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闇と剣王祭【四】



 その後、二限の授業を終えた俺とリア、ローズの三人は――お弁当を持って生徒会室の前へ集まっていた。

 定例会議という『お昼ご飯の会』に参加するためだ。


 三人を代表して、俺が扉をノックすると


「――どうぞ」


 会長の凛とした声が返ってきた。


 それからゆっくり扉を開けると、


「あっ、アレンくん、ローズさんに……リアさんっ!」


 俺たちの姿を確認した会長がこちらへ駆け寄ってきた。


「本当に無事でよかったわ……っ! 昨夜、ドレスティア近郊の研究所から救出されたと聞いて、ホッと胸を撫で下ろしていたのよ……っ!」


 そう言って会長がリアの手を握り締めると、


「本当に災難だったね……。大丈夫だったかい?」


「超びっくりしたんですけど……。本当に無事でよかったんですけど……」


 奥のソファでくつろいでいたリリム先輩とフェリス先輩も、こちらへ駆け寄ってきた。


「みなさん――この度は、いろいろとご心配お掛けしました」


 リアがそう言ってペコリと頭を下げると、


「いいえ、リアさんに責任は無いわ……。悪いのは、あんな危険な連中の侵入を許した『私の家』よ、本当にごめんなさい……」


 政府側の重鎮――アークストリア家の令嬢である会長は深く頭を下げた。


「か、会長が謝ることじゃありませんよ……っ!? あ、頭をあげてください……っ!」


 突然のことにリアは慌ててそう言ったが、会長は静かに首を横に振った。


「……国防は『アークストリア家』の重要な職務の一つなの。この件に関しては、申し開きもできないわ……」


 そうして彼女はもう一度謝罪すると、


「――それとアレンくん、あなたには本当に助けられたわ。もしもリアさんの身に何かあったら……。きっとアークストリア家だけの問題に収まらず、国際問題にまで発展していたはずよ……」


 今度は俺に感謝の言葉を述べた。


「いえ、気にしないでください。俺はただ友達を助けただけですから」


 すると会長は短く「ありがと」と呟き、現在の警備体制について話し始めた。


「今はアークストリア家の剣士が指導の元、以前より遥かに厳重な警備網を構築しているわ。それに加えて、来月から人員も大きく拡充する予定だから――今後はそう易々と潜入できないはずよ」


 そうして話が少し落ち着いたところで、


「うむうむ! 難しい話は、これぐらいにして――お昼ご飯を食べようじゃないか!」


「もうお腹ペコペコなんですけど……」


 リリム先輩とフェリス先輩が気を利かせて、少し重たくなった空気を吹き飛ばしてくれた。


「――そうですね。俺もそろそろお腹が空いてきました」


 俺がその機を見逃さず、楽しくご飯を食べる流れを作ると、


「……そうね。じゃあいつも通り――生徒会の定例会議を始めましょう!」


 俺たちの意図を理解した会長は、少しだけ嬉しそうに微笑み――明るい声で定例会議の開幕を告げた。


 その後、俺たちはいつも通り『お昼ご飯の会』を楽しんだのだった。



 生徒会での定例会議と午後の筋力トレーニングを終えた俺は――一人、理事長室へと向かった。


 重厚な黒塗りの扉をコンコンコンとノックすると、


「――入れ」


 レイア先生の硬質な声が返ってきた。


(この声は……)


 少なくない時間を、一緒に過ごしたからだろうか……。

 なんとなく、わかってしまった。


(硬質でありながら、どこか明るいこの声は――間違いなく遊んでいるな(・・・・・)……)


 きっと十八号さんに仕事を押し付けて、また愛読している週刊少年ヤイバでも読んでいるのだろう。


 そんなことを考えながら、ゆっくりと扉を開けるとそこには――高級感のある黒い机に向かい、難しい表情を浮かべる先生の姿があった。


「……今は手が離せない。少しそこで待ってくれ」


 彼女はこちらへ視線を向けることなく、眉間に(しわ)を寄せながら手元の書類に目を落としていた。


「はい」


 俺は短くそう答えて、先生の手が空くのを待った。


 それから三分ほどが経過したところで、


「ふぅー……っ」


 先生は熟読していた書類――週刊少年ヤイバを机に放りだし、大きく息を吐き出した。

 その顔には興奮の色がありありと浮かんでいる。


 どうやら今週号の内容は、十分満足できるものだったらしい。


「……堪能した」


 短くそう呟いた先生は、机に置かれた水を勢いよく飲み干し、


「――さてどうしたんだ、アレン? 君が一人で尋ねてくるなんて、珍しいじゃないか」


 ようやくこちらと話をする姿勢を取った。


「はい。実は少し、相談したいことがありまして……」


「おぉ、そうか。それなら、遠慮せずに何でも話すといい。幸いなことに、今日は暇だからな」


「ありがとうございます。では――」


 それから俺は、今悩んでいる様々なことを話した。


 研究所で出せたはずの黒剣が、いつの間にか出せなくなったこと。

 魂の世界で、アイツに霊力が『すっからかん』だと言われたこと。

 自分の意思で、少量の闇を出せるようになったこと。


 そうして全ての話を静かに聞いた先生は、


「ふむ、なるほど……。つまり君は『黒剣』『霊力』『闇』――この三つをどの順番で、どうやって修業すればいいか悩んでいるんだな?」


 俺が頭を悩ませていることを正確にまとめた。


「はい、その通りです……」


 黒剣・霊力・闇――ここ数日の間に、いろんなことを一度に学んだ。


 黒剣を――魂装を発現するためには、魂の世界でアイツに勝つしかない。

 霊力を強化するためには、地味な筋力トレーニングが一番だと先生が言っていた。

 闇を自在に操作するためには……、そもそもいったい何をすればいいのかわからない。


 正直なところ……いったいどこから手を付けるべきか、わからなくなっている。


 すると、


「その三つの中から選ぶならば――絶対に『闇』から手をつけるべきだな」


 先生は、はっきりそう断言した。


「闇から……ですか?」


「あぁ、間違いない」


 いつになく(・・・・・)そう言い切った先生は、さらに修業の順番を口にした。


「君の場合は、まず『闇』を自在に操れるようになるのが先決だ。その後は霊力を強化し、操作できる『闇の量』を増やす。そして最後に黒剣を――魂装を発現するための修業をする。これがベストな順番だろうな」


「な、なるほど……っ!」


 まずは闇の操作をマスターし、次に霊力を鍛えて闇の量を増やす。

 そうして俺自身の戦闘力を限界まで高めた上で、最後にアイツを倒し――黒剣を、魂装を発現させるというわけだ。


 確かに、しっかりと筋が通っている。


「とても参考になりました、ありがとうございます、先生!」


「ふふっ、どういたしまして。――剣王祭まで、もうすぐだ。君の活躍を陰ながら応援しているよ」


「はいっ!」


 そうして元気よく返事をした俺は、


「それでは、失礼します」


「あぁ、無理をし過ぎないようにな」


 理事長室を後にしたのだった。



 アレンの去った理事長室で、


「……よし、これで少しは時間を(・・・)稼げる(・・・)だろう」


 胸に大きな罪悪感を抱えながら、レイアはそう呟いた。


 すると、


「本当によろしかったのですか、レイア様……? あんな間違えた(・・・・)修業法を教えてしまって……」


 部屋の隅でひたすら書類作業をしていた十八号が、確認するようにそう問い掛けた。


「……」


 それに対して、レイアは苦々しい表情で黙り込んだ。

 良心の呵責(かしゃく)(さいな)まれているのだ。


「……本来ならば、真っ先に黒剣の発現を目指すべきです。あの『闇』はどこまで行っても、所詮『黒剣の副産物』に過ぎません。そこにどれだけ時間を注ぎ込もうと、ただ脇道へ逸れていくばかり……。本筋である黒剣――すなわち魂装の発現には、永遠に届きません……。そんなこと、レイア様がご存知ないはずありませんよね……?」


 十八号の至極真っ当な意見を前にレイアは肩を竦めた。


「……やむを得んことだ。まさかこんなにも早く、アイツから力を奪うなんて……。誰も(・・)想像だにしていなかったのだからな……」


 彼女は『お手上げだ』とばかりにため息をついた。


「アレンは……間違いなく『天才』だ。何せあの化物(・・・・)を精神力で捻じ伏せたんだからな……。――ふふっ、これではどちらが化物かわからんぞ」


 そうして力無く笑った彼女は、


「とにかく――これ以上アレンを目立たせる(・・・・・)わけにはいかん。黒の組織の上層部に目を付けられたら厄介だ……。特に『神託の十三騎士』――奴等が出張って来るとなると、私でもどうなるかわからんからな……っ」


 難しい表情でそう呟いた。


「なるほど、アレン殿の隠蔽を最優先する……ということですね?」


「まぁ、そういうことだな……」


「承知いたしました。しかし、そうなると……アレン殿は剣王祭では……?」


「……あんなデタラメな修業方法で成長するわけがない。間違いなく、他の五学院とぶつかったときに惨敗するだろうな……。いや、そうなってもらわなくては困る。剣王祭の注目度は桁外れに高いからな……」


 彼女は複雑な顔つきでそう呟くと、


「――さぁ、この話はここで終わりだ! いつまでも無駄口を叩いてないで、さっさと働いた働いた!」


「か、かしこまりました!」


 手をパンパンと打ち鳴らし、十八号に仕事の再開を命じたのだった。



 だが、このとき既に――レイアは大きなミスを犯していた。



 彼女はアレン=ロードルという『才能』を警戒するあまり、アレン=ロードルという『異常』を見逃してしまった。



 そしてこの日以降、アレンはひたすら『闇』と向き合った。



 歩く時も。

 授業を受ける時も。

 素振りをする時も。

 食事を取る時も。

 風呂に入る時も。


 起きている限り、ひたすら『闇』と向き合った。


 十数億年という苦渋の果てに身に付けた『忍耐』が、それを可能にした。


 そうしてついに――剣王祭当日を迎えたのだった。

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