第3-32話 繋がりと魔術師
『クリムゾン・クリスタル』に囲まれた地下深くにあるのがサラの部屋である。最高級の耐魔素材で作られたその部屋は、元は魔法の研究施設だったが今は使われていないので、あふれ出すサラの魔力を抑えるための部屋として使われている。
はずなのだが。
「あれ? 腕輪ないのに、魔力があふれないね」
ベッドで眠りについたサラの側にいるのはイグニとミラ先生の2人。エレノア先生が急用で学校から外れているので、サラの面倒を見れるのがミラだけだったのだ。
「学校に帰ってくる途中に、腕輪が完全に壊れたんです」
「ほんとに~?」
「はい。壊れた腕輪はアリシアが帝国の研究施設に持って行ってくれました。すぐに次の腕輪が来ると思います、けど」
「大地が『魔王領』にならなかったって話、本当なの?」
「はい。サラの魔力が全部俺に流れ込んできたんです」
「全部?」
「全部です」
イグニの言葉にミラはしばし、考え込んだ。
一晩眠らなかったサラはベッドの上でぐっすりだ。
こうして見ると、ただの女の子に見える。
「イグニ君、右手出して」
「え? あ、はい」
イグニが右手を差し出すと、ミラ先生はその手を取った。あったかい手だなぁ……と、思っている間に、ミラ先生はサラの手を取った。
「……ああ、やっぱり」
そして、ミラはぽつりと呟いた。
「2人の間にパスがつながってるね。こんなに強いパスは初めて見たよ~」
そして、感心したようにミラは呟いた。
「パス……? パスってなんですか?」
しかし、イグニは分からずに聞き返した。
「んっとね~。ま、言葉の意味から分かると思うけどパスってのは通り道なんだよ。魔力のね」
「通り道?」
「強い感情的な結びつきとか、運命だとか。まあ、きっかけなんて色々だけどさ~。複数人の魔力が繋がっちゃうこととかあるんだよね」
「魔力が……繋がる……」
「ん~。知らなくても仕方ないと思うよ? まだ授業範囲外だしね。あ~。分かりやすい例で言ったら、あれがあるね。『惚れ薬』」
「『惚れ薬』? あれもパスが繋がってるんですか??」
イグニは思わぬところで知識が結びついたので、ミラに聞き返した。
「そだよ~。聞いたことない? 『惚れ薬』は効果にかかっている相手が分かるって話」
「あります」
まさか実体験しましたとは言えないので、イグニは誤魔化した。
「あれもパスなんだよ。特定の人と魔力のパスを繋ぐから、繋がった相手のことを好きになっちゃうし、誰が自分に惚れてるのかが分かるんだ」
「そうだったのか……」
錬金術には全く詳しくないイグニは、ミラから教えてもらった知識に唸った。
「ま、このパスは感情じゃなくて繋がってるのは魔力だけっぽいけど」
ミラはそこまで言って、2人の手を離した。
「魔力が繋がると色々とメリットがあるの」
「魔力の受け渡し……ですか」
イグニは思い当たる節を呟く。
「そ。魔力は常に一定になろうとする。冷たい水と暖かい水が混ざり合って、同じ温度の水になるように、魔力が少ない場所と濃い場所では混ざり合って同じ濃さになるからね~。パスがつながるってことは多いところから低いところに流れていくってことなんだよ」
「はぇ~」
イグニはなんか凄いなぁ、と思って感心した。
「だから、サラちゃんの魔力はぜんぶイグニ君に流れ込んだんだね~」
「俺の魔力がキャパオーバーしたらどうなるんですか?」
「キャパオーバーしないんじゃないかな」
「え?」
イグニは不思議に思って聞き返した。
「イグニ君、帰ってくるときずっとサラちゃんからの魔力を浴びてたんだよね?」
「はい」
「どれくらいの時間?」
「2時間……くらいですかね」
「2時間ね~。ミルちゃんからの報告だと、たった30分浴びただけで『占い部』の人たちだけじゃなくて、あのミルちゃんだって倒れたんでしょ? それを2時間も注ぎ込まれて、ピンピンしてるじゃん」
「体調はバッチリです」
「だよね~」
ミラはイグニの目を覗きこんだ。
「イグニ君。君の魔力量は化け物なんだよ、たぶんね」
「化け物、ですか」
イグニはミラの言葉を反芻した。
ファイアボールの1つも撃てなかった3年前とは違うとは思っていたが、どこまで魔力量が増えたのかまでは把握していなかった。
「そういうわけだからさ、イグニ君。これからもちゃんと、守ってあげてね。サラちゃんを」
「はい。それは」
イグニはサラの寝顔を見ながら、
「任せてください」
頷いた。
――――――――――
翌日。
「わははっ。久しぶりだな!」
どん、とイグニの後ろの席に座ったのはエドワード。
しかし、肝心の席の主はそこにいなかった。
「あれ? イグニはどこに行った?」
「ああ。イグニなら今日は休みだよ」
エドワードの隣にいた少女のように見える少年がそう言う。
「体調不良か? あ、これはお土産だ。受け取ってくれ」
「ありがとう」
「それ私のもあるの?」
「もちろんだ」
ユーリとアリシアがエドワードからお土産のお菓子を受け取ったが、エドワードの手元には残る袋が3つ。イリスの分と、サラの分と、そしてイグニの分である。
「イグニは体調不良じゃないんだ」
ユーリはお土産をカバンの中にしまい込みながら、エドワードに教えた。
「そうなのか。なにか用事か?」
「用事……と、言えば用事なんだろうけど……」
アリシアとユーリの視線が噛み合う。
いまいち2人が何を言いたいのか分からず、エドワードは首を傾げた。
「んーっとね、この間イグニが犯罪者を逮捕したんだけど」
「なんだと!? 流石イグニだな。すごいじゃないか」
「今日はそれに呼び出されて、監獄にいってるんだ」
「監獄?」
想像していたよりもはるかに物騒な単語が飛び出して、エドワードの顔色が曇る。
「そうだよ。『地下監獄』って聞いたことあるでしょ?」
「あ、ああ……。流石に、名前くらいはあるぞ……。国家転覆や、大量殺人者などの……極悪人が捉えられる地下迷宮を改造して作られた……牢獄……で、あってるよな?」
一口に国家転覆や大量殺人と言っても、それは一般的なイメージと異なる。
この世界には化け物がいる。
たった1人で世界人口の99%を減らした男がいた。
たった1人でそれを撃ち破った英雄もいた。
それを皮切りに生まれた『魔法使い』という化け物たちは、全員が全員。誰かのために魔法を使うなどというお行儀の良いことはできなかった。人類に牙を向き、人を虐げようとする魔法使いは決して1人ではない。
だから、その化け物たちをしまい込むための牢獄がいる。
それが、『地下監獄』である。
「うん。イグニはそこに行ってるんだ」
「な、なぜ?」
エドワードの問いも最もである。
だから、ユーリは彼に伝えた。
「呼ばれたんだって。捕まえた人に」
「……その……誰なんだ? 捕まえた人というのは」
「アビスだよ。“深淵”のアビス」
エドワードは衝撃で閉口し、思わずお土産を手落とした。