29コマ目 排斥の原因
街中で急に召喚された怪物。それにより、1つの国サーバがログインしてもキルされてほとんどログイン不能という状態に陥ってしまう。
リスポーン地点を初期地点から変えていれば逃れることはできるのだが、多くのプレイヤーがそのままにしている。そして特にその傾向は初心者ほど強く、そしてそういった者達はキルされるまでの時間が短くしかもリスポーンまでに必要な時間やペナルティが少なく。
新しい存在は誰もログインができないような状況になっていた。
それはもう、永遠に新しいものが参入できないのではないかと考えられるほどだ。怪物の消滅もまた、誰も見たことがないのである。
しかし、突如として、
「あ、あれ?い、いない?」
「いないな。さっきまでそこにいたはずなのに………」
困惑するプレイヤーたち。
彼らの眼には、誰もいない初期地点が映っていた。
何度リスポーンしても即座にキルされるためこの場所からリスポーン地点を変更していないものは全員ログアウトした。だからこそプレイヤーがいないのは分かる。
しかし、怪物がいつの間にか消えていたのは不思議なことだった。
「ま、まあ、消えたのならよかった、か?」
「良かったのかも、な?」
多くのプレイヤーがキルされてデスペナルティは受けたし、NPCの死亡数も多い。だがそれでも、永遠に怪物が残り続けるよりはましだと思えた。
そして安心したプレイヤーたちは話し出す。今までの排斥運動の背景を。
「しかし、今のも邪神とかいうのの手先の仕業か?」
「そうとしか考えられない。せっかく我が国は一丸となっていて裏切り者など居なかったというのに、愚かな邪教徒共の所為で………」
「最初から汚れた者たちなど入れなければよかったというのに………」
排斥運動の原因は決して1つではないのだが、大きい理由が明確に1つあった。
それが、今回のイベントにおける裏切り者の存在である。このサーバを使っている国の人々は、たいていが同じ宗教を信仰している。だからこそ、邪神などと言う存在から声をかけられたところで頷くわけがなかったのだ。
しかし、そこで邪神に勧誘されたのが海外プレイヤーなのである。信心深くない一部のプレイヤーはその誘いに乗り、
「おかげで大商人が呪われてしまった……」
邪神の配下は英雄を狙った。それも、直接的な戦闘力は持たないとされる大商人を、だ。
しかもそのやり方もまた皮肉めいており、この国の者達がまた用意していたミサイルを利用されたのだ。邪神へと撃ち込むため用意された100発以上のミサイルがあったのだが、撃ち出されるミサイルに大商人を括り付けて邪神へと送り出したのである。
ミサイルによる爆発と邪神の呪いにより、大商人は死亡こそしないものの癒えない大けがを負ってしまった。
彼らが排斥へと乗り出すのも、当然と言えば当然の流れなのだ。
そんな話を聞きながら、ページを増やす速度を加速させる黒い本。
大まかな事情を把握すると、いつものように次元の裂け目を作り出し転移していった。
「………………」
当然転移した先では、いつものように本の主が勉強している。その集中力はすさまじく、転移に気づくことはない。
転移前とは明らかにペースが落ちるが、どこか黒い本は落ち着いた雰囲気でゆっくりとそのページ数を増やしていく。
ちなみにその後、
「あれ?ここに本置いたっけ?………もしかして転移してきた?」
伊奈野からは首を傾げられることになるのだった。
ただその伊奈野の疑問に、黒い本が何かを答えることはない。
「ん~?………………………………まあいっか」
伊奈野は数秒悩んだものの、思考を放棄する。それよりも、この休憩時間内に趣味となった魔法陣作成をすることが優先されるのだ。
一度ダンジョンを解体して時間を確保した後、新たな奇麗過ぎる数式を基にした魔法陣が形成されていくのであった。
その後は特に何か大きなことは起こることがなく、
「さて、そろそろログアウトしなきゃな~」
そんな時間になった。いつもはここからログアウトボタンを押してログアウトするのだが、伊奈野の脳裏には数時間前の記憶がよみがえってくる。
勉強を優先しなければならず何もしなかったが、
「結構嫌がらせみたいな感じのことされたし、報復しなきゃね」
しなければならないということは当然ないのだが、伊奈野はかなりやる気がある。
いつも通りの日常を邪魔された恨みは大きいのだ。
「やっぱり何かするなら、魔法を使ってみるのが1番だよね。他にできることないし」
自分の所持しているスキルなどほとんど知らない伊奈野はそんなことを言いながら、自分が休憩時間に書いていた魔法陣に目を向ける。
今回はこの魔法陣を使用するつもりなのだ。以前作った巨大なものはもう自分でも何が起こるのかさっぱりわからなかったが、今回はそこそこシンプルになっている。だからこそ効果も予想できて、
「たぶん、嫌がらせにはちょうどいいよね?」
何をもってしてちょうどいいと考えるのかは人それぞれだが、伊奈野にはそれが丁度よく思えた。
もちろん伊奈野はそんなことなど予想していないが、嫌がらせ程度で済むはずがない。