極秘事項と千刃祭【三】
レイア先生から一億年ボタンの話を聞いた翌日。
午後の授業を終えた俺たちは、一年A組の教室で帰りのホームルームを受けていた。
「――諸君、今日も厳しい授業をよく頑張ってくれたな! 見たところ、少し疲労が溜まってきているようだが……。そこは気合と若さで乗り切ってくれ!」
レイア先生はお得意の根性論を掲げ、黒板をバシンと叩いた。
いまだ週刊少年ヤイバを愛読する先生らしい激励方法だ。
(そう言えば……最近、みんな疲れているよな……)
授業内容は今まで通りだが、クラスメイトの顔には疲労の色がありありと浮かんでいた。
もちろん、リアとローズも例外ではない。
この前それとなくテッサに理由を聞いたところ――なんでも魂装の授業が特にきつくなったらしい。
これまでは霊核と対話し、力を分けてもらえるよう交渉するだけだったのが……。
最近になって一定以上の力を求めると、霊核が激しい抵抗を見せるようだ。
だから魂装の授業があるたびに、魂の世界で霊核と戦わなければならず――その結果、精神的な疲労が大きいのだとか。
(まぁ、俺はその点『ラッキー』なのか……?)
そもそもアイツは、最初からほんのわずかな力さえ貸してくれない。
(『対話に交渉』――そんな姿勢を見せた日には、渾身の右ストレートが飛び、気付けば現実世界だ)
初日からずっと殺し合いをしてきた俺は、みんなが疲れ切っている中でも一人元気いっぱいだった。
そういう精神的疲労には、もう慣れているのだ。
(みんなもこうして頑張っているんだから……。俺ももっと限界ギリギリまで、自分を追い込まないとな……!)
ここ最近、修業に対するモチベーションはメキメキと上がっていた。
というのも――魂の世界でアイツと戦っていられる時間が大幅に伸びたのだ。
『闇』を習得した今、アイツの攻撃をしっかりと防御することができるようになった。
これはとてつもなく大きな成長だ。
(この闇は、本当に便利な力だ……)
漆黒の闇は、まさに攻防一体。
その身に纏えば、身を守る強固な鎧となり。
剣に集中させれば、恐るべき切れ味を誇る疑似的な黒剣となり。
傷口に集中させれば、大概の傷はあっという間に治療してしまう。
(あぁ……。俺の魂装は、いったいどんな力なんだろうか……っ)
まだまだ遥か先にある未知の力――魂装。
そこへ想いを馳せるだけで胸が高鳴り、自然と笑みがこぼれた。
(ふふっ、また明日の授業が楽しみだな……っ)
俺がそんなことを考えていると、
「さて、いつもならここで解散するところなんだが……。今日は一つ大きな連絡事項がある!」
先生はそう言って、ゴホンと咳払いをした。
「今年もついに『千刃祭』の時期がきた! 既に部活動の先輩から聞いている者も多いと思うが、一応私からも簡単に説明しておこう!」
そうして彼女は、千刃祭についてざっくりと語った。
「千刃祭は一年に一度、ここ千刃学院で開かれる学園祭だ! うちは『五学院』の一つということもあり、その活況ぶりは目を見張るものがあるぞ! 例年、学院外から多くの一般客が参加し――その中には、将来千刃学院の門を叩く若き剣士も含まれる! 君たちには千刃学院の生徒という自覚と誇りを持って――全力で楽しんでほしい!」
今の話は、概ね会長たちから聞いていたものだ。
「千刃祭までは、後わずか二週間。君たちにはこれから、一年A組で実施する出し物を決めてもらう。――さぁ、いいアイデアを思い付いた者は遠慮なく手を挙げてくれ! どんな出し物でも構わないぞ、どんとこいだ!」
その後、みんなが思い思いのアイデアを出し合い――最終的に五つの候補にまで絞られた。
コスプレ喫茶店。
クラスで映画製作。
ミニゲーム大会。
お手製ラムザック店。
青空素振り会。
どれも魅力的で甲乙つけがたいものばかりだ。
特に青空素振り会――アレは魅力に過ぎる。
「ふむ、一つだけ妙なものが混ざっているが……。まぁ、いいだろう」
レイア先生はそう言うと、全員に投票用紙を配り、教卓の上に投票箱を設置した。
「――それでは投票先を決めた者から、この箱へ投票してくれ!」
その後、一人また一人と票を投じていった。
「……よし、これで全員の投票は終わったな。それではこれより、開票へ移ろうか!」
先生はそう言うと、間を置かずにすぐさま投票箱を開けて集計を始めた。
その結果――。
コスプレ喫茶店、十六票。
クラスで映画作り、六票。
ミニゲーム大会、四票。
お手製ラムザック店、三票。
青空素振り会、一票。
一年A組の出し物は、過半数の支持を得たコスプレ喫茶店に決定した。
「なん、だと……っ!?」
みんなの多数決で決まったのだ、この結果には何の文句もない。
ただし、一つだけ悔しかったことがある……。
それは――俺の提案した『青空素振り会』に、わずか一票しか入っていなかったことだ。
言うまでもなく、この一票は俺が投じたもの。
つまりこれは、実質『ゼロ票』を意味する。
(学院外の剣士も交えての素振り……絶対楽しいと思うんだけどな……)
どうやら俺の拙い説明では、青空素振り会の楽しさをみんなに伝え切れなかったようだ。
(……また、来年出直しだな)
別に千刃祭は、今年一回切りというわけではない。
また来年もう一度――進化した青空素振り会でチャレンジすればいいだけのことだ。
そうして俺が密かにリベンジへ燃えていると、
「――それでは諸君、早速準備開始だっ!」
「「「おーっ!」」」
先生がそう言って、コスプレ喫茶店の開店準備が始まった。
■
それから先の二週間は、放課後を利用してクラス全員で準備に取り掛かった。
まずはコスプレ衣装の決定からだ。
コスプレが趣味の女生徒がカタログを持ち込み、女子たちはそれに群がって楽しそうにはしゃいでいた。
「ねぇねぇ! 私、リアさんにはこういうのが似合うと思うんだけど!」
「さ、さすがにそれは……スカートの丈が短すぎないかしら……?」
「大丈夫、大丈夫ーっ! 中にスパッツを穿けば問題無し!」
「す、スパッツでも見られるのは嫌よ!?」
リアの周囲では、男子禁制の桃色の話が展開されており、その一方で、
「どうかな、ローズさん? この中で着てみたい衣装とかある?」
「ふむ……これなんか気になっているのだが?」
「こ、これ……っ!? ろ、ローズさんて、意外と大胆なんだね……っ」
「そうか? 別に普通だと思うが?」
ローズは淡々と自分の好みの衣装を選んでいた。
(だ、大丈夫かな、ローズ……)
彼女の露出の多い私服を知っているだけに、いったいどんな衣装を選んだのか、少し心配だった。
そうして女子が衣装決めで盛り上がっている間、男子はカラフルな折り紙で装飾用の輪っかをひたすら量産していた。
最初は『誰それのコスプレが楽しみだなっ!』などと、男子特有の話で盛り上がっていたのだが……。
ハサミで切って、折り紙を丸めて――のり付け。
ハサミで切って、折り紙を丸めて――のり付け。
ハサミで切って、折り紙を丸めて――のり付け。
ただひたすら同じ作業を繰り返すうちに、口数はどんどん減っていき――三時間が経過した頃には、機械のように黙々と同じ動きを繰り返していた。
すると、
「ねぇねぇ、アレンくん! ちょっと、こっちに来てくれない?」
楽しそうな女子の集団から、お呼びの声がかかった。
「えーっと……どうしたんだ?」
重たい腰を上げた俺がそちらへ向かうと、
「んー、アレンくんには何を着てもらおうかなー……?」
「お、俺も着るのか……?」
「もっちろんだよ! アレンくんにはかっこいい衣装を着て、女性客を掴んでもらわないとね!」
そう言って彼女たちは、上機嫌に様々な衣装を提案してきた。
(……正直、全く需要が無いと思うけど)
せっかく彼女たちが、乗り気で衣装を選んでくれているんだ。
わざわざそこへ水を差す必要も無いだろう。
そうしてコスプレの衣装が決まったところで、次はメニュー決めだ。
喫茶店というからには、当然飲み物と簡単な軽食が必要だ。
「まずはコーヒーにカフェラテ、カフェオレにカプチーノと……後はマキアートも欲しいわね!」
「おいおい、炭酸系も忘れるんじゃねぇぞ」
「あっ、そうだね! それで軽食はどうする?」
「トーストにミートスパ、オムライスにハヤシライス――最低でもこのあたりは欲しいな……」
「いいね! それじゃデザートは、パンケーキとコーヒーゼリーとかにしよっか!」
「おぉ、なんかそれっぽいな!」
男子と女子が楽し気にそれぞれの意見を出し合っていると、
「――な、なんだと!? もういっぺん言ってみろ!」
「だーかーらー……。喫茶店に『そのメニュー』は無理だって!」
テッサとクラスの女子が、何やら言い争いを始めていた。
(……いったい、どうしたんだろうか?)
俺が少し耳を傾けると、二人の会話が聞こえてきた。
「白飯、ひじき、煮干し、菜っ葉に沢庵ッ! 斬鉄流の精進料理は、喫茶店にこそ必要だろうが!?」
「必要なわけないでしょ!? ここはコスプレ喫茶店なのよ!?」
「く……っ。このわからず屋め……っ! ――なぁ、おいアレン! お前はどう思う!?」
するとテッサは、突然こちらへ話を振ってきた。
「い、いやぁ……。さすがに今回は、テッサが悪いと思うぞ……」
コスプレ喫茶店にその精進料理は……ミスマッチと言わざるを得ない。
俺がそう言うと、
「ぬ、ぐぐぐ……っ。アレンがそう言うなら、仕方あるまし……っ」
テッサは歯を食いしばりながら、渋々自分の主張を退けたのだった。
そうして衣装とメニューが決まったところで、最後に調理の練習へ入った。
「くっ……。オムライス風情が、中々に難しいじゃないか……っ」
「がーっ! なんで卵が綺麗に丸まらないのよ!? おかしいんじゃないの、このフライパン!」
「あ、あはは……。普段料理なんてしないから、ちょ、ちょっと恥ずかしいな……っ」
ローズを筆頭にして、オムライスを作っている女子たちは『半熟ふわとろ卵』に挑戦しているのだが……。
残念ながら、あまりうまく行っていなかった。
どうやらうちのクラスの女子たちは、少し料理が苦手なようだ。
おそらく小さい頃から、ほぼ全ての時間を剣術に費やしてきたのだろう。
無理もない話だ。
(……これぐらいなら、俺でも助けてあげられそうだな)
俺は彼女たちへ、オムライスを作る時のちょっとしたアドバイスを送った。
「――実は、綺麗に卵をひっくり返す裏ワザがあってね。最初に卵を入れた後、フライパンの上でしっかりとかき混ぜて――『卵とフライパンを引き剥がす』と簡単にできるよ」
すると、
「こ、これは……っ!? や、やるな、アレン……っ! まさか料理にも堪能だとは……っ!」
「おぉーっ! こ、こうやって作ればいいのね……っ! さすがわ、アレンくんね……っ!」
「わっ、本当だ……っ! ありがとう、アレンくん! ……でも凄いね、料理までできちゃうなんて」
次々に『半熟ふわとろ卵』を成功させた彼女たちが、羨望の目をこちらへ向けた。
「あはは、料理は昔にちょっとね」
ゴザ村での生活は、完全なる自給自足。
野菜の収穫・家畜の世話・ご飯の調理――こうした基本的なことは、全て自分でできなければならない。
そういう事情もあって、俺は普通よりも少しだけ料理が得意だった。
そうして慌ただしくも楽しい二週間はあっという間に過ぎていき――今日、いよいよ千刃祭当日を迎えたのだった。