第2-24話 壊す者
「『聖女』さまを見つけたよ!」
後ろを走っていたユーリが短く漏らす。
「あそこ!」
『ピーッ!』と鳥のような鳴き声を上げて『闇の塊』がまっすぐ飛んでいく、そして『魔族』の少女の前で……止まった。
「何これ?」
こてん、と『闇の塊』を見ながら首を傾げる少女。
「ローズ様!」
「『装焔』ッ!」
イグニは問答無用で『ファイアボール』に魔力を貯める。
「ねえ、お兄さん。お話しない?」
しかし、『魔族』の少女はそう言ってイグニに静止を求めた。
「……話?」
「うん」
ローズは縄で括りつけられ、口には猿ぐつわを咥えさせられ喋れなくなっていた。
「お兄さんがイグニだよね」
「そうだけど」
「で、そっちのお姉さんたちがフローリアとユーリ」
「ぼ、ボクはおと……」
「それで、何の用だ」
あ、やべ。
ユーリの言葉を遮っちゃった。
イグニはちょっと反省。
「私はクロ。あなた達には『聖女』を諦めて欲しいって話だよ」
「無理に決まってるだろ」
「そうかな。でも、イグニは『聖女』様からの告白を面倒だなって思わなかったの?」
「んー! んーっ!!」
ローズが喋れないなりに必死に抗議している。
「面倒? どうして??」
「だって40年も拘束されるんだよ? 面倒じゃん」
「ああ。それか」
イグニは息を吐いた。
「それなら、解決した」
「解決? 何を言ってるの??」
「俺が『魔王』の死体を持って帰る。それを『帝国』の技術を使って封じ込める。これで、全部解決するんだ」
「……嘘でしょ?」
「マジだ」
「ぜ、絶対無理よ! 私たちでも『魔王城』に近寄れてないのに!」
「そうなの?」
「そ、そうよ!」
イグニは自分の思っている『魔族』との認識の違いにビックリ。
「クロは、何が目的なんだ?」
「『魔王』様の復活」
「なるほど」
イグニは静かに構えた。
「悪いけど、それは無理だ。俺が止める」
「止める? どうやって??」
クロが首を傾げる。
「私がここで止められても、ここで死んでも私たちは『魔王』様の復活のために動き続けるわよ」
「『魔王』の死体が無くてもか?」
「……それはっ」
「ローズの40年を自由にする。誰かが決めた『聖女』の役目もここで終わらせる。そのためには『原因』を壊してしまえばいい! そうだろう!!」
「……っ! 交渉、決裂だね」
クロは銀の髪を揺らして悔しそうに歯噛みした。
「私の持ってるカードじゃ、あなたは説得できないし」
「ああ。だろうな」
クロの提示してきたのはイグニがローズに付き添う40年間というカード。
しかし、イグニにとってそれは1人で既に解決していたことだから。
「だから、力づくになっちゃうね」
「……クロは、強くないだろ」
「うん。私は“占い師”だからね。強くないよ」
「なら!」
イグニはクロに言う。
「それなら引いてくれ! 俺は意味もなく女の子を傷つけたくない!!」
「んー!!!」
ローズが何かを言っている。
「イグニは優しいんだね。でも大丈夫だよ。戦うのは私じゃないから」
「……なに?」
マリオネッタは倒したはず。
フローリアの話によると協力者はマリオネッタだけでは……?
「何の保険も用意せずに、ここにいるわけないじゃん」
そう言ってクロは静かに宣言する。
「起きて。――『英雄』」
『GuuuuUUUUUUUUUU!!!』
地下から響いてきたのは臓腑を揺らす叫び声ッ!!
バァアアンンン!!!!
次の瞬間、地面から出現したのは巨大な腕!
「巨人!?」
それは滅びた種族だ。
『魔王軍』と人類の大戦で、滅んだ種族は多い。
巨人族もそのうちの1種。
数多くの巨人たちはしかし、たった1人の身内の裏切りによって壊滅したという。
「今は亡き『魔王』四天王の内の1人! 巨人族の裏切り者。“不屈”のローロントだよ!!」
「亡き……?」
イグニの問いかけにクロが、にっと笑った。
「『死霊術』だよ!」
「“古の魔術”か……っ!」
イグニたちをよそに、巨人族らしく20mはある巨大な体を大きく伸ばしながら『工房』を内側から破壊するローロント。
彼はそのままローズとクロを掴むと、外に出た。
ズン!!!
彼が一歩踏み込んだ瞬間、地面が大きく揺れる。その場に立てず、慌てて地面に足をつけるイグニたち。
『WooooOOOOOO!!!!』
日の光を浴びたローロントは大きく吠える。
「太陽の光で……消えない?」
「“古の魔術”だって日々進化してるんだよ!」
フローリアの問いに巨人の肩にのったクロが返した。白銀の髪の毛が日の光に当たって、煌めいた。
「さあ! ローロント!! イグニ達を押しつぶして!!」
『Uuuuhhhhh』
足を持ち上げ、おろす。
イグニはユーリを捕まえると、地面に『ファイアボール』を生み出して撃発!
遅れてイグニたちが居た場所に足が振り下ろされた。
「デカいってのは……すげえな」
「う、うん」
イグニはユーリに覆いかぶさるようにして、彼を守る。
……なんで君は顔を赤らめるの??
「イグニたちを押しつぶして!」
「させない! 『風は荒れ狂って』!」
上空から少女の声が響く。
次の瞬間、ローロントの身体が持ちあがった。
「えぇっ!?」
クロが驚いた声をあげる。
「『真空刃』」
次の瞬間、ローロントの右足が断ち切られた。
……チャンス!!
「『装焔機動』!!」
イグニは一瞬で上空に跳びあがると、巨人の掌に乗っているローズを助け出す。
「ん~!!」
ローズがイグニに抱き着いてくる。
「無事だったか! ローズ」
「んん!!」
イグニが地面に着地すると、イグニはローズをユーリに預けてローロントを見上げた。
「頭を飛ばせば止まるか……?」
イグニがそう呟いた瞬間、真上からリリィが降ってきた。
上空には箒に乗って、大きな帽子をかぶった魔女がいる。
「イグニ、ごめんなさい!」
飛び込んできたリリィはイグニに縋りつくなり、泣き始めた。
「ごめんなさい。私が、やったの……!」
「ど、どうしたんだ?」
「心がモヤモヤして、苛立って……! 自分が自分でなくなって……」
「…………」
「だから……。だから、私が『聖女』さまの情報を『魔族』に渡したの!!」
「それは……」
イグニはリリィを抱きしめる。
それしか……できない。
自分のしたことを後悔して、泣いている少女にそれ以上何が出来るだろうか?
「ごっ、ごめんなさい。私が、私が悪いの……!」
「どうして……」
「私、気が付いたの!」
リリィがイグニを見つめる。
イグニの目の前には両目に涙をたくさん貯めた可愛らしいエルフがいる。
「私、イグニのことが好きなの!!」
「…………」
「でも、私じゃ勝てないから……! 幼馴染の『聖女』さまにもクラスメイトにも……!!」
「ありがとう。リリィ」
イグニはリリィを抱きしめた。
「ちょっと! 貴女誰なの!? 私はイグニの婚約者なんだけど!」
「うわああああん!!」
ユーリに拘束具をほどいてもらったローズがイグニのもとにやってくる。
ローズの言葉を聞いてさらに泣き出すリリィ。
「ねえ、イグニ。この女誰? どうして私とイグニの関係を前に入ってこれるの??」
ローズの瞳から光が消える。
「ねえ、イグニ。ちゃんと説明して。前の時みたいに、邪魔は挟ませないから」
『Ooooooooooo!!!』
ローロントが拳を振りかざし、3人が居る場所に振り下ろす。
「『浄化』」
しかし、ローズが魔術を使うと『死霊術』で呼び起こされた巨人の身体が消えて行く。
「は!? 嘘でしょ??」
驚きながら、地面に落ちるクロをアリシアが確保した。
「イグニ。誰なの? 早く説明して。じゃないと、この勘違い女を殺しちゃうから」
「ローズ……!」
泣いているリリィを抱きしめながらイグニはローズを見つめる。
「イグニ。ちゃんと、答えて。答えないと、答えさせるから。フローリア、戦闘準備して」
「し、しかし……ローズ様……」
フローリアがローズにわずかな反抗の意志を見せる。
「ひっく……。ごめんなさい。イグニ。ごめんなさい。嫌わないでぇ……」
リリィは泣き続ける。
「……やっと、見つけた。です」
突如、背後から聞こえて来たのはくノ一の少女の声。
「聖女……ってのは、あの子で良いのかな?」
「はい。姉さん。合ってます」
「よーし! 頑張るぞぉ!!」
さらに知らない2人組も近くにいる。
元気そうな女の子と静かそうな女の子……。姉妹かな。
誰……??
「は……っ! あはははっ!! 私の勝ちだよっ!」
アリシアに確保されているままのクロがそう叫んだ。
「私の占いは絶対……っ! 今日、この場に“極点”級が全部が集まる! そういう『運命』!! だって、私がそう占ったから」
イグニは静かに『戦力分析』を行う。
「何があっても絶対にぶつかる! 私の占いは外れないから!」
クロが勝ち誇ったように笑う。
「ねえ、イグニ。早く、その女を離して」
混沌。という言葉はこのためにあるのだろう。
「ごめんなさい……。嫌いにならないで……」
泣いている女の子がいる。
自分のことを好きだと言ってくれた女の子がいる。
「……あれ? 『聖女』と、イグニ……どっちを、狙えば、良いです……?」
しかし、目の前には自分と幼いころに約束を交わした少女がいる。
初めて自分を好きだと言ってくれた女の子がいる。
「姉さま。どさくさに紛れて『聖女』を攫うんですよ。男の方じゃないですよ」
「分かってるって! お姉ちゃんに任せてっ!」
「本当に分かってます? あの今にも人殺しそうな方ですよ?」
その周りには、それを妨害する者たちがいる。
「ど、どうしよ。イグニ……っ」
側には、泣きそうな顔した少年もいる。
「ああ。まったく」
まったくもって……。
全くもって……師匠は、偉大だ。
「迷ったら、土台からぶち壊せ。か」
流石は“極点”というべきだ。
その無茶を達成できるだけの力と、経験を積んでいる。
しかし、自分に経験は足りない。
足りないが、
「力は、あるんだ」
モテの極意その1。――“強い男はモテる”。
ようやく、イグニは腹を括る。
モテるということは、誰かの想いに応えるということである。
モテるということは、誰かの想いを踏みにじるということである。
だが、そんな結末は土台から壊してしまえば良い。
「『装焔:彗星』」
イグニが直上に生み出したのは、直径500mはある巨大な『ファイアボール』。
「『落星』」
そして、堕とした。
「……デカすぎる、です」
「ちょっと!? 何あれ!!?」
「天災級の魔術……!? 姉さま! 防御魔術を!」
乱入者は、これで黙らせる。
「リリィ。聞いてくれ」
ルクスは言った。“修羅場”はどうしようもないと。
それは……そうなのだろう。
何年もモテ続けてきたルクスがそう言うのだ。
それは、正しいのだろう。
しかし、それではダメだ。
ダメなのだ。
そこで諦めているようでは、【火:F】と言われて、それを受け入れて落ち込んでいた時と何も変わらない。
最低値だから、自分には何もないと諦めていた時と何も変わらない。
だから俺は――――師匠を超える。
誰かの想いに応えられるのが男の器だというのなら。
全てに応えるというのが、モテる男じゃないのか。
イグニは、リリィだけに聞こえる様に小さくささやく。
「お前の想い、受け取った」
さあ、モテるぞ。