第92話
夕方。
「きゃああああああ! お父さん! 何か出来てる! すごいよ!」
「すげええええええ! 一日で出来たのかこんなの!」
村の上手の塀の外に2m四方くらいの石組みの池が出来ていた。その中に溜まっているのは水ではない。湯気を立てるお湯だった。
「いや、本当にここまで溝と樋でただお湯を引いただけだぞ? 溝なんかただ掘って板を被せただけに近いし、放置したらすぐ駄目になるからな? ちゃんとお前らで時間をかけて整備しろよ。そこまでは面倒見切れないからな、俺らも」
ガードナーはそうは言うが、本当に凄い。一日でここまで……森の上手には調整池もあって、そこからも湯気が上がっている。
浴槽は……まあ、今のメリダ村にはこれでも大き過ぎるくらいか。さすがに小屋までは建てられなかったので今は天幕で簡単に覆ってあるだけだ。
「あの調整池の周りで、冬でも青菜を作れないかな? お父さん!」
「村の中にも温泉池を引きたいな! 冬にお湯で洗濯や洗い物が出来る村……絶対皆住みたがるよな! 今度こそ住民が増えるぞ! 絶対!」
ソニアさん、マリオンさん、ガードナー……本当にありがとう。嘘つきの俺にここまでしてくれるなんて。メリダ村の為でもハンナの為でも俺の為でも何でもいい。本当に感謝しか無い。
さあ、この感謝の気持ちを今日こそ形にするぞ。
「……それ、聞かなきゃダメか?」
「失礼よガードナー」
夜。五人の山賊亭に皆が集まった。俺、ハンナ、ビリー、ガードナーにソリアさんにマリオンさん、ゼノン婆、アズサも。
俺やハンナが暇があれば練習していたサンポーニャやコカリナを、ガードナーはさんざん聞いていたとは思うので……今さらと言われるのは仕方無いかもしれない。
だけどビリーのチャランゴと合わせて聞くのは初めてのはず。一人上手い奴が入るだけで全然違うんだぞ。最近はハンナもかなり上手くなったし。
ただ……一人下手な奴が居るだけでも全然違う気はする……勿論俺の事だが……
「みんな揃ったな! 第一回! メリダ村音楽の夕べだぞ! 俺っちはリーダーのビリーだ! この小さいのがハンナ! でかいのはベイト!」
「知ってるぞ」「静かにガードナー」
「キィッ。キィキイ!」
アズサが何か言ってる。何で自分を入れない?そう言ってる気がする。
「一曲目は『ヒヨドリは飛んでいく』だ! 聞いてくれ!」
ビリーは上機嫌でチャランゴを構え、濡れたような、心を直接震わせるような、切ない音を奏でだす。
どうだガードナー、上手いだろ! ここまでは。
さあ、俺とハンナが入る番だ……三、二、一……
俺はサンポーニャに、慎重に、丁寧に、大胆に……息を吹き込んだ。
三人で一つの音を作るんだ。