第210話 新たな『創造』 ゴブリンの可能性
ゴブリンの核を『分解』することで判明した事実。ゴブリンは『人間』に別の因子、魔素が混じり合うことで形作られていた。
「およそ千年前、突如として魔が世界を包み込んだ。魔に取り込まれた人々は魔人に、獣は魔獣と化し、破壊の衝動に駆られていく」
ノアが不意に発した言葉だったが……俺には聞き覚えがある。
「マックスさんが話してくれた伝承の一説です」
「そうだ、それだ」
俺がゴブリンの襲撃からマックス達コボルトを守った後に、宴の中で教えてもらった世界の歴史だ。
何だか随分と前のような気がするな。
そしてあの時といえば、マックスから魔人について、さらに詳しく聞いていた。
「魔人はもともと人間である。魔素の影響により魔人となったのだが、影響の程度によってあり方が変わる……だったかな」
魔素の影響が強ければ強いほど力のある種族。俺はまだ会ったことがない、巨人や鬼人、吸血鬼がそれに当てはまるとのこと。
コボルトやトードマン、獣人達は魔素の影響が弱い種族に入るらしい。まあ、見た目はともかくとして、接してみれば人間と変わらない。魔人と言われてもピンとこないぐらいに人間寄りだ。
で、肝心のゴブリンはというと……意外なことに、魔素の影響が強い部類に入る。
「こうやって見ると確かにな。人間の因子よりも魔素の部分の方が多い。これじゃあ影響が強いはずだ」
3対7ぐらいかな? 人間が3で魔素が7。人間の因子の表面を覆い尽くすほどに魔素が比率で上回っている。ゴブリンの能力に似つかわしくないほどの魔素の量だ。
しかし……なるほど。よく見てみると、魔素の配列がおかしい。
配列というか、バランスかな? 偏りがひどいとも言える。
俺の知る限り、核になる情報は球体であるほど望ましいのだが……これは珍妙な形だ。川原に落ちている石のような形状。核としてうまく作用するとは到底思えん。
「だからこそゴブリンは知能も低く、本能に逆らえない。魔素の影響が強いにも関わらず、力が弱い種族となっているのかもしれませんね」
「だろうな」
存在を歪ませるほどに侵食している魔素。配列さえ整えれば、単体でも相当な脅威にだってなり得るだろうに。
……ああ、そうか。ゴブリンにメイジがいたりロードみたいな化物がいるのも、この魔素が関係しているのかもしれない。
後天的にでも魔素の配列に影響する何かを得ることで、原種を超える存在になる。
ワーカーに進化したのも魔素の量が織りなす可能性のひとつと考えると、ゴブリンは多様性が広い種族でもあるんだな。
うーむ……実に興味深い!
「マスター」
「ん? ああ、大丈夫。本来の目的は忘れてないよ」
傍から見れば脱線してるように思えるかもしれないがね。問題無い。興味があるからこそ瞬時に閃くこともある。俺はゴブリンの可能性に関心しつつも、目的を果たす算段を立てていたのだ。
といっても、実に単純な話。人間の因子はそのままに、魔素の部分だけ手を加える。それだけだ。
ひょっとしたら、人間の因子だけにすれば人間として『創造』できるのかもしれないが……。
「その場合、核以外の情報にも手を加えないと人間としての存在に影響を及ぼす可能性が高いです。おそらく、違う何かになるかと」
「分かってるって。しないしない」
言うなれば、泥地に高層ビルを建てるようなもの。土壌が耐えられないことは目に見えている。
ノアは『違う何か』なんてオブラートに包んだ言い方をしていたが、実際は人の形を保てるかどうかも怪しいものだ。生きたレギオンみたいなものにだってなる可能性もある。
それを防ぐために俺がすべきことはというと――
「ゴブリンをゴブリンたらしめている魔素を次元力に置き換える」
もちろん、配列はちゃんと整えた上でだ。
「そうすることで、人型の別種になることは間違いない……はず。まあ、ゴブリンじゃなくなるのは確実だな。配列を整えるから、人間に大分近い姿だとは思うんだけど」
「ボクもそうだと予想します。マスターの目的は十分達成できると思います」
よし、俺とノアの見解が一致した。なら、やらない手はない。
「じゃあ、俺は核になる部分に手を付けていく。ノアには、そうだな……」
「ボクは核以外の情報を次元力に適した形に再配列したいと思います」
核以外の情報? ……なるほど。言われてみれば、それもなかなか重要なのかもしれない。
ゴブリンロードの情報は、歪な核のバランスを取るように他の情報が配置されていた。
核を整えたら、今度は逆に全体のバランスが悪くなる。ノアはそれを解消しようというのだ。
さすがノア、目の付け所が素晴らしいね。返答は当然、イエスだ。
「分かった。そっちはノアに任せるよ。頼む」
「はい! それではすぐに取り掛かります!」
そうして、俺とノアは手分けして作業に取り掛かることになった。
作業は順調も順調。問題点など見当たらない。
なにせ、俺の作業は今さっきしていたことの応用なのだ。魔素を次元力に置き換え、作用させるなんてことは、石や草で試していたことと変わらない。
このための実験ではなかったが……まあ、思わぬ儲けものとして享受しよう。活かせる経験になっていることは事実だからな。
そして、あの実験結果はノアにも共有されている。ノアの作業効率にも多分に影響を与えているようだ。
ノアの作業は俺より量が多い。
単純な量でいえば、俺の五倍ぐらい。にも関わらず、凄まじい勢いでこなしていた。
作業の達成率で言うと俺と五分五分。別に競っているわけじゃないけど、お互いのやるべきことを着実にやっているだけで同じ進捗率で進んでいる。このペースだと、ほとんど同じタイミングで作業は終わりそうだ。
なんて考えている間にも、俺の作業は終わりが見えてきた。ということは――
「間もなく作業は終了します」
うん、予想どおり。
「俺ももう終わるよ。っていうか、終わった」
「こっちもです。すぐ『創造』に移りますか?」
「うーん、そうだな……」
ここで他にやらないといけないことも思い付かない。それなら――
「よし! 戻って『創造』に移ろうか!」