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コーヒーゼリー

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連になる客もいます。

・一部のデザートはお料理と一緒に頼むと銅貨一枚値引きいたします。


砂漠にあまねく死の光を降らせる無慈悲な太陽が大地の向こうへと去り、辺りが夜の薄闇に染まった頃、砂の国にいくつかあるオアシスに寄り添うようにして作られた街で長年暮らす魔術師、アーレフはのっそりと起き出し、大きく伸びをする。

「……光よ」

左手をかざし、手のひらの上に淡い橙色の光を放つ光の塊を呼び出す。

「うむ、よく寝たな」

丁寧に切りそろえた、とは言い難い、乱雑に伸ばされた髭を撫でながら、一人つぶやき、立ち上がってサンダルをつっかけて外に出る。

薄闇に染まる街のあちこちに灯された、魔法の灯りと、その灯りの下を歩く商人たちや砂漠蜥蜴が行き交ういつもの町並み。

最近この地を訪れた、東の大陸の帝国(何でもここ五十年ほどで突如発生した、東大陸一の国である王国に匹敵する国らしい)の商人や役人はこの『夜景』を見て随分驚いていたが、たとえ文字が読めなくてもごく簡単な魔法の一つや二つは詠唱を丸暗記していて使えるという庶民も珍しくない砂の国では普通に見られる光景である。

「さてと、腹が減ったな……」

屋台から漂う、オアシスで取れた魚を焼く匂いに鼻を惹かれつつ、空っぽになった腹を撫でる。

思えば今日の朝に買いおいておいた薄パンを齧ってから何も食べていない。

「……おお、そういえば今日はドヨウの日であったな」

腹が減ったことでそのことに気づきアーレフはそそくさとその場所に向かう。

人ごみをすり抜け、街中にある、空家の一つに入る。

もう何年も住み着くものがいない、寂れた空家。

天井が崩れて差し込んだ月の光に照らされて、黒い扉がひっそりと立っていた。

(うむ、相変わらずの強力な魔力だ)

数年前、賢者とも呼ばれるだけの知識を持つ魔術師であるアーレフは、空家の一つから奇妙な魔力が漏れ出ているのに気づいて、この扉を見つけた。

はるか古代、この砂の国に広がる大砂漠を生み出したとも言われている、エルフの魔法を宿した扉。

最初に魔力の流れからここを見つけたとき、好奇心に駆られるままに扉をくぐった。


そして今は、チリンチリンと鳴り響く鈴の音を聞きながら、空腹にかられるままに扉をくぐる。

扉の向こうに広がるのは、魔法の灯りで照らされた街より更に明るい異世界の飯屋。

その飯屋では何人か……アーレフの知識によれば東大陸にある別の国の民や東大陸の民たち、そして魔物の類まで幅広い客たちが料理に舌づつみをうっている。

それを見ながら、アーレフは適当な卓の椅子にどっかりと腰を下ろす。

「いらっしゃいませ。お水とおしぼり、お持ちしました」

それを見計らったかのようにすぐ、東大陸風の顔立ちをした魔族である、この店の給仕が砂漠では貴重な澄んだ水と、湯を含ませて絞った布を持ってくる。

「ああ、ありがとう。早速だが、注文をしたい。今日の日替わりをパンで。それと食前にエスプレッソをすぐに、食後にはコーヒーゼリーを頼む」

それを受け取りつつ、いつもどおりの注文をする。

パンとスープとその日の料理が一品つく日替わりに、異世界風カッファ(どうも異世界ではコーヒーなどと呼ばれているようだが)、そしてカッファを固めた菓子。

この三品がアーレフのいつもの注文である。

「はい。少々お待ちくださいね。とりあえず、エスプレッソをすぐにお持ちしますので」

「ああ、頼む」

給仕の確認に、アーレフは満足げに頷く。

来た当初はまだ余り慣れていなかったのか挙動の一つ一つがぎこちなかったが、しっかりと努めているおかげか、今は大分こなれた接客を見せる。

それから程なくして、カッファが運ばれてくる。

「お待たせしました。エスプレッソです」

白い小さな陶器の皿に乗せられた、持ち手がついた白い杯。

その杯には漆黒のカッファが満ち、芳しい香りを放っている。

(うむ、良き香りだ。上質な豆を使っているな)

その香りをひとしきり鼻で楽しんでから、砂糖壺を取り、砂糖を匙で三杯入れる。

銀色の匙に山盛りになった白い砂糖がサラサラと漆黒のカッファの中に落ち、ついでそれをカッファの皿のそばに添えられた匙でかき混ぜる。

乳は入れず、そのまま杯を持ち上げて、少しずつ飲む。

強いカッファの香と、酸味と苦味、砂糖の甘みが入り混じったカッファが舌を通って胃袋へと落ちていく。

(やはりこれほど『濃い』カッファはこの店でしか飲めんな)

その味にアーレフは少しだけ頬を緩ませる。

アーレフは砂の国の民の男に漏れず、カッファが好きである。

この、強烈な香と味、何より飲むと頭が冴え渡えわたる感覚があるのが良い。

頭の動きを鈍らせる酒を嫌いなので、渇きを潤すためでなくこうして楽しむために飲むものはいつもカッファだ。

異世界の、エスプレッソ・カッファは味が濃い。

(豆が良いだけではない。何か、特別な入れ方をしているのだろうな)

異世界ではカッファにも様々な飲み方がある。

普通の、布袋に焙ったカッファの粉を入れて湯で煮出す方法や、それに乳(生きている家畜の乳房の中にある限り腐ることも乾くこともない乳の類は、砂の国の民にとっては慣れ親しんだ飲み物の一つである)を入れて飲む他にも、組立の井戸水よりなお冷たくして飲む方法や、このエスプレッソのように普通では考えられぬほど濃く入れる方法。

更にそのカッファに、入れる乳を泡立たせてみたり、水気を減らして半ば固めたクリームと呼ばれる乳菓子を浮かせて見たり、冷たいカッファに更に冷たく冷やしたアイスクリームなる乳菓子を泳がせてみたりと、異世界のカッファは様々な工夫が凝らされている。

この、異世界の多種多様なカッファのためにアーレフはこの店を訪れていると言っても良い。

そして、十分に堪能しつつ一杯のエスプレッソ・カッファを飲み終えた頃。

「お待たせしました。料理をお持ちしました。今日の日替わりは、コロッケとエビフライの盛り合わせです」

「ああ。ありがとう」

見計らったかのように料理が届き、アーレフはフォークを手に料理に取り掛かるのであった。


そして、料理がなくなり、柔らかな白パンとスープで十分に腹が満たされた頃。

「君。すまないが、デザートを持ってきてくれ」

近くを通りかかった給仕の娘に食後の菓子を要求する。

「は~い。少々お待ちくださいね」

そう言うと娘は寸の間、厨房へと戻り。

「お待たせしました。コーヒーゼリーです」

アーレフにそれを供する。

「うむ。ありがとう」

礼もそこそこにアーレフは、目の前に置かれたそれを見る。

広口の硝子杯に満たされた、四角い漆黒の菓子。

言い方は悪いが細かく刻んだスライムのように見えるそれこそが、アーレフのお気に入りの菓子である。

(うむ、腹は十分満たされている。いまこそが食いどきだな)

腹を一つ撫で、腹が満ちているのを確認してから、匙を手に取る。


真に美味いものを食うときは、腹が満ちていなければならない。


それがアーレフのこだわりである。

空腹は大抵のものを美味くしてしまう。たとえ堅くなったパンでも、冷めてしまったカッファでも、腹が減ってる時に食えば美味い。

だからこそ、腹が満ちているときに食わねばならない。

腹が満ち、腹を満たす必要がないときに食ってなお、美味いものこそ真に美味いものなのだ。

(まずは、ひと匙)

傍らに置かれたクリームの満たされた小さな壺をちらりと確認した後、あえて最初はそれをかけずに一口食う。

小さな四角に切り分けられた黒いそれすくい上げ、口に運ぶ。

(うむ。美味い)

つるりとした独特の食感と、普段飲むカッファより抑え気味の、ほのかに甘みが付けられた、カッファの味。

冷たいが、アイスクリームのそれ程は冷え切っていない、冷え具合。

歯を立てればまるで抵抗なく砕けるそれをしばらく口の中で堪能し、飲み込む。

舌先を楽しませたゼリーが、つるりと喉を通って胃袋に落ちていく。

(うむ。これはどうやって作っているのだろうな)

毎回のことながら不思議に思う。

このゼリーなる菓子のつくり方を、アーレフは知らない。

カッファの他、様々な果物の汁や乳と卵を混ぜ合わせたものを固めたりしている以上、何かの方法があるのだろう。

オアシスで取れた魚を大量に入れたスープを夕刻に作ると、朝、太陽が昇るまでに固まることがあると言うからそれの応用なのかもしれない。

そんなことを考えながら、もう一口。

(うむ。だがまあ、これをこうして味わえるのであるから、それでよいか)

満たされた腹と、つるりとした食感を楽しむ舌でそう考える。

どのみち作り上げるには相当な時間の研究がいるだろうし、よしんば作れたとしてもこの店で出てくるほどの味は期待できない。

魔法は魔術師に、料理は料理人に任せて置けばよい。

そう思いつつ、次の食べ方に移る。

(まずは、そぉっと、だな)

傍らに置かれた、水分を減らして脂を増やした乳である『ナマクリーム』を取る。

ナマクリームはつぅっ、と細い糸を垂らして杯の中に落ち、ゼリーの漆黒に白い筋を刻み込んでいく。

(よし、これで完成だ)

そして、全てのナマクリームをかけ終えた後、

透き通った黒いゼリーと、白くて濃厚なナマクリーム、そしてその二つが混ざり合った茶色。

三色の入り混じるこの状態こそが、コーヒーゼリーの完成形である。

そして白いクリームがかかった黒いゼリーをひと匙取り、食う。

(うむ。やはりナマクリーム入りだな)

その味に深く満足する。

カッファを固めたゼリーに、白く濃厚なナマクリームが加わることで、コーヒーゼリーは完成する。

さっぱりとしたカッファの味に、乳の風味が加わり、されど最初は完全には混じり合わず、それぞれの味を感じさせる。

最初に白い乳の味を強く感じ、ついでその下にあるカッファの旨みを感じ、最後にそれらが混じりあった、異世界で言うところのカフェオレ風の味を感じさせる。

わずか一口の間に三つもの味を楽しませるのが、このコーヒーゼリーの素晴らしいところだ。

(うむ、やはりコーヒーゼリーには乳だけで良いな。あのコーヒーゼリーパフェとかいうのは、余計なものが多すぎる)

複雑だが、複雑すぎず、丹念に乳とカッファの味を楽しませる。

その味わいこそが、アーレフにとっての至高の美味である。

アーレフはひと匙、ひと匙、確認するようにコーヒーゼリーを味わう。

やがていくらもないコーヒーゼリーがなくなり、最後に底に残った、カッファとナマクリームが混ざり合った茶色い汁を飲み干して、満足のため息を吐く。

(うむ、堪能したな)

舌はまだコーヒーゼリーの余韻を覚えており、腹は幸福に満ちている。

そんな幸福が消えないうちに、今日は帰って眠りにつこう。

「店主!会計はここに置いていくぞ!」

そんな声をかけながら、アーレフは立ち上がり、きっかり今日の料金分の銅貨を置く。

「はい。またいらしてくださいね」

店主も心得たもので軽く厨房から顔を出し、アーレフに笑顔を向ける。

「うむ。ではまた七日後にまた会おう」

そんな店主に応えるようにアーレフもまた笑顔となり、店主に答えるのであった。

今日はここまで。

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