表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/100

第98話 チュートリアル

 新四騎臣の一人となったメリダ村のハンナは、かつてはククルカン山と呼ばれていた、メリダ村と湖を見下ろす山の山頂へと跳躍して行く。


 山頂には崩れた古い石柱と、焼け焦げた跡のある黒い岩舞台がある。


 ハンナは岩舞台の手前にヒラリと舞い降りた。ハンナの手には小さな宝珠が握られていた。

 それは色とりどりの石を素朴な紐で繋いだ、ささやかなネックレスに見えた。


「アントランテア、力を貸して」


 ハンナはネックレスを自分の首に掛け、岩舞台の上に立つ……

 従者の鎧の力で浮かんでいる為、岩の上を直接踏む事は出来ないが……確かにハンナは、岩舞台の上に登った。


 ハンナのネックレスが……微かに光った。


「邪なる竜よ。ククルカン神殿の血脈の最後の生き残り……メリダ村のハンナはここにいるわ!」


 ハンナは、自分が知らない言葉を口にしていた。


 山頂を撫で上げ、吹き降ろす風が、ハンナの髪を揺らす……背の低い草が微かに揺れる音だけが、辺りを包んでいる。


 ハンナは一度目を閉じ、開いて……今度は自分の言葉で話す。


「私を殺さないと気が済まないんでしょう? 貴方がそうしたいのなら、私はここに居るわ! 貴方は私の両親の仇! 村の仲間の仇!」



 時折斜面を吹き上げて来る乱れた風が、山頂で渦を巻き、微かな砂埃を巻き上げる……朝の光が照らす山頂で……少女の声はただ、風に吹き流される……



「力に驕る臆病者! 逃げ惑う、か弱い村人じゃないと殺せないの!? 自分に立ち向かって来る者が恐ろしいの!?」



 ハンナの叫び声が、山の頂に、眼下の湖に、彼方の山々に、響き渡る。



「そう……」



 ハンナは呟いた。



「……お父さん……ごめんなさい……お父さんから貰った命……ここで……使わせてもらうね。私、ちゃんと生きたよ。お父さんから貰った命でこんなに生きたんだよ」



 ハンナは……義父に見つからないよう、ごく小さな……裁縫に使う、糸を切る為の小さな刃物を、服の袖口に隠し持っていた。



「私はこの世界が好きなの……みんなの喜びも悲しみも……働いて、ご飯を食べて……おかしくて笑ったり、心細くて泣いたり、約束したり内緒にしたり嘘をついたり謝ったり……全部好き……この三か月間、お父さんと見たこの世界が、全部好き……」



 ハンナは微笑みを浮かべたまま、瞳を閉じ……その刃を、自分の喉元に当てる。



「この世界が無くなって欲しくないの。私が見た世界が、お父さんが見せてくれた世界が……全部好きなの! だから……私!」



―― ドゴォォォォォォォオオオ!!!!!



 ククルカン山山頂で。何かが炸裂した。



「ハンナっち――――!」


 山頂よりさらに上空数百メートルで待機していた四騎臣の一人、ビリーは、眼下で起きた爆発目掛け急降下を開始する。


「なんだ……あれ!!」


 山頂の岩舞台を中心に起きた爆発。爆発によって発生した砂塵。その中に浮かび上がった、禍々しく黒い、巨大な……魔法陣……


「ハンナっち! どこだああああ!」



 ククルカン山山頂に、広がって行く……醜悪な、魔法陣……

 その上空に実体化して行く……邪悪な影。

 古代の呪い。古の帝国に一度は封印された呪い、そして……現世に蘇ってしまった呪い……


 赤黒い鱗と翼、長い尾……

 それは今や、全長100mを超えようかという、竜の姿をしていた。

 その巨体はメリダ村を襲った竜の比ではない。

 だが間違いなく、三か月前に現れた竜だった。



 ハンナはかなり吹き飛ばされていたが、あの瞬間に従者の鎧の中に頭まで隠れていたので、何とか命はとりとめていた。

 しかし爆風に弾かれ、岩肌に何度も叩きつけられた衝撃までは無効化出来なかった……気絶する程の衝撃。それは三か月前の彼女であったら、従者の鎧の力を持ってしても耐えられなかっただろう。


「う……た……立たなきゃ……」


 周囲を確認しようと従者の鎧から顔を出した彼女が見た物は……大きく裂けた口を開いた、迫り来る巨大なドラゴンの頭部だった。



「ハンナぁぁぁぁ!!」


 ビリーはようやくハンナを見つけた。しかし巨大なドラゴンの頭部は、もうハンナの目前にまで迫っていた。



 ドラゴンの顎が……ハンナを捉えようとしたその瞬間……


 白い閃光が散った。ドラゴンの巨大な頭部が、ほんの一瞬……弾かれ、後退する……



「ぁぁぁぁああああ!!」


 次の刹那。迷わず突進した超高速の四騎臣、獣人のビリーが、ドラゴンのまさに鼻先を掠めて飛び、ハンナを……死地から攫い出していた。


「ビリー……ちゃん!」


 ハンナの胸元で、光を失った宝珠の紐が切れた。色を失った石はこぼれ落ち、宙に消えて行く。



 竜は……目の前から消えたハンナを追い……上空へと首を向ける。


「こっちだぁぁぁぁああああ!!!!」


 次の瞬間、大きく跳躍し、自分の体の数倍もあるドラゴンの頭部へと突進したのは、勇者ガードナーだった。


 竜は。飛び込んで来るガードナーに向かい、大きく口を開いた……


「勇者の……《大盾》!!」


 守護者の四騎臣、ガードナーが叫ぶと、その瞬間その体の前方に、白く光り輝く巨大な盾が現れる。この直径10mの大盾を作り出す、勇者だけの魔法。


 十分な質量を持ったその《大盾》が、竜の鼻先へと叩きつけられる。

 その刹那、竜は数百数千の爆雷を吐き出した。激しい炎は《大盾》へと叩きつけられたが《大盾》はその炎を通す事も、揺らぐ事も無かった。

 元々は物理攻撃を防ぐだけな上、大き過ぎて使い勝手の悪い盾だったのだが、ロブロトロスの角と従者の鎧を手に入れた今では、最強の盾となったと言っていい。


「今だァァァァアアアア!!」



 全長10mの漆黒の刃が、虚空から突然現れた。

 ここまで気配を消し忍び寄っていたのは、四騎臣の最後の一人。『異界の』ブレイドだった。



「うおらァァァァアアアア!!」



 《ブレイド》も《大盾》も、振り回す事で重力を支配し、加速する事が出来る魔法だった。さらに従者の鎧の力も合わせ、ガードナーとブレイドは、瞬間的にならビリーよりさらに速く飛ぶ事も出来るようになっていた。



 その《ブレイド》が。ガードナーを狙い盾に阻まれ、瞬間的に無防備になった、巨大な竜の首めがけ……振り下ろされた!



―― ギャァァァアアアアアアアアアアアア!!!!



 巨竜の咆哮が、衝撃波となり周囲を襲う。《大盾》のガードナーは揺るがなかったが、ブレイドは衝撃に圧され、数歩の後退を余儀なくされた。



「やったか!?」

「……まだだ!」



 状況的には千載一遇の好機だった……しかし……巨竜の背中側の鱗は非情な程に硬く……《ブレイド》をもってしても、致命傷を与える事は出来なかった。

 竜の大きさがせめてこの半分の時であれば、今ので終わりだっただろう……ブレイドは、そう思った。


「俺の後ろから出るなブレイド!」

「……頼む!!」


 二人はそれぞれ《大盾》と《ブレイド》の能力で、ほぼ同時に飛翔する。


「上空に行かせるな! 手に負えなくなるぞ!」


 ガードナーは巨竜を上から抑えつける作戦に出る。しかしそれは同時に、装甲の厚い背中から攻撃しなければならない事を意味する。


「翼を狙え!!」


「ああ!!」


 ガードナーは盾を振り上げ、反動をつけて竜の首めがけ空中を突進する。



―― グゥォォォォオオオオオ!!



 巨竜が羽ばたいた。凄まじい砂塵が巻き起こる。



「押せんのか……!?」

「やるぞ!!」


 ガードナーは竜の首筋へと盾を叩きつける。

 ブレイドの剣は巨竜の左翼を深く切り裂く。


「ぐわっ!?」「ぐっ……!!」


 しかし次の瞬間、二人は巨竜に軽々と弾き飛ばされた。巨竜はガードナーとブレイドには目もくれず……上空を見上げ、一気に飛び立った。



「ビリー!! ハンナを逃がせ!!」


 ガードナーが叫ぶ。


「くそおおおおおお!」


 ブレイドは最大限の反動を振って上空へと跳躍する。


「早く!!」


 少し遅れて、ガードナーも後を追う。



「やばい!こっち来る!」


 ビリーはハンナと共に上空に居た。ビリーが背後から抱えているので、ハンナが下降する事はない……しかし、巨竜は、旋回しながら上昇して来る!


「逃げるぞ!」


 ビリーはそのままハンナを抱えて逃げようとした。しかし。


「あっ……」


 ハンナはビリーの手から逃れ、急降下して行った。


「ハンナっち!!」


 従者の鎧には下が見えにくいという欠点があった。また咄嗟の事でもあり、ビリーはハンナの位置を見失ってしまった。



 急上昇しようとしていた巨竜。

 ビリーから離れ急降下を始めたハンナ。

 ブレイドにはその動きが全て見えた。


「ハンナ……!」


 ハンナに食らいつこうと、巨竜は向きを変え、待ち構える。


 その巨体の胸部が……上昇するブレイドから丸見えになった……



 ブレイドが、光と化した。

 あの日、己が拳に纏わせた赤い光を、六尺棒に、従者の鎧に、全身に纏わせた。



「私は……メリダ村のハンナはここよ!!!!」


 ハンナは声を限りに叫んだ。

 邪な竜は、巨大な口を開き、ハンナを一呑みにする勢いで迫る。



「うあああああああああああああああ!!!!」



 紅の閃光を放つ、巨大な剣と化したブレイドが……巨竜の心臓部を深々と貫いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



宜しければ是非連載中の作品もご覧下さい

伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートには血も涙も汗もない
19世紀末欧州風の世界を舞台にしたお嬢様ドタバタ劇です

マリー・パスファインダーの冒険と航海(シリーズ作品)
17世紀前半くらいの近世世界を舞台とした航海冒険小説です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ
OSZAR »