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五大国と神託の十三騎士【四】


『闇』と『影』――互いに『黒』を(まと)った俺とドドリエルの視線が交錯する。


「――行くぞ、ドドリエル!」


「あはぁ、おいでよ……アレェン!」


 俺は闇を纏わせた疑似的な黒剣を握り締め、一足で間合いをゼロにした。


「八の太刀――八咫烏ッ!」


 急所を正確に狙った八つの斬撃。


 だが、


「甘いよぉっ! 時雨流――霧雨(きりさめ)ッ!」


 奴はこちらの動きに反応し、逆位相の斬撃を放った。


 八咫烏と霧雨は互いに打ち消し合い、消滅した。


(そんな……っ!? 今のは闇を纏った斬撃だぞ!?)


 筋力・剣速・反応速度――そのどれもが段違いになっていた。


「おぃおぃ……なぁにを驚いてんだよぉっ!」


 こちらの動揺を見抜いたドドリエルは、無駄のない動きで強烈な横蹴りを放つ。


 俺は咄嗟の判断で剣を縦に構え、その一撃をしっかりと防いだ。


 しかし、


「~~っ」


 完璧に防御したにもかかわらず、鈍器で殴られたような衝撃が両の手のひらを走った。


(こいつ……っ。単純な筋力だけなら、シドーさん以上だぞ……っ)


 俺は後ろへ蹴飛ばされながらもしっかり顔を上げ、ドドリエルを視界に捉え続けた。


「ほぉら、まだまだ行くよぉ……っ!」


「くっ、来い……っ!」


 その後、ドドリエルが攻めて俺が受ける――そんな苦しい展開が続いた。


「――そらそらそらぁあああああああああっ!」


 嵐のような斬撃が、間髪を容れずに繰り出される。


「……っ」


 俺は両目をしっかりと見開き、全神経を集中させて(さば)く。


(くそ……っ。なんとか致命傷こそ避けてはいるが、このままじゃジリ貧だぞ……っ)


 一合(いちごう)二合(にごう)と剣戟を重ねるに連れて、俺の体には一つまた一つと傷が増えていった。


(く……っ)


 そうして俺が歯を食いしばった次の瞬間。


「……がふっ」


 突然、ドドリエルが血を吐き出した。

 奴は大きく後ろへ跳び下がり、服の袖で口元をぬぐう。


「あ、あはぁ……っ。そろそ、ろ……、限界みたいだねぇ……っ」


 見れば――奴の筋肉は裂け、そこから赤黒い血が(にじ)み出していた。


『影』は自律して動き、流血した箇所を繋ぎ合わせていくが……。

 既にドドリエルの体が限界を越えているのだろう。

 体の崩壊速度に、回復が追い付いていなかった。


 影で体を縛り、超人的な動きを可能にするこの技は、凄まじい負荷を体に強いるようだ。


(……勝負ありだな)


 俺はまだ十分な『闇』を残している。

 このまま戦い続ければ、ドドリエルは自滅していくだろう。


(……まずはリアとローズを安全な場所に運んで、それから会長たちの援護に行こう)


 俺がそんなことを考えていると、


「――さぁ、それじゃ少し名残惜しいけど、フィナーレと行こうかぁっ!」


 ドドリエルは両手を挙げてそう叫んだ。


 すると次の瞬間――奴の背後に巨大な『影の塊』が浮かび上がった。


 表面が不規則に波打つそれは、虫の(まゆ)のようにも黒水(くろみず)の塊のようにも見えた。


(……なんだ、アレは?)


 正眼の構えを堅持しながら、突如出現した謎の塊へ意識を向けていると、


「――あはぁ、よそ見は駄目だよぉっ!」


 目と鼻の先にドドリエルの姿があった。


「く……っ!」


 大上段からの強烈な一撃を、なんとか防いだそのとき。


「――暗黒の影(ダーク・シャドウ)ッ!」


 俺の背後から、突き刺すような殺気が放たれた。


(これは、マズい……っ)


 振り向かなくともわかった。


 俺の真後ろに――影の塊があることが。


「――ハァ゛ッ!」 


 俺は咄嗟の判断で、背後に『闇の壁』を展開した。


 すると影の塊から放たれた十の触手は、わずか数ミリ手前でピタリと止まった。

 さすがにこの闇を突破するほどの威力はないようだ。


(しかし……ギリギリ、だな)


 後ほんの一瞬でも判断が遅ければ、穴だらけになっていただろう。


 俺は真横へ大きく跳び、ドドリエルと影の塊から距離を取った。


「あっはははっ! 今のを防ぐなんて、さすがはアレンだよぉ! あの弱っちぃ女剣士たちは、一瞬でやれたんだけどねぇ……っ!」


 そう言ってドドリエルは、リアとローズを嘲笑(あざわら)った。


(……なるほど、二人はこの技にやられたのか)


 確かに今の挟み撃ちは、完全な『初見殺し』だ。

 俺だってこの闇がなければ、危なかっただろう。


(しかし、厄介な能力だな……っ)


 どうやらこの塊――暗黒の影は『遠隔斬撃』と同じ要領で、別の場所に飛ばせる(・・・・)ようだ。


「あはぁ……っ。君のその青い顔、とっても愛しいなぁ……っ! ぐちゃぐちゃに引き裂いて、めちゃくちゃにしたくなるよぉおおおおおおっ!」


 奴は理解不能な妄言を叫び、


「――さぁ、僕と踊ろうよ……アレェエエエエンッ!」


 こちらに向かって駆け出した。


 そしてその後の戦いは、さらに防戦一方を強いられることになった。


「――ほらほらほらぁっ! 逃げ回っているだけじゃ、勝てないよぉおおおおおおっ!?」


「く……っ」


 ドドリエルは接近戦を仕掛けながら、十の触手を巧みに操り――確実にダメージを与えてくる。


(くそっ、なんて奴だ……っ)


 こちらの剣が一本に対し、奴は手に持つ剣と十の触手――『十一の刃』を振るう。

 一と十一――数の上では、圧倒的に不利だ。


(……やるか(・・・)?)


 ありったけの闇をこの身に纏えば、奴の『暗黒の影』は無力化できるだろう。

 そうなれば『手数の不利』は無くなり、互角の勝負を演じられる。


 後は、ドドリエルの体が勝手に崩壊していくだろう。


(だが、その後どうする……っ)


 霊力を著しく消費した状態で、意識を失ったリアとローズを守り切れるだろうか?

 今も最前線で戦う会長たちの助けになれるだろうか?


 俺がそんなことを考えていると、


「ねぇ、アレン……。君、何か勘違いしていないかぃ……?」


「……勘違い?」


「うん……。剣士の勝負は真剣勝負(ころしあい)――相手の心臓を止めること以外、何も考え無くていいんだよぉ……っ!?」


 そう言って奴は、再び怒涛の攻撃を開始した。


「ぐ……っ」


 触手の一つが俺の肩に触れ、鮮血が宙を舞う。

 だが、それと同時に自身の影に引き裂かれたドドリエルの皮膚からも鮮血がこぼれた。


「なぁ、おぃ……っ! もっと、もっと僕だけに集中してくれよぉおおおおっ!?」


 奴は今にも泣きそうな表情で、何度も何度も剣を打ち付けた。


 俺はその連撃を捌きながら、思考を巡らせた。


(……確かに、俺は『先』のことを考えていた)


 ドドリエルとの真剣勝負の最中だというのに、その先を考えてしまっていた。


 真剣勝負に臨む剣士に対して、失礼なことだ。


(こいつは文字通り、命懸けでこの舞台に立っている……)


 それならば俺も剣士として――全てを懸けてこの戦いに臨むべきだ。


「悪かったな、ドドリエル。剣士の勝負は真剣勝負――お前の言う通りだよ」


 俺は短くそう詫びて、


「もう後のことは何も考えない。今この瞬間のために……全てを出し切る……っ!」


 ありったけの闇を解き放った。

 闇はこの一帯を黒く染め上げ、漆黒の舞台を作り上げた。


 それはかつてイドラさんと戦った時よりも濃く、深淵を思わせるほどの深みがあった。


「凄い、凄いよ、アレン……っ! あはぁ……、君はいつだって僕の予想を遥かに越えてくれる……っ! あのとき(・・・・)だってそうさ! 僕はそんな君が、大好きなんだよ……っ!」


 奴は恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべ、満足気に叫んだ。


 そして、


「――はぁあああああああああっ!」


「――うぉおおおおおおおおおっ!」


 俺たちは、まるで示し合わせたかのように同時に走り出した。


「桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」


「時雨流奥義――叢雨ッ!」


 斬撃同士が激しく火花を散らし、消滅した。


 それと同時に俺たちは、袈裟切りを放ち――剣と剣がぶつかり合う硬質な音が響いた。

 鍔迫(つばぜ)り合いの状態で、俺たちは睨み合う。


「やっぱりお前は、強いな……っ。ドドリエル……!」


「当然だろぉ……っ。落第剣士が、図に乗るなぁ……!」


 全体重、全筋力を動員した鍔迫り合いは――。


「……ハァ゛ッ!」


「く、そが……っ」


 闇を纏った俺が制した。


 そしてドドリエルを吹き飛ばした先には、仕込み(・・・)がある。


「二の太刀――朧月ッ!」


「なん、だと……っ!?」


 戦いの最中、空間に仕込んでおいた斬撃が奴の太ももを深く(えぐ)る。


「……畜、生っ」


 その場にしゃがみ込んだ奴へ、さらなる一撃を叩き込む。


「八の太刀――八咫烏ッ!」


「舐めるなぁっ! ――暗黒の影ッ!」


 絶妙なタイミングで、カウンターの一撃が放たれた。


 しかし、


「――ハァッ!」


 俺は全身から漆黒の闇を放ち、暗黒の影を飲み込んだ。


「馬鹿、な……っ!?」


 動揺を見せた奴の全身に、八つの斬撃が降り注ぐ。


「ぐ、が……っ!?」


 大きなダメージを負ったドドリエルは跳び下がり、影を使って傷を繋ぎ合わせた。


 そうして俺たちの死闘は、永遠に思えるほど続いた。


 そして今、


「はぁはぁ……っ」


「あ、あは、あはは……っ。やっぱり、強いなぁ……アレンは……っ」


 もう間もなく、互いの霊力が尽きようとしていた。


(単純な斬り合いでは、圧倒的に俺が勝っている……っ)


 だが――倒れない。


 何度その身を斬ろうとも、ドドリエルは決して倒れないのだ。


 きっと精神が肉体を凌駕しているのだろう。


「はぁはぁ……っ。そろそろ、決着をつけようか……っ!」


「あ、はぁ……っ。名残惜しいけど、そうせざるを得ないみたいだねぇ……っ」


 俺の体を纏う闇は弱々しくなっており、奴の体を走る影も薄くなっていた。


 お互いにもう限界だ。


 きっと次が最後の一撃になるだろう。

 覚悟を決めた俺は、剣を鞘に(・・)収めた(・・)


「――行くぞ、ドドリエル!」


「あぁ、おいでよ……アレェン!」


 そう短く言葉を交わした直後、俺は徒手(としゅ)のまま駆け出した。


(……今の脆弱(ぜいじゃく)な闇では、奴の暗黒の影を防ぐことはできない)


 手数では勝てない。

 ならば――手数が意味を為さない、最高最速の一撃を放つ!


「死ねぇえええええっ! 時雨流奥義――叢雨ッ! 暗黒の影ッ!」


 殺気と怨念の籠った鋭い突きと二十の触手が、凄まじい速さで放たれた。


 それをしっかりと見定めた俺は、最高最速の一刀を振り抜く。


「七の太刀――瞬閃(しゅんせん)ッ!」


 音を置き去りにした神速の居合斬りは、


「か、は……っ」


 暗黒の影ごと、ドドリエルを切り裂いた。


 振り返れば、ちょうど奴がゆっくりとその場に倒れ込むところだった。


 この一戦は俺の勝ちだ。


「ふぅ……っ。ギリギリ、だったな……」


 そうして俺が一息をついた次の瞬間。


「なっ!?」


 耳をつんざくような破砕音が、千刃学院中に響き渡った。


「な、なんだ今の音は……っ!?」


 方角は校庭――会長たちが戦っている場所だ。


(……嫌な予感がする)


 だけど今は、リアとローズを安全な場所へ移動させるのが先だ。


 こうしてドドリエルとの死闘を制した俺は、意識を失った二人を両手で抱え込み、職員室へ向かったのだった。

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