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スパニッシュオムレツ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・パーティーメニューの注文も承っております


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

街場から歩きでは裕に三日は掛かるほどに深い山の奥。

大きな袋の中身がぶつからないように気をつけながら同族と比べて頭一つは大きい巨体を屈め、狼の血を引く獣人であるカルロスは姉が寝泊りしている山小屋の扉をくぐった。

「よく来たねぇ。カルロス。待っていたよ」

カルロスが来るのを待っていたらしく、入ってくると同時に声を掛けてくるのは同族の女と比べても頭一つ分……カルロスと並ぶと娘にしか見えぬほど小柄な女。

彼女は耳をピンと立てて尻尾を子供のようにブンブンと振り、一族でも優れた戦士である弟、カルロスを出迎える。

「ああ、久しいな。アデリア姉」

三ヶ月ぶりに見る相変わらずの人懐こい笑顔にカルロスもまた思わず微笑みを浮かべながら言葉を返す。

(もったいないな。アデリア姉が神官で無ければ成人してすぐにでも契りを結べたろうに)

己より強く、年長である姉に対して抱く『愛らしい』と思う気持ちにカルロスは一抹の寂しさを覚える。

そう、姉は可憐で愛らしいが、強い。

優れた弓の使い手であり、戦士として鍛えられた自分よりも。

幼い頃に才能を見出され、都で学んだこともある神官であるがために。


全部で六柱ある偉大なる神の力を借り、行使することが出来る神官は、民を守る切り札として常に敬意を払われる。

彼らの祈りにより現れる竜の鱗は屈強な戦士たちが操る刃や弓矢を跳ね返し、竜の爪と牙は鋼はおろか竜の鱗すら切り裂き、食いちぎる。

その吐息は戦士の一団を一撃で打ち倒し、その翼は鳥よりなお早く戦場を自在に駆け、竜の血は己の負った傷どころか血を浴びた他の者の傷まで瞬く間に癒す。

そしてそれら全てを使いこなし、その身そのものを竜へ変じるに至った大神官は、まさに竜と同じ、否、知恵がある分それ以上に恐れられる存在となる。

実りが多い土地を巡って戦いとなった地に呼ばれた大神官が、ただの一騎で百の軍勢をなぎ倒し、千の軍勢を足止めする。

そして、その大神官を別の神に仕える大神官が一騎で止めている間に戦場の決着をつける。

そんな光景は、戦場では度々見られる光景である。


そして、そんな大神官に至るための修行を重ねているのがアデリアであり、カルロスたちは一族を挙げてその修行を手伝っている。

「ごめんねぇ。色々持ってきてもらっちゃって」

「なに、気にするな。アデリア姉は強くなることを考えていればいい」

すまなそうに言う姉に、これが当然だとばかりにカルロスは答える。

姉はまだ、大神官にいたるほどの実力は身につけてはいない。

だが、順調に鍛錬を続ければ二十年もあれば大神官になれるだけの才能を持つのではと緑の神の大神官たちから言われるほどの才能の持ち主である。


偉大なる六柱の神のうち、大地を司る緑の神の信徒は、カルロスたちのような森に住む獣人が多い。

身内に大神官がいる一族は、力を重んじる傾向が強い獣人たちの社会では一目も二目も置かれる存在なのだ。

「強く、かぁ……うん。そだね」

だが、そんなカルロスの言葉に、アデリアは少しだけ歯切れ悪く答える。

正直、アデリアは戦いは好きではなかった。

神官として戦いの才能はあるし、いざとなれば戸惑うことは無いが、どうしても殺し合いでは腰が引ける。

「土産も色々持ってきた。塩の大壷と香辛料に保存食。アデリア姉が好きな干し林檎もあるよ」

「やたっ!ありがとう!」

だが、そんな複雑な内心は弟の言葉に吹き飛ぶ。

そして、弟の言葉と共に、食卓代わりにしている平たい石の上に並べられるものに見入る。

修行を続けるアデリアにとって、弟が時々持ってきてくれる、街場でしか手に入らない貴重な品々は何より嬉しいものだ。

……特にここ一ヶ月ほどは『あれ』がなくなってしまい大変だった。

「それから母さんが縫った代えの肌着が五枚に、さっき仕留めた一角猪の肉と毛皮。焔石が二つ。釣り針が三つと……」

無邪気に喜ぶ姉にカルロスも微笑みながら持ってきた品を取り出して行き……最後に残った品にちょっと眉をひそめる。

何かの間違いではないかとも思ったが、間違いなくアデリアに頼まれたもの。

以前、三ヶ月ぶりに家に戻ったときに頼まれたものだし、また修行に戻るときわざわざ持ち出して行ったのも知っている。

だからカルロスはちょっと迷った後、それを取り出して卓に乗せる。

「……銀貨が五十枚。これでいい?」

「……わあありがとう。ちゃんと持ってきてくれたんだ」

じゃらりと音を立てて卓の上に皮袋が置かれる。

中身は、銀色に輝く銀貨。

それを見て、アデリアはひときわ嬉しそうに喜ぶ。

「……何に使うんだ?アデリア姉。こんな山の中で」

そんな妹の様子にふと疑問を覚えたカルロスは、アデリアに問いかける。

銀貨五十枚。決して少ない額ではないがこんな山の中ではなんの役にも立たない代物である。

無論、山を下りれば使いどころもあるだろうが、ここから街まで三日はかかるし、そもそも街にはカルロスたちがいる。

何に使うのかが、分からなかった。

「ああうん。異世界食堂で卵焼きを食べるのに使うの」

だが、そんなカルロスの問いかけにアデリアは何でもないように答える。

「卵焼き?……それに異世界食堂ってなんだ?」

カルロスには良く分からない答えを。

「え?……ああ!?そういえばカルロスは知らないんだっけ?」

カルロスの問いかけに今まで話したことが無かったことにアデリアは気づく。

「それならちょうど良いかな。ちょうど今日が『ドヨウの日』だし……カルロスも一緒に行こう?」

そして、ここ最近は主に金銭的な理由で行っていなかったお楽しみの場所へといざなうのであった。


普段はアデリアが修行場として使っている、岩場。

アデリアの手でいくつもの爪痕が刻み込まれた岩が散乱するその場所に、それはあった。

「アデリア姉。なんだこれは?」

カルロスが見ていたのは、扉。

黒い扉が岩場でも一番大きな岩の上に鎮座していた。

「なにって、異世界食堂の入り口だよ」

困惑する弟を尻目に、アデリアはさっさと扉を開く。


チリンチリンと鈴の音を響かせながら、扉が開く。

「ほら、はやく。ここ、一回閉じたら消えちゃうんだよ。だから、先に通って」

一度開いたところで財布を忘れたのに気づいて取って返したときの残念な気持ちを思い出して尻尾をしゅんと下げつつ、アデリアが言う。

「あ、ああ」

姉に促され、カルロスが扉をくぐったのを見届けた後、アデリアも異世界食堂へと飛び込んでいく。

「……随分と明るいな」

天井で白く光る何かの魔法が掛かっているのであろう照明を見ながら、カルロスが呟く。

そこは、カルロスが知る様々な常識とはかけ離れた場所であった。

「まあまあ。とりあえずご飯にしようよ。ここの料理はどれも美味しいんだから」

物珍しげに食堂の中を見ているカルロスの手を引き、適当な卓に座る。

「おーい、アレッタちゃん!あれ、スパなんたらの卵焼きちょうだい!ぱーてーサイズで!」

座るが早いかアデリアは別の客の料理を運んでいるこの店の給仕であるアレッタに大声で料理を注文する。

「はーい!スパニッシュオムレツですね!少々お待ちください!」

そんなアデリアの行動にも慣れたものなのか、アレッタもはっきりと返事を返して厨房へと注文を伝えに行く。

「……アデリア姉。あれって邪教徒じゃないのか?いいのか?」

そんな二人のやり取りを見ていたカルロスは、驚きと共にアデリアに尋ねる。

黒の神に仕えることが多い種族であるバフォメットのように山羊の頭と下半身を持つわけではなく、山羊の角が生えてる以外は人間と同じである種族。

カルロスが知る限りでは、それは『邪教徒』に他ならない。


かつて偉大なる六柱の神々がただ一度だけ全ての力を結集し、この世から消滅させたという怪物、万色の混沌。

それを崇めることで六柱の神々に仕える数々の種族のどれとも違う『人ならざる混沌』を得た存在は、邪教徒と呼ばれる。

邪教徒たちはいずれこの世に万色の混沌を呼び戻すことを目的とし、時に竜に変じた大神官すら凌駕する力を持つことから六柱の神の信徒全ての敵だ。


ここ何十年かは何があったのか表舞台には姿を見せず随分と大人しくしているが、それでもこんな目立つところにいたら神官としては見過ごすわけに行かないのではないか。

「あはは。いいのいいの。アレッタちゃんは悪い子じゃないし」

そんなカルロスの心配をアデリアは笑い飛ばす。

無論、アデリアとてこの店を利用するようになってしばらくしてから邪教徒を店主が雇い入れたときには随分と驚いた。

だが、見ている限りではアレッタは真面目に仕事に励んでいるだけで何も悪いことはしていない。

なので、何もしない。そもそもここで変に騒ぎを起こして『出入り禁止』になる方がよっぽど困る。

どうやらそれはこの店に出入りしている神官たちも同意見のようで、アレッタが邪教徒だからとどうこう言われているのを見たことは無い。

「そっか……まあ、アデリア姉がそういうなら」

アデリアの答えに、カルロスはほっと力を抜く。

ちょっと抜けたところがあるが本質は見誤らない姉の言うことなのだ。

間違いはあるまい、とカルロスは思う。

「お待たせしました。スパニッシュオムレツです!」

そうしているとアレッタが料理を運んでくる。

何も乗っていない小さな皿が二つと、ナイフが一つにフォークが三つに何やら真っ赤な筒。

両手でないと運べないほど大きな陶器の皿に盛られているのは……

「パン?……いや、まさか卵焼き!?」

薄い黄色の大きな卵焼き。

宴で供されるような特大の大きさの贅沢な品に、カルロスは目を見張る。

「そうだよ。凄いよね。これで銀貨一枚だってさ」

出てきたものから漂う香りに尻尾を振りつつ、アデリアが薄い胸を張る。

この、どう見ても卵を五、六個は使っているであろう卵焼きは銀貨一枚で出されている。

普通、卵一個で銅貨数枚はすることと、銀貨一枚が銅貨十枚と同じ価値があるとされていることを考えると破格の値段である。

「そりゃ凄いな……」

ふわりと漂ってくる卵焼き甘い香りを吸い込みながら、カルロスはごくりと唾を飲む。

「じゃ、食べよっか」

そんな弟の、様子に苦笑しながら、アデリアはとりわけ用のフォークを手にする。

ナイフで大きな卵焼きの一部を切り取り、小さな皿に盛る。

そしてそれをフォークと共にカルロスに差し出す。

「さあ召し上がれ」

カルロスの方も待っていられる心境ではなかったのだろう。

卵焼きを受け取るなり卵焼きを大きく一口、口に放り込む。

「……!ふめぇ!」

その味にカルロスは驚く。

その卵焼きには様々な具が入っていた。

卵そのものもバターを使って焼き上げられており、ちょっぴりの塩気と胡椒の辛味が効き、ほんのりチーズの味がして中々良い味に仕上がっているのだが、その具が良い。

しっかりと火が通った芋はホクホクとしていて、口の中で崩れていく。

カルロスたちが普段食べているものより随分と甘みの強い玉蜀黍の粒が口の中で弾ける。

細かく刻まれた葱らしい野菜はシャキシャキとしていて、薄く味付けがされた燻製肉は卵の柔らかな味に包まれてじゅわりと肉の味を卵に与えている。

小さな皿に取り分けられたカルロスの分は瞬く間に胃の中に消えた。

(ダメだ!全然足りん!)

口元についた卵を舌で舐め取りながら、カルロスは更に卵焼きを食べるべく、手を伸ばす。

見れば大皿に盛られた卵焼きはどんどんと削られている……アデリアもまた、しっかりと食べているのだ。

それを確認し、思わずアデリアの方を見て、気づく。

「アデリア姉。それは?」

アデリアは卵焼きと共に持ってこられた、赤い筒を手にしていた。

一体何で出来ているのか、その筒は姉が握り締めると簡単に変形し、先端の尖った部分から赤い何かを吐き出している。

アデリアはどうやらその赤いものを卵焼きに掛けてから味わっているようだ。

「ん?これはね、ケチャップって言う味付けだよ。煮込んだマルメットに酢とか色々入れて作ってる感じ」

アデリアはそんなことを言いながら、ケチャップで味付けした卵焼きを口にする。

肉と野菜、それから卵を使って作られた卵焼きに、ケチャップの酸味が加わる。

そうすると味が引き締まって、美味い。

肉と野菜がたっぷり入った卵焼きはそのままでもちゃんと塩胡椒で味付けされていて美味いが、このケチャップを使うと化ける。

「おっ!確かにこのケチャップっての使うと、更に美味いな!」

アデリアがケチャップをつけた卵焼きを食べたのを見て、カルロスも真似をしてケチャップを掛けて食べてみて、笑う。

姉の言うとおり、卵焼きにはケチャップがあると無いとでは大違いだ。

先ほどあれだけ美味しいと思った卵焼きが、これを食べた後ではケチャップなしだと物足りなく感じるほどだ。

その味も手伝ってカルロスはがつがつと卵焼きを食べていく。

「でしょ?このお店の卵を使う料理には大体合うんだよ、これ」

そんな弟の子供みたいな姿にアデリアも嬉しくなって、言う。

この店では卵を使った料理が随分と安く、また様々な料理が提供されている。

修行場で見つけてからというもの何度も通いつめて色々なものを食べたが、卵を使った料理には大体ケチャップが良くあった。

「どうする?お代わり、頼む?」

「うん!」

そうこうしているうちにあれだけの大皿に盛られていた卵焼きは、既になくなろうとしていた。

それを見たアデリアの問いに、カルロスは一も二もなく頷く。

「そっかあ。じゃあ、後はお酒とかも頼もうかな。お~い、アレッタちゃ~ん!」

久しぶりの家族との再会と、美味しい料理。

そして懐にはたっぷりの銀貨。

そのことに浮かれ、アデリアはいつもよりもずっと豪華に行くことに決めていた。

今日はここまで。

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