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異常と白百合女学院【一】


 暖かい日差しに照らされた俺は、ゆっくりと目を覚ました。


「……う、ん?」


 意識がはっきりしていくに連れて、様々な情報が飛び込んで来た。


 青々しい草葉の匂い。

 軽やかな小鳥の鳴き声。

 気持ちのいい風。


「こ、ここ、は……?」


 上体を起こして周囲を見渡すと――青々とした多くの木々が目に入った。

 どうやら俺は、森の中で眠っていたらしい。


「え、えぇ……?」


 正直、困惑した。


「なんでこんなところで寝ていたんだ、俺……?」

 

 体は軽いが、何故か頭だけやけに重たい。


(確か……。昨日は千刃祭があって、リアとローズとお化け屋敷に行って……。それから裏千刃祭で会長とポーカーをして……。その後は、祝勝会でテッサが馬鹿をやって……。それから……あれ?)


 そこまでは順調に思い出せたが……その先がどうやっても出てこない。


「……仕方ない。ちょっと歩くか」


 きっとまだ頭が寝ぼけているのだろう。

 そう判断した俺は体に付いた土を払って、少し森の中を歩くことにした。


 それから二三分歩いたところで、『ここ』がどこなのかすぐにわかった。


(……久しぶりだな)


 俺が今歩いているのは、ポーラさんの寮の近くにある小さな森の中だ。


 グラン剣術学院に通っていた頃、時間があればここで修業をしていたから、地理はばっちりだ。


「ということは……。こっちにある(・・)はずだよな……」


 少し昔の記憶を頼りに、ちょっとだけ寄り道をすると――あった。


「はは……っ。なんだかもう懐かしいなぁ……」


 俺は無造作に放り出された『一億年ボタン』を手に取った。


 全てはそう――ここから始まったのだ。


「ほんとに……アレ(・・)はなんだったんだろうな……」


 地獄のようなあの時間をぼんやりと思い出しつつ、妖しい赤色を放つそのボタンを押した。


 しかし、何も起こらなかった。


 当然だ。

 これはもう壊れて(・・・)いる(・・)のだから。


 見れば、ボタンの台座部分には大きな太刀傷が刻まれてあるのがわかる。

 俺が『時の牢獄』を切り裂いたときについたものだ。


「時の仙人、か。今頃どこで何をしてるやら……」


 確かレイア先生の話では――世界中を歩き回り、才覚のあるものに一億年ボタンを渡しているのだとか。

 いったい何がしたいのか不明らしいが、きっと何か目的があっての行動なのだろう。


「……まぁ、もう会うことも無いだろうな」


 そうして一億年ボタンをその場へ戻した俺は、


「――せっかくだしポーラさんのところへ寄って行こうかな」


 半年ぶりに彼女の寮へと向かったのだった。



 自分の庭のように慣れ親しんだ森を進むと、ポーラさんの寮に到着した。


「……いいにおいだ」


 どうやら今はお昼ご飯を作っているようで、外までにおいが届いていた。

 食欲を刺激されるこのピリッとした感じは多分、カレーライスだろう。


「それにしても、懐かしいなぁ……」


 目の前にあるのは、木造二階建ての寮。


 まだ半年しか経っていないのに……なんだかとても懐かしく感じた。


 ポーラさんサイズの巨大な扉をノックしたが――返事は無い。


(まぁ、そうだろうな……)


 彼女は何をするにしても豪快な人だ。

 きっと調理場で荒々しく料理を作っていて、ノックの音が聞こえなかったのだろう。


「――失礼します」


 念のため一言そう言って、中へ入った。

 玄関で靴を脱ぎ、広間を抜けると――俺の予想通り、ポーラさんはお昼ご飯を作っていた。


 ポーラ=ガレッドザール。


 俺が住んでいた寮の寮母さんだ。

 身長二メートルを越える巨躯。

 迫力のある顔立ち。

 黒いシャツの上に真っ白のエプロン姿は、今でも変わりない。

 常に腕まくりをしており、そこから見える二の腕は……俺の三・五倍はあった。


(あ、あれ、おかしいな……。俺もけっこう鍛えたはずなんだけど……?)


 半年前よりも、腕周りの差が広がっていた。

 多分だけど……、ポーラさんが一回り大きくなったのだろう。


「ふ゛んふふんふーんっ!」


 彼女は凄みと渋みが共存した独特な鼻歌を奏で、上機嫌に鍋をかき混ぜていた。


 そこへ俺は、一つ咳払いをしてから声を掛けた。


「――ポーラさん、お久しぶりです」


「……ん? おぉ、アレンじゃないかい! 元気にしてたかぃ……って、あんたその頭、どうしたんだい!?」


 彼女は迫力のある笑みを浮かべたかと思うと、すぐに俺の頭を凝視した。


「お、俺の頭がどうかしましたか……?」


「どうしたもこうしたも無いよ! ほら、これを見てごらん!」


 ポーラさんはそう言って、近くにあった手鏡を差し出した。


「あ、ありがとうございます……えっ!?」


 受け取った手鏡を見るとそこには――黒と白が入り混じった独特な頭髪が映っていた。


「な、なんだこれ!?」


 様変わりした髪の毛をつまみながら、思わずそう叫んだ。


「『なんだこれ』って……。あんたが染めたんじゃないのかい?」


「ち、違いますよ!」


 確か(ちまた)ではこういう髪のことを『メッシュ』というんだっけか……?

 まぁなんにせよ、これは俺が望んだことではない。


「それじゃ、誰かに悪戯されたのかい?」


「えーっと……それはわからないですね」


 リアは当然こんなことはしないし、それはローズも同じだ。


(となると後は、会長か……?)


 あの悪戯好きの小悪魔ならば、可能性はゼロではないだろう。


(でも、俺の髪を染めるタイミングなんてあったか……?)


 祝勝会が終わった後、俺は確かに千刃学院の寮へ戻った。

 そこまでの記憶は、はっきりと残っている。


(……問題はそこから先だ)


 ベッドで眠ってから、この森で目を覚ますまでの記憶がぽっかりと抜け落ちている。


(……謎だ)


 そうして俺が小首を傾げていると、ポーラさんがドンと背中を叩いてきた。


「まっ、ちょっとビックリしたけど、髪の色なんざどうだっていいさ! 久々にあんたの元気な顔を見れて、あたしゃ嬉しいよ!」


「……ポーラさん」


 俺も、初めて会った時から全く変わらない彼女を見ると本当にホッとする。


「そうだ、アレン。昼ご飯は、まだだろう? 久しぶりに食べていきな!」


「あはは。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 それから俺は洗面所で手洗いうがいを済ませ、食卓へついた。


「――そぉら、たんと召し上がれ!」


 ポーラさんはそう言って、ぎっしりとご飯の詰められた皿にカレーのルーをなみなみと注いだ。


「あ、あはは……っ。相変わらずの量ですね……っ」


 どう見てもこれは、五人前以上はあるだろう


「なぁに腑抜けたこと言ってんだい! しっかり食べないと大きくなれないよ?」


「が、頑張ります……っ!」


 俺がポーラさんより大きくなることは、多分……いや絶対にないだろう。

 そもそも彼女より大きな人類を俺は見たことが無い。


「では――いただきます」


「あいよ、よく噛んで食べるんだよ!」


「はい!」


 そうして俺は大きなスプーンに白飯とルーを載せ――ひと思いに口へ放り込んだ。


 ゴロっとした大きなジャガイモ。

 一口大に切られた歯ごたえのある牛肉。

 大雑把に入れられた辛みのあるスパイス。


(これだこれ……っ! ポーラさんの味だ!)


 三年間毎日ずっと食べてきたご飯は、骨身に染みるほどおいしかった。


「どうだい? 力が湧いてくるだろう?」


「はいっ! めちゃくちゃおいしいです!」


「はっはっはっ! そりゃよかったよ! 今度は友達も連れて来な!」


「はい、今度の休みにでもぜひ!」


 小食なローズはともかく、大食らいのリアは大興奮間違いなしだろう。


 そうして俺がカレーライスをかき込んでいると――突然ラジオから『ウ゛ーンウ゛ーン』と人を不安な気持ちにさせる不気味なサイレンが鳴り響いた。 


「ちょっとアレン、緊急速報だよ! 珍しいねぇ、いったい何があったんだろうか……?」


 そうして二人で耳を澄ましていると、緊迫した女性の声が鳴り響いた。


「――緊急速報です。昨日、オーレスト中心部の千刃学院が、黒の組織からの大規模襲撃を受けました。死者無し。重軽傷者多数。行方不明者は一人――アレン=ロードル、十五歳の男子生徒です。現在聖騎士協会が大規模な捜索活動を続けていますが、依然その行方は掴めておりません。目撃情報などがございましたら――」


「……っ!? けほっ、けほ……っ!?」


 信じられない報道を耳にした俺は、白飯を喉に詰まらせた。


「落ち着きな、アレン。ほら、水だよ!」


「んぐんぐ……っ。ふぅ……あ、ありがとうございます」


「あぁ。……それにしても、とんでもないことになっているみたいだねぇ。あんた、行方不明扱いになっているよ? 大丈夫なのかい?」


「は、はい……っ。多分、大丈夫だと、思います……っ」


 幸いなことに死者はゼロ。

 それに行方不明者が俺一人ということはつまり――リアは無事だ。


 現状、大きな問題は無い。


(しかし、俺が行方不明……? いったい、どういうこ……っ!?)


 その瞬間、激しい『情報の嵐』が脳の奥底から吹き荒れた。



「思い……出した……っ!」



 そうだ……。

 あの日、俺は黒の組織と戦ったんだ。


 強固な結界を断界で破壊し、ドドリエルを倒した。

 そして満身創痍のまま、神託の十三騎士フー=ルドラスに挑み――敗れた。


 それから霊晶丸で全快したドドリエルに心臓を刺されて……あれ?


 あのとき俺は、確かに心臓を貫かれたはずだ。


「……っ」


 慌てて服をめくり上げ、胸部を確認したが――そこに傷跡らしきものは何も無かった。 


(……どういうことだ?)


 記憶と現実に大きな齟齬(そご)がある。


(もしかして、俺が刺されたのは夢だった……?)


 ――いや、それはない。

 胸を貫かれた時の壮絶な痛み。

 アレが夢だとは到底思えない。


 実際、千刃学院は黒の組織からの襲撃を受けている。


(だとすると――どうして胸に傷跡すらないんだ?)


 それに俺は何故、あんな千刃学院から遠く離れた場所で倒れていたんだ?


(……駄目だ、わけがわからない)


 これはもう千刃学院に行って、事情を知る誰かに確認するほかない。


「……ポーラさん、俺」


「あぁ、早く戻ってみんなを安心させてやんな」


 俺が全てを言い切る前に、彼女は力強く頷いた。


「はい、ありがとうございます!」


 そうして俺は、残りのカレーライスを一気に掻き込み、


「それじゃ、行ってきます!」


「気を付けるんだよ!」


 ポーラさんの寮を飛び出して、千刃学院へ向かったのだった。


 その移動中、変な感覚を覚えた。


(あれ、体が軽い……)


 まるで羽でも生えたのかと思うほどに、恐ろしく体が軽い。

 地面を一度蹴るだけで、グングン前へ進んで行く。

 一歩、また一歩と踏み出すたびに、あっという間に景色が変わった。


 そして気付けばもう――オーレストに到着していた。


(おかしいな……。こんなに(・・・・)近かった(・・・・)っけ(・・)……?)


 そんな風に小首を傾げながら街を進み――千刃学院へ着いた。


 そこで俺は、驚愕に目を見開くことになった。


「なん、だ……これ!?」


 そこには『崩壊』した千刃学院があった。


 何故か真っ黒(・・・)に変色した本校舎。

 校庭にぽっかりと空いた、底の見えない巨大な穴。


 まるで人外の化物が大暴れしたような、凄まじい『破壊の跡』がそこにはあった。


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