。
水を運ぶ作業については騎士たちが手伝いを申し出てくれるが、管轄外の仕事を彼らに任せるわけにはいかないので、今回も丁重に断った。
「リーシェさま、あの畑にはどんな作物が成るのですか?」
「とある薬草です。いまの季節なら、数日以内に芽が出てくるかと」
そんな会話をしながら離宮に戻る。表向きは悠然とにこやかに振る舞いつつ、内心のリーシェはとても焦っていた。
(もうこんな時間だわ。お風呂に入って泥を落として、そのあいだに会長を納得させるような商いの案を考えないと。皇城内に図書室があるそうだから、そこに行けば皇都の都民構成も分かるかしら。男女比、年齢層、いまある商店の数……それに、もう少しテオドール殿下の情報収集をしないと)
考えれば考えるほど、やるべきことが山積みだ。
(ディアナが作った教材の確認も頼まれているし、婚姻の儀の準備もある。国賓への対策もそろそろ動いておかないといけないし、それから――……)
「リーシェさま?」
「……いえ、なんでも……」
自室に向かう階段を上がりながら、リーシェは遠い目をした。しかし、負けてはいられない。
(これが終わったらゴロゴロする! 絶対に! 毎日お昼過ぎまで寝放題の怠惰な生活と、今後の長生きのためだもの。今度の人生こそ、二十歳で死にたくない。だから……)
そこまで考えたところで、リーシェは目を伏せた。
「それでは、私どもは引き続きこちらでリーシェさまをお護りいたします」
「ありがとうございます。一度、失礼いたしますね」
自室前の廊下で、騎士たちが扉の左右に控えて立った。彼らに礼を言い、リーシェは自室の鍵を開ける。
そして中に入ると、足元に一通の封筒が置かれていた。
「……」
「どうかなさいましたか?」
「いいえ」
そっと首を横に振り、その封筒が騎士たちに見られないよう入室する。
中から鍵を掛けたリーシェは、その封筒を拾い上げた。
それは、とても上質な白い紙の封筒だ。赤色の封蝋に、ガルクハイン皇家の印璽が押されていた。
リーシェが封筒を開けてみると、中からは一枚の紙が出てくる。
そこには、美しく丁寧な筆致でこう書かれていた。
『秘密を打ち明ける。今夜九時、礼拝堂へ。 ――アルノルト・ハイン』
リーシェはその紙を封筒に仕舞うと、エルゼを部屋に呼んだのだった。
***
指定された夜の九時、黒のドレスをまとったリーシェは、皇城の一角にある礼拝堂を訪れた。
護衛の騎士には、礼拝堂から少し離れた場所で待機してもらっている。
彼らには封蝋と手紙を見せ、『アルノルト殿下とふたりきりでお会いしたいので』と頼んでいた。
手紙の主は恐らく、先にこの場所で待っている。
リーシェは礼拝堂の扉を開けると、扉を閉めないまま、礼拝堂の中に声を投げた。
「……こんばんは。テオドール殿下」
ステンドグラスから差し込む光と蝋燭の明かりによって、礼拝堂の中はそれなりの明るさを保っている。
「こんばんは、麗しの義姉上」
赤色の絨毯がまっすぐに伸びた先、檀の前には、少年が立っていた。
「少しも驚いていないけれど、まるで最初から僕の呼び出しだと分かっていたみたいだね」
テオドールが笑いながら言うので、リーシェは息を吐く。
「署名のサインが、アルノルト殿下のそれとは違うようでしたので」
「ま、騙されてくれたらいいなあ程度のものだったけれど。とはいえ、君が兄上のサインを見たことがあるとは思えないな」
確かに、この人生ではまだ見たことがない。しかし、別の人生では違う。
他国に戦争を仕掛けたアルノルトは、事前に宣戦布告の文書を各国王家に送っていた。騎士だった人生や、王族との縁があった人生で、リーシェはその書を目にしている。
アルノルトの字は美しいが、自身の名前はほんの少しだけ、乱雑に書き崩す癖があるようだった。
リーシェの部屋に届いていた手紙のサインは、あれに比べて丁寧すぎる。
「それと、差出人が僕だと分かっていたのに来たのはどうして? 他の殿方とふたりきりになるのはまずいんじゃなかったっけ。……ああ、扉を閉めていないのはその対策か」
「それと、少し離れた場所に騎士の方も待機していらっしゃいます」
他にも手は打ってあるのだが、それは口にしないでおく。
テオドールは、ふわふわと跳ねた自らの髪を指でつまむと、つまらなさそうな顔をした。
「せっかく良いことを教えてあげようと思っているんだから、もう少し歓迎してくれると嬉しいんだけどな。兄上のお好みがこういう女だとは、想像もしてなかった」
「お話でしたら、手短にお願いいたします」
「――昼間、兄上がいかに残酷か知っているなんて言っていたけど。君がそれを完全に理解できているわけがない」
テオドールが、一歩ずつリーシェの方に歩いてくる。
「僕たち家族は仲が悪くてね。それから皇后陛下……父君のお妃さまは、僕らの実の母親じゃない。いわゆる後妻というやつだ」
「高貴なる血筋の方であれば、珍しいお話ではありませんわ」
「ああそうだね。でも、皇帝陛下の前の奥方がいない理由が、誰かに殺されたことが原因だったとしたら?」
リーシェの前に立ったテオドールは、目を細めてどこか妖艶な笑みを浮かべた。
「兄上は、母親を殺したんだ」
「……」
アルノルトと同じ色の瞳に、嫌な輝きの光が揺れている。
「分かっただろう? 兄上、アルノルト・ハインがどれほど残酷な男かを。君はどうせ皇太子妃の座につられてやってきたのだろうけど、そんなものは手放した方がいい。あの人は、実の母親すら手に掛けられる男なんだよ」
「……」
「この国に嫁いできた妃はみんな不幸になる。昼間僕がそう言った意味が、少しは理解できたんじゃないかな。脅しでもなんでもなく、君は本当に夫に殺されるかもしれない」
「……何をおっしゃるのかと思えば」
リーシェはひとつ溜め息をついた。
「それが、どうかしましたか?」
「え……」
尋ねると、テオドールの目がまん丸くなる。
「どうかしたかって……、は、母殺しだぞ!? こんなおぞましいことを聞いて、君はなぜ動揺しないんだ!?」
(まあ、新しい情報として驚きはしたけれど、『前科』があるのだし)
別に、それを聞いたところでいまさら恐れるようなことはない。
アルノルトに求婚されたとき、リーシェが彼について知っていたことといえば、別の人生におけるアルノルト・ハインのことだけだ。
各国の王族を惨殺し、侵略し、血も涙もない方法で踏みにじった皇帝。
父帝を殺して皇帝になった反逆者。
かつてリーシェを殺した男。
彼に関する知識や思い出なんて、全部が恐ろしいものでしかなかった。
だが、それでもリーシェは決めたのだ。
「すべて覚悟の上で、嫁いで参りましたから」
「……っ」
そして、今度は彼の傍にいるからこそ、いままでとは違った人生が見えてくるのではないかと想像している。
「き……君は気付いていた? 兄上の名には、祝福を表すミドルネームがない。父からも母からも望まれなかった、呪われた人間なんだ」
「私自身『イルムガルド』の名を持っておりますが、それを必要だと感じたことはありませんわ。テオドール・オーギュスト・ハイン殿下」
「うるさ……」
「私が知りたいのは、そんなことではないのです」
テオドールの目を真っ向から見上げ、リーシェは言い切った。
リーシェがこの人生で知ったアルノルトは、少なくともまっとうな人間であるように思える。
立ち振る舞いに冷たさがあるものの、部下によく目を配り、国民を尊重しようとする為政者だ。
リーシェが知りたいのは、アルノルトがどうしてあんな未来を辿るのか、その理由だった。
たとえばこれから数年以内に、彼を変える出来事が起こるのか。
あるいは、五年後に見せるあの残酷さを今も抱えているけれど、それを上手に隠しているだけなのか。
――それとも、何か譲れない目的のために残酷な手段を取るしかなかっただけで、化け物でなくまともな心根を持ったままの『ただの人間』だったのか。
(……馬鹿ね、私は)
内心でそっと自嘲しながら、リーシェは微笑む。
「お話は以上でしょうか。では、私はこのあたりで」
「っ、待て!」
「その代わりと言ってはなんですが」
言葉を切り、礼拝堂の扉を振り返った。
「よろしければここから先は、ご兄弟でお話を」
「あ……」
そこには、冷たい目をしたアルノルトが立っている。
「……あにうえ……」
テオドールが、ごくりと喉を鳴らした。
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