15コマ目 真なる集中
皆さん地震や津波の被害大丈夫でしょうか?
この作品が少しでも被災された方々の気を紛らわせたり、暇つぶしになったりするのであれば幸いです。
「おや。こんにちは」
伊奈野が小屋へと入ると、落ち着きのある爽やかな声がかけられた。
声のした方へと目を向けてみれば、そこには宗教関係の人間らしい神聖な雰囲気を感じさせる格好をした男性が。
「あっ。こんにちは」
伊奈野も挨拶を返す。
ただそれだけで会話は終わらせ、伊奈野は席について勉強を始めた……つもりだった。
「いやぁ~嬉しいですね。やっと新しい信者の方に来ていただけるとは。最近は皆さん○○○○教などという新しい宗教へ移ってしまって寂しかったんですよ。やはり最近の若い方々には我が教の教えはありがたみなどが………………………………」
ペラペラペラペラペラペラ、伊奈野に不快感を与えるほどに信心深く話好きなのであろう男はしゃべる。
勉強に集中するためには非常に邪魔だ。
さすがに他人が楽し気に話をしているのを邪魔するのはどうかと思う気持ちはあるのだが、
「あの、私ここに来れば静かに作業できるって聞いてきてお金まで払ったんですけど………」
棘のある、どこまでも冷え切った声と目線。
彼女の目的のため、他人へ配慮などしてはいられない。
「あ、ああ。それはすみませんね………」
それを受けた男性は、ひきつった笑みを浮かべながら謝罪の言葉を口にした。
彼もいろいろと人を見てきたのだが、ここまで自分に対して無関心であり、なおかつ1つのことへ取り組もうとする存在は初めてだった。
それはもう、伊奈野のログに、
《スキル『寒冷の瞳1』を獲得しました》
というものが流れるくらいではある。
ただ、相手も宗教関係者であり精神面に関しては生ぬるいものではない。
「いや、良いですね。そういう風に自分の意見を言えるのは素晴らしいことですよ。最近関わってきた若者には………………………」
「………………………………」
間接的にうるさいと言われてもなお話し続ける男性。伊奈野はさらなる怒りを覚えるが、それで声を荒らげたり怒りで暴れたりはしない。
それよりも、だ。
「………………」
「………………それでですね、やっぱり私は思うのですけれど、この世界というのは、ん?おやおや、聞いてないのでしょうか?おーい。もしも~し。無視しないでもらいたいのですが」
ストレスになるものは無視する。そのたぐいまれなる受験生として絶対に身に付けておくべき集中力で、完全に無視してしまうのだ。
ながったるい話も聞き流し勉強へと集中。
たとえこの相手に多少の不快感を与えたとしても、生産性がないことをしたくはない。
勉強すら邪魔してくる可能性はあるが、その時はここの管理者のようであった宗教勧誘少女に言いつければいいだろう。
この場にいるのだからこの男性は信者である可能性もあるが、たとえ少女が対処を渋ったとしてもこの事実を言いふらすと脅せば伊奈野のために動かざるを得ないはずだ。
ここまで小さい宗教なのであれば、悪評を流されるとさらに信者を集めづらくなる。最悪、プレイヤーたちからは害悪として石を投げられかねないのだ。
ただ、そこまで考えたものの、
「………………むぅ。仕方がないですね。ここまで集中されているのであれば邪魔をしてしまうのも忍びないですし、私が一方的に話しますか」
伊奈野に対して彼は話をするだけで終わった。
宗教勧誘少女を脅して男性を追い出す必要はなくなったわけである。
ちなみに、
《スキル『無視1』を獲得しました》
伊奈野は対象を無視するなんて言うスキルまで覚えたためゲームシステム的に完全に男性の存在や話を無視することまで可能になっていた。
彼女の集中力は、たとえ周囲がうるさいくらいではほとんど(多少影響はある)関係ないのだ。
「いやぁ~。今日もとても勉強日和です」
「いや、急にどうしました!?それは私がうるさいことに関しての皮肉ですか!?気づいてるならちゃんと反応してくださいよ!」
伊奈野がぽつりとつぶやいた口癖に、男性は激しく反応する。
だが、伊奈野は一切反応しない。システム的に認識されないようになっているのだから当たり前だ。
それよりも、
「教皇様ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
「わっ!?ど、どうしました聖女ちゃん、そんな大声を出して」
「どうしたもこうしたもありません!さっきから小屋の外まで教皇様の声が聞こえてますからね!教皇ともあろうお方が何をやっているんですか!信者ではないものの、ここを利用してお金をくださる方がやっと来たんですよ!?それをそんなうるさい声と長い話で邪魔をしてぇぇ!!!」
「お、落ち着いてください聖女ちゃん。ね?どちらかと言えば私より聖女ちゃんの方が今うるさいですから」
「はああああぁぁぁ!!????言うに事欠いていて最初に口から出る言葉がそれですか!?反省されてないんですね教皇様!それなら、反省できるまで懺悔室に監禁です!」
「えっ!?ちょっと待ってくださ……あああぁぁぁぁ!!!!!!!聖女ちゃんいつの間に腕力が強くなってるんですかあああぁぁぁ!!!!??????」
伊奈野が宗教勧誘少女と呼んでいた小屋の外にいた存在にまで彼の声は届いていた。
少女に怒られ引きずられていく彼は、強制懺悔というとても素晴らしい扱いを受けたという。
そんなやり取りすら完全に無視して全く気付いていない伊奈野は、
「あ~。今日も勉強日和ですねぇ」
明るい小屋の中。
図書館が使えなかった遅れをどうにか取り戻したと満足げに額の汗(ゲームにそんな機能はないが)をぬぐうのであった。