第94話
俺は宿のおやじとして最後まで起きて仕事をした。それから洗い物を片付けて全部布巾で拭って棚に戻した。
それから明日の朝飯用に……パンと少しの惣菜を用意してダイニングに置き、布をかけておいた。
またここに戻って来れるだろうか……戻れたらいいな。この仕事は好きだ。ハンナと一緒に続けていけたらいいな。
折角だし温泉に入ろう。ビリーも小屋に帰ったよな。あとは皆五人の山賊亭で寝てるはず。
やはり天幕だけの仕切りというのは頼りないな……小屋も作らないと……脱衣場も欲しいし……
「お父さん!」
「ヒャッ!?」
変な声が出た。天幕の影から体に浴布を巻いたハンナが現れたのだ。
「御仕事終わった? 私も入る!」
「ハ、ハンナ、だめだぞその、こういうのはだな」
「私達親子でしょ! いいのいいの」
誓いなんかすっ飛ばして拒絶しようとした俺になどまるで構わず、ハンナはいそいそと浴槽に入って来て、俺の隣に座った。
「さっき入ったんじゃなかったのか……」
「お父さんと入りたかったんだもん」
「あの……俺達は人前では親子で通しているけど、本当はその……」
「親子だよ」
ハンナは俺の前に回りこんで来た。
俺は星空に視線と精神を集中した。
「だって私は今、ブレイド……お父さんがくれた命で生きてるんだよ」
「……ハンナ」
「この三ヶ月間の私、本当は居なかったんだよ。でも! 今は居るの! お父さんがこの人生をくれたから!」
ハンナは俺の隣に戻り、座った。
「だからこの命はね、ぜったい粗末にしちゃいけないの」
「勿論だ……別に俺なんかの為じゃなく。ハンナはハンナの今を生きるべきだ」
俺は一旦言葉を切った。
「なあ、ハンナ……皆もそう願ってるんだぞ……だからな」
「うん! だからね、私、生きる! 思い通りに生きるの私!」
ハンナは明るくそう言うと……俺に……抱きついて、嗚咽し始めた。
そ、それは駄目だぞハンナ……
「私は私が、生きたいように生きるの! だから……見ていて! お父さんも……ガードナーさんも……ゼノンさんも……私が生きたいように生きるのを見て! 御願い、お父さん! 私にやらせて! 私があのドラゴンをおびき出すの!!」
俺は、慎重に……ハンナの両肩を掴み……そっと……引き離す。
「そして俺は、もう一度運命を捻じ曲げ、抉じ開ける。あんな奴の……ドラゴンなんかの為に、これ以上誰も泣かせるもんか。お父さん、今度こそ必ずあいつをぶっ倒すからな。だからハンナも絶対に生き残ってくれ。そして今度こそ、平和な世界で一緒に暮らそう」