第68話 反逆の魔術師
「ブルーライト! エクスキューション!」
マリオンが詠唱を終えると、彼女の周りに青く小さな数百の光の球が漂い始める。
次の瞬間、光の球はそれぞれが意志を持っているかのように、周囲を埋め尽くし迫りくる泥人形達に襲いかかる。
「グ、オ、オ、オ……」
泥人形に着弾した青い光は炸裂し、その泥の体を吹き飛ばす。泥人形達は鈍い呻き声を上げて元の泥へと帰って行く。
「ええい! くそうぜえ!」
ガードナーが吠える。彼の周りには泥の山がいくつも築かれていた。
別に砂遊びをしている訳ではない。押し寄せる泥人形を片っ端から倒しているとそうなるのだ。
「きりがないわよ、こんなの」
ソニアはただ、シールド魔法で泥人形達を止めていた。大きな魔法のシールド一面に後から後から殺到する泥人形達が付着して行く。
「どうなってんだ! お前の師匠は!」
「あはは……もう言わないで~」
いらだつガードナーに、ソニアは力の抜けるような笑い声で答えた。
「昔から、ちょっとお金に汚い人だなーとか、名誉欲強過ぎじゃないかなーとか、思ってたけどね……」
戦士はもう一人居た。
「ふんがああああああ!!」
雄叫びを上げ巨大な金棒を振り回しているのは近衛隊長バッケンローダだった。
本来は王の元を離れてはいけない彼がここに居るのには訳がある。
「面目ない! 誠に面目ない!」
バッケンローダは旅の間じゅう泣いてばかりいた。今も泣きながら戦っている。
「私が! 私がしっかりしていないから、このような事になったのだ! 面目ない!」
泣きながら金棒を振り回し、次々と泥人形を粉砕して行くバッケンローダ。
「私があの日! ブレイド殿と打ち解ける事が出来ていたら! 私があの日! 『ブレイド』を即座にお返ししていたら! 私があの日……『ブレイド』をきちんと管理していたら……ゼルクール殿の心に魔が差す事も無かったのだ! 全て私が悪いのだ!!」
ガードナーは冷や汗を流していた。戦いがしんどいからではない。この臨時の仲間を連れて歩くのがしんどいのだ。出来れば置いて来たかった。
しかし連れて行ってくれないならせめて自害させてくれとバッケンローダは泣き通すし、他の騎士団長はこんな奴に王宮に居られても困ると冷たくあしらうし、王は今回の事に関心がなく南の国へバカンスに行ってしまうし……
ガードナーはこれまで、ベイトこそブレイドだと信じていた。
彼が自分がブレイドだと明かしてくれないのは何故だか解らないが、今自分に出来る事は彼の友人になる事だ。ガードナーはそう考え、行動して来た。
しかし自分はミスを犯した。都に行くという彼にうっかり者の密偵をつけてしまったのだ。
そのボケナスは自分が密偵だという事を忘れベイトと一緒に行動していた。自分がガードナーから依頼を受けた密偵である事も明かしてしまっていたようだ。これではベイトの信頼を得るどころではないだろう。
その上そのアンポンタンは何故か都で逮捕された。そこまではまあいい。
その時、ブレイドを名乗る者が王城に現れた。
彼はガードナーとの面会を求め、ガードナーが居ないと解ると従者の返還を要求したと。その従者というのが何故かあのトンチンカンだというのだ。
ブレイドは事もあろうに、そのチンチクリンの身柄と引き換えに、これが『ブレイド』だという超兵器を置いて立ち去ったという……
勿論そのブレイドがベイトだったら、一応辻褄は合いそうなのだが……
その男は黒い鎧と重厚な大剣を装備した立派な騎士で、美少年を愛玩する趣味があるという、ベイトの特徴とは一つも当てはまらない男だった。
ガードナーは流れ作業のように泥人形を斬り続けながら考えていた。
その『ブレイド』という超兵器を、ガードナーの手に渡る直前に、何かに目が眩んだ王室顧問魔術師ゼルクールが持って逃げた。
ベイトがブレイドか、ブレイドが他に居るのか、今は解らない。解らないが……『ブレイド』を取り返さない限り自分にはブレイドに合わせる顔が無い事は間違いない。
ブレイドはあのポンコツのせいで『ブレイド』を手放したのだし、そのスットコドッコイを放ってしまったのは自分なのだ。
「申し訳ありませぬ! 申し訳ありませぬ!」
この暑苦しい筋肉ダルマを連れて歩く事を、今回の自分への罰として。ガードナーは今日もゼルクールの魔法の手先と戦っていた。