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アイスクリーム

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・7月から8月はアイスクリームを各種取り揃えております。

土曜日の朝。

店主はパソコンからプリントアウトしたそれを貼り付けた。

「これでよしっと……これで合ってたよな? 」

店主にとってはよく分からない記号にしか見えない文字で、書かれた文章にこれであっていたかとふと不安になる。

何年か前にこの店の常連である耳の尖った、何年も前から顔が変わらない童顔の持ち主である少女に書いてもらった『お知らせ』の紙。

ねこやにおいては、夏の始まりを告げる風物詩の、異世界向け版である。

(いや、あってたはずだ。データのタイトルも間違ってなかったし)

思い直すが、ちょっと不安になる。

なにぶん異世界の文字だけに、店主には全く読めない。

去年貼ったときも同じような柄だったとは思うのだが、もしかしたら間違ってたかと、ちょっと不安になる。


そんなとき、チリンチリンと鈴の音が響き、アレッタが入ってくる。

「マスター、おはようございます」

「おう。おはようさん」

いつものように挨拶を交わしたあと、アレッタはちょうど店主が貼ったのであろう紙を見て、首をかしげる。

「あのそれ、今日からやる何か、ですよね? ……なんて書いてあるんですか? 」

アレッタは、字が読めない。そのため、店主がこうして綺麗な文字が書かれた張り紙を貼るときには、普段出していない料理を出したり、特別に一部の料理ををやるときだというのは分かるのだが、それが何なのかはわからないのである。

「ああ、これにはな、こう書いてある」

まあ、多分これであっているだろう。そう思い直し、店主はこの張り紙になんと書いてあるかを説明する。

先代の頃から続く、それの意味を。



昼を過ぎてから大分時間が過ぎ、店に菓子目的の客が増えてくる時間帯。

「アイスクリーム種類追加中……? 」

光の神に仕える高司祭にしてねこやでも屈指のお菓子好きの一人であるセレスティーヌ・フレグランは高い教育を受けたことを伺わせる流麗な文字で書かれた張り紙に気づき、読み上げた。

「アイスクリームというと、あれですね。溶けやすい菓子」

「ええ。確か乳を使った菓子ですわね。柔らかくて冷たい菓子だったかと」

「……パウンドケーキと一緒に食べても、美味」

セレスティーヌの言葉に、菓子好きという絆で結ばれた三人の弟子も追従する。

「そうですね。確かに、パウンドケーキともよく合ったはずです」

弟子の言葉に頷き、セレスティーヌは店員に尋ねることにする。

「すみません、一つお聞きしてもよろしいでしょうか。そちらの張り紙のことなのですが」

セレスティーヌは四人を代表していつものようにメニューを持って来たアレッタに張り紙について尋ねる。

「はい。実はですね……」

その問いかけにアレッタは笑顔で店主から聞いた言葉を伝える。

なんでもねこやでは、毎年夏になると普段はバニラ、チョコ、ストロベリーの三種類しか用意していないアイスの種類を増やすらしい。

この時期、熱い外を歩いてきた人というのは冷たいものを欲することが多く、アイスがよく注文されるから、とのことだった。

よくよく考えてみると確かに去年はアレッタもまだ働き始めでそこまで気が回らなかったが、店主の言うように暑い時期には冷たい菓子がよく出ていたように思う。

「それで、今日から追加されたアイスクリームが、こちらです」

そう言いながら、店主から預かっていたメニューを見せる。

アレッタがここに来るずっと前から使われているいう、追加のアイスクリームが記された透明な板である。

「まあ、確かに色々と……って、え!?」

それを受け取ったセレスティーヌは並ぶアイスクリームの中にそれを見つけて驚きの声を上げた。

「すみません。ここに書いてある、ラムレーズンというのは本当ですか!?」

そう、いくつか記されているアイスクリームの中に、己の大好物の名前を見つけたのだ。

「はい。ここに書いてあるのは全部あると聞いてます」

「では、私にはパウンドケーキのティーセットにラムレーズンのアイスクリームをいただけますか」

その言葉に、セレスティーヌは清らかな笑みを浮かべて、いつものパウンドケーキに加えてアイスクリームを注文する。

「じゃああたしもそれで」

「私はパウンドケーキのティーセットにイチゴヨーグルトを」

「私はパウンドケーキのティーセットとチョコチップをお願いしますわ」

弟子たちもそれに習い、それぞれの好みに最も合うアイスクリームを追加で注文していく。

「はい。ありがとうございます。それでは少々お待ちくださいね」

注文を受け、アレッタは厨房へと戻る。

「お待たせしました。お先にアイスクリームをお持ちしました。パウンドケーキのティーセットは少々お待ちください」

四つの小さな皿に盛られたアイスクリームを間違わないように注文した人の前に並べていく。

「まあ、これが……」

その、ほのかに黄色みを帯びて、見慣れた茶色い干葡萄が入った丸いアイスクリームを前に、セレスティーヌはこくりと唾を飲む。

アイスクリームなる菓子が乳を凍らせた(無論それだけでは似ても似つかぬ代物しかできなかったのだが)菓子だというのは今までの経験から知っている。

だがそれがラムレーズンの味となると、どんなものなのか。

大きな期待を寄せて銀色に磨かれた匙を手に取り、その丸い塊に突き立てる。

きっちりひと匙分取れたアイスクリーム。それをそっと口元に寄せて、食べる。

(ああ、冷たくて美味しい……)

アイスクリームの持つ濃厚なラムレーズンの味。酒精の苦味が少しと、強い甘みを帯びたラムレーズンの味が、口の中に広がっていく。

まるで冬の雪のように冷たいアイスクリームは文字通りの意味で人肌の熱さを持つ舌の熱で溶けて行き、冷たい甘みを伝えてくる。

その冷たさが心地よい。

「うん、美味しい。ベリーとヨーグルトの甘くて酸っぱい味は、とても相性が良い」

「やはりこのチョコレートなる菓子は良いですわね。しかしアルフェイドでも知らないとなると、向こうでは手に入らないのでしょうか」

セレスティーヌがラムレーズンの冷たい甘みを楽しむのに続くように弟子の少女たちもまた、冷たいアイスを堪能する。


「うん。やっぱりアタシはこう言う酒の風味がある奴が好きですね」

酒好きのカルロッタはセレスティーヌと同じ、ラムレーズン。ラムレーズンに含まれる酒精を帯びた干し蒲萄を楽しむ。

(なんでも西の方のドワーフの酒には果物をドワーフの火酒に漬け込んだものがあるとか聞いたけど)

その風味にふと、光の神の信徒でもある商人から聞いた話を思い出す。

十年くらい前から、西のドワーフが住む島で作られているという、果物を使った酒。

果物の絞り汁を醗酵させたものではなく、ドワーフの飲む強い火酒に果物を入れて果物の風味を酒に移したというその酒は、砂糖がたっぷりと入っていて甘くて飲みやすく、また酒に漬け込んで酒精を帯びた果物は長持ちする上に生の果物にはない風味があって、普通の果物より高い値がつくという。

(案外ここで出してたものを向こうで作ったドワーフがいたのかもね)

思えば師たるセレスティーヌの好むラムレーズンの干し蒲萄も酒に漬け込んだ果実には違いないし、それをなんとか再現しようと様々な酒に干し果物を漬けたものは今僧院でも試作している。

ドワーフがこちらの酒を真似て似たような酒を作った事例を知るだけに、カルロッタは甘いラムレーズンを食べながら、そのことに思いを馳せるのであった。


「……うん。やっぱり酸味がある方が甘さが引き立つ」

イチゴヨーグルトのアイスをひと匙ひと匙舐めるように味わいながら、アンナは己の選択が間違ってなかったのを確信した。

アンナは甘いだけのものより、甘さの中に酸味が入っているものを好む傾向が強く、ヨーグルト系の菓子を好む。

だからこそアイスもまた、イチゴヨーグルトを選んだのである。

ヨーグルトはアンナの世界にもある食べ物である。牛の乳を醗酵させたもので、牛を飼うのが盛んな村などではチーズと並んでよく食べられるものだ。

今回のアイスクリームなる菓子は、そのヨーグルトを基にしたものであった。ヨーグルトの白と混ぜ込まれたイチゴの砂糖煮が縞模様を作って美しいそれは砂糖を混ぜ込んでしっかりと甘みをつけながらも、ヨーグルトの持つ酸味が感じられる。

冷たい甘酸っぱさが口の中で溶けて、爽やかな余韻を残していく。

(やっぱり私はこのヨーグルトの菓子を作りたい)

その風味に、アンナはそんなことを思う。

アンナの世界ではそのまま食べるか、精々甘みをつけて食べるくらいしか食べ方が知られていないが、異世界では様々な工夫が為されている。

それを向こうでもできたら、とアンナは考えるのであった。


「やはりこのチョコレートという菓子は格別ですわね」

ジュリアンヌは口の中でほどけていく、少しだけ苦くて、甘みが控えめであるチョコチップの味を堪能する。

上質なミルクを使って作った基本となるバニラアイスと、荒く砕いた小さなチョコの欠片が口の中で溶けて甘みを残して行く。

(正直甘さは足りませんが、この複雑さは素晴らしいですわ)

その風味に、ジュリアンヌは自然と顔をほころばせる。

アイスクリームの、否、この異世界の菓子の甘さはかつては貴族の中の貴族として生きてきたジュリアンヌの知る菓子と比べると少し物足りない。

だが、甘さ以外の様々な風味が複雑に絡み合って生み出される味わいは、この世界の菓子でなくては出せない。

(それにしてもこのチョコレートという菓子、私たちの世界でも作れないのでしょうか)

その中でも特にジュリアンヌが好む、苦味を帯びた甘い菓子であるチョコレートに至っては、材料すら手に入らない。

無論、ジュリアンヌとてセレスティーヌの手伝いを真面目に果たすべく、かつてのツテを辿ってアルフェイド商会にも問い合わせてみたが、空振りに終わったのだ。

(カタリーナ様はチョコレートの材料は恐らくカラオ豆だと言っていたけれど……)

カラオ豆なる作物もアルフェイド商会は知らなかった。

今度、あの恐らくは光の高司祭であろう貴人にも聞いてみてもいいかも知れない。

そんなことを考えながら、チョコチップアイスを堪能するのであった。


そして、全員がアイスクリームを食べ終える頃。

「お待たせしました。パウンドケーキのティーセットです」

見計らったようにアレッタが熱いコウ茶とケーキを持ってくる。

「まあ、ありがとう」

そのお茶に思わずセレスティーヌは笑みを浮かべて受け取る。

アイスクリームは美味しいのだが、食べると口の中が冷える。

それを温めるのに、温かなお茶は最適である。

早速とばかりにセレスティーヌは甘みで鈍った舌を何も入れていないコウ茶を飲んで温める。

「ほう……」

冷え切った舌を熱くする、熱いコウ茶にため息が漏れる。

見ればそれぞれ流儀は違うものの、弟子たちもまた、お茶で舌を温めていた。

「……さて、今日のパウンドケーキをいただくとしましょうか」

「「「はい」」」

セレスティーヌの言葉に、弟子たちも答え、いつものお茶会が始まるのであった。


今日はここまで

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