１０コマ目　再認識

ダンジョンコアを手に入れてから一晩明け。

「今日も入れる。珍しいね」

日本サーバに伊奈野は入ることができた。２日連続で入れるということも最近は少なかったので、珍しい。

これもサーバが強化されていたからこそである。

「おはようございます」

「あっ。おはようございます」

「おはようございます」

「おはよう、ございます？」

ログインして図書館の個室に転移してみれば、そこには弟子２人と司書さんが。

午後８時過ぎくらいにおはようと言われるのは司書さんにとって未知な体験だった様で、困惑した表情を見せている。

「師匠にとって今は朝だから」

「気にしたら負けですよ。おはようと言われればおはようと返せばいいのです」

「は、はぁ」

伊奈野との付き合いも長くなってきた弟子２人からのアドバイス。

理解できていなさそうな返事が司書さんの口から漏れた。しかし、そんなことは相変わらずあまり気にしない伊奈野は、

「勉強………の前に司書さんに本を貸さないといけませんね。少し待ってください」

「あっ。ありがとうございます」

司書さんには伊奈野がいる間だけ黒い本を貸し出すことになっている。伊奈野も勉強すると勉強に集中して忘れてしまいそうだったので、早い段階で渡してしまいたかった。

ただ、例の黒い本はさらに厨二臭いことになっていたので伊奈野もあまり細かい確認はできておらず、

「昨日は自分から勝手に来てたけど…………まあとりあえず呼んでみるか『来て』」

来て。

伊奈野が呼び出すために発した言葉はそれだけ。パワハラ上司の休日出勤の呼び出し以上にひどいそれだが、

「「「えぇ！？」」」

部屋にいる伊奈野以外を驚愕させる結果となる。

伊奈野の前には昨日のように次元のはざまのようなものが現れ、そこからポンッと本が飛び出してきて伊奈野の手に収まった。

あまりの事態に驚愕し固まる3人を気にせず、

「はい。これどうぞ」

「え？あっ………」

司書さんに黒い本(グリモワール)を手渡した。

思考が停止している状態で行われたことだったため司書さんも阻むことはできず、その黒い本(グリモワール)を司書さんも素直に受け取った。

そうなれば後はするべき仕事も終わったと言わんばかりに伊奈野は机に向かい勉強を始める。

そしてそれから数秒後、

「「「え、ええええええええぇぇぇぇぇぇえぇ！！！！！！？？？？？？？？？」」」

轟く３人の悲鳴。

当然伊奈野の耳に届くことなどなかった。

「え？い、いいいいい、今、なんかすごいものができてなかった！？」

「わ、私もあんなもの初めて見ましたよ？何ですかあれは？」

「………………明らかに異常な力を感じました。転移関係も基本的に使用不可能になるように防衛体制を見直したはずなのですが、まさか１冊の本に突破されるとは」

伊奈野が反応してくれないとはいえど、３人も本について話し合い考察を始める。

その本には邪神にかかわる寄生虫と呼ばれる存在が寄生しており、警戒すべき対象ではあるのだ。しかし、

「今のは、アイテムボックスとかではないわよね？」

「はい。一部の者が使える『ストレージ』の魔法に気配は似ておりましたが、明らかにその力は上位のものであるように感じました」

「空間を操る『ストレージ』の上位。つまり、次元を超えてきたということですか？」

「「「………………………………」」」

３人は可能性を考え、その心の中の恐怖を膨れ上がらせる。

しかしそれと同時に、

「師匠は、これを手懐けていらっしゃるんですよね？」

「そうよね。そうなのよね？『来て』とだけは言ってたし」

「ぎゃ、逆に言えば、来ての一言だけでこの力をこの本に行使させることができるということになるのですが」

「まあ、それはほら。師匠だし」

「師匠ですから、安心はできるような気がしますね」

「………………まあ、お二方がそうおっしゃるなら、私もひとまず安心します」

その圧倒的な力を持つ存在を、伊奈野が支配している。

そう考えるだけで安心できる気がした。

伊奈野とてそこまで扱いきれているわけではないのだが、なんとなく３人の中では伊奈野も別次元の異常な人間であるということになっているのだ。

まあ、寄生虫とはいえ邪神の力を一部封印したのだから当たり前かもしれないが。

「よく私たち、こんな力を持ってる存在の本体を世界から追放できたわね」

「そうですね。これほどの力を感じると、数百人が命を懸けても力の少しすら封印できなかったことが当たり前だと感じられますよ」

「この間の戦線で暴れていた邪神の分身体がどれほど適当に作られたものなのかがよく分かりました。私も認識を改めねばならないようです」

３人は邪神という存在をなめていたと認識を改める。

そんな中彼らにその恐ろしさを知らない間に教えていた伊奈野は、

《スキル『激励１』を獲得しました》

というログが流れていることにも気づかず、

「ん～。いったん休憩します。何か質問とかあるならお答えしますよ？」

「あっ。師匠。私気になることがあるんですけど」

「私も少し………」

「お二人の後で良いので、この間の文章の方を」

「はいはい。お答えしますね。司書さんは見せてもよさそうなものを見繕ってきたのでちょっと待っててください」

休憩（ほぼ勉強）するのであった。