第14話 魔剣誕生
「構わないけど」
そら、とシグルドが剣を差し出してくる。これといった装飾もない、冒険者らしい実用的な剣だ。
「大分使い込まれているみたいね」
「ああ、14歳で冒険者登録をした時に親父がくれたんだ。元はひい爺さんが使っていた、なかなかの業物なんだぜ」
少し自慢げなシグルドがかわいい。
「そういう由来ならうってつけね」
私は両手で剣の鞘を掴み、高く掲げ……ようとしたけれど、結構重たかった。
「シグルド、ちょっと手伝って。鞘に入ったままで、両手で柄を掴んで。胸の辺りで掲げてくれる?」
「こうか?」
「そうね、そんな感じ。そういえば、シグルドの魔法属性ってなんだっけ?
「風だよ」
「了解! じゃあ、これからは私がいいというまでじっとしていてね」
シグルドといえば、魔剣グラム! 竜を倒す神話の剣だ。人間に祝福が効くのなら、剣にだって祝福してみようと思いついたのだ。加えて日本文化も投入してしまう。祠のお供えがなかなか良い結果になったからね。
ひとつは、長い年月を大切にされた道具には魂が宿るという『付喪神』。もう一つは『名づけ』だ。生物や物だけでなく、目に見えぬものにすら名前を器にすることで性質を形作り固定する。簡単にいえば、名は体を表すってこと。女の子の名前に美や愛、優といった漢字を使う、みたいな。やっぱり、日本人が作った世界観だから、どこか共鳴できる場所があるんじゃないかと思う。
「シグルド、これはあなたの剣。あなたの家族が長年愛用してきて、今はあなたが大切にしている相棒。間違いないわね?」
「ああ」
少し訝し気なシグルドに、私はニコリと笑った。
「ちょっと恥ずかしいんだけど、笑っちゃダメよ」
小さく咳払いをして、シグルドが掲げる剣の鞘を両手で包む。
「祝福」
キラキラとした光が剣に吸い込まれていく。そのまま私はさらに続けた。
「汝、シグルドの剣に名を与える。其はグラム。英雄の魔剣、グラムよ。汝、炎をまといて主の敵を両断し、金床をも切り裂くもの。神より加護を授けられ竜の鱗すら斬り伏せるなり。其はグラム。英雄の魔剣グラム、目覚めよ」
もう一度祝福を唱えると、先程よりも多くの光が溢れて剣に吸い込まれていく。最後の光が消えるまで、私たちはそれを見つめていた。
「シグルド、もう剣をおろしてもいいわよ」
「今のは、一体……」
「私が取得した魔法に、祝福という効果があってね。剣にも効くんじゃないかと思ってちょっと試してみたの。どれくらいの効果があるかはわからないんだけど」
そういうことか、とシグルドがつぶやく。
「あの呪文は? 英雄の剣って」
「昔読んだ本に出てきたの。竜を倒す英雄はグラムという魔剣を持っているのよ。ただ祝福をかけるより、具体的にお願いしたほうが効き目ありそうでしょ?」
「炎をまとって竜を斬るって、すごいな」
「炎はね、私がなんとなく思いついて。強そうだし、かっこいいし。シグルドが風なら相性が良いかなって」
「まって、今のところよくわからない」
「グラムがまとった炎を、シグルドが風で飛ばすのよ」
シグルドが頭を抱えてしまった。だって、私の中の14才がそういうんだもの。
「うん。わからないけど、わかった。俺の剣に祝福をしてくれてありがとうな」
「長い間大切に物を使うと、心が宿って持ち主と通じ合うという言い伝えがあるのよ。これからも大事にして、それからシグルドが名前を呼んであげたら効果がもっと高まるんじゃないかな」
「図書館の魔法の本といい、さすが由緒ある公爵家はいろいろ言い伝えられているんだな」
「そう、私のご先祖様の教えなの」
前世の、だけど。
せっかくだから、もう一度私は剣を祝福した。
「グラム、これからよろしくね。シグルドのいうことをよくきいて、守ってあげて」
ほら、とシグルドを促すと。少し気恥ずかしそうにシグルドは手にした剣にいった。
「グラム、いつもありがとうな。これからもよろしく頼む」
その時。剣の先からほんの小さな火花が散ったのだ。
「シグルド!」
「俺も見た!」
すごい、さすが魔剣! と私たちはグラムを褒めそやした。ご祝儀にもう一度祝福をかける。
「でもさ、炎っていうか、火花?」
「もうっ! 魔剣になっただけですごいんだから。炎はこれから、これからなんだから」
グラムに励ましの祝福をもう一度かける。
「さっきからグラムばっかり祝福されてる」
「あ、そうね。シグルドにも」
胸のあたりで手を組んで、さくっとシグルドを祝福した。
「どう?」
「体がポカポカする」
「寒くなったら便利ね」
「祝福なんて聞いたことないし、剣は魔剣になるし。すごいことだとわかっているんだけど。なんが、あなたがいうとあっさりしていて」
シグルドが破顔する。
「体に悪い物でもなさそうだから。これから練習の時に毎日かけてみるね」
「グラムにも?」
「そうよ、あなたの剣でしょ」
シグルドが頷いた。
「炎がでるようになったらすごいな」
「火花だって十分すごいわ」
「まあ、剣からでるっていうことはすごいけども」
「そうよ。シグルドが討伐に行くときは外で火を焚くこともあるでしょう? グラムがいたら簡単に火を起こせるじゃない」
その時、グラムの剣先からボッと指先ほどの火が上がった。
「すごいわ、グラム! シグルド、ほら、喜んでる」
「俺は怒っているような気がするけど」
シグルドが困ったように笑った。