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第89話 最期の意地

(サーラ、なぜここに来た!?)


 サーラの姿を認め、ルブルックの心に焦りの灯がともる。

 そして、ルブルック更に気づく。サーラの後ろにルイセが迫っていることに。


「後ろっ!」


 ルブルックは叫ぶが、その声を聞かずともサーラは自分を追いかけてくるルイセの存在を背中にずっと感じていた。

 脚力ではサーラが(まさ)る。そのため、追いつかれることはなかった。しかし、振り切れるほどではない。


(私の速さにここまでついてくるなんて!?)


 ここまで同じ速さの世界で戦える者がいるとはサーラも思っていなかった。

 だがこのまま振り返ってルイセを迎え撃つわけにはいかない。

 先ほどの叫び声を聞いた瞬間、サーラはルブルックの声だとわかった。そして、何か考えるより先に体が動き出していた。なぜルブルックの見をそこまで案じるのか自分でもわからなかったが、とにかく動いていた。

 そして、ようやくルブルックの姿を目にするところまでくれば、そこにあったのは、血を流しながら這いつくばるルブルックの姿。サーラの背中に冷たい汗が流れる。


(とにかくあいつを守らねば!)


 サーラが警戒するのはルブルックの先にいる魔導士キッドと、自分を追いかけてくるルイセ。ルブルックを守りながら二人を倒す――困難なことだとはサーラにもわかっているがやるしかなかった。

 しかし、ルブルックのそばまで来たと思ったところで、サーラの左肩に激痛が走った。キッドのダークブレットがサーラの肩を貫いたのだ。

 痛みによる一瞬の隙が生じる。その機に、ルイセが一気に距離を詰めていた。背中にルイセの濃い気配を感じたサーラは迎撃のために振り返りながら剣を振るが、左肩のダメージのせいでその一撃にいつもの鋭さはなかった。攻撃を余裕で見切られ、代わりに身を低くしたルイセからの一撃を腿に食らってしまう。


「くっ!」


 腿の負傷にかまわず、サーラはルイセの方に向きを変えたサーラがしっかりと構えを取り直すと、ルイセは一旦距離を開けた。

 サーラはなんとかルブルックのもとにたどり着きはしたが、左肩と腿に傷を負いながら、前と後ろをルイセとキッドに挟まれるという状況に追い込まれてしまった。


「その脚ではもうあの動きはとれませんよ。ここまでです」


 ルイセに言われるまでもなくサーラはこの窮地を理解していた。

 サーラにとって、自分の脚力は戦いにおける要だ。斬られた傷は致命的なものではないが、サーラからいつもの速さを奪うには十分だった。命ともいうべき脚力を失った上に、ルブルックは瀕死の状態。このどうしようもない危機を脱するための打開策をサーラは模索するが、何も見つけられはしない。

 だが、ルブルックを懸命に庇うそのサーラの姿に、ミュウやルイセの姿がオーバーラップし、キッドの心に響くものがあった。


「……降伏するのなら受け入れるぞ」


 その言葉はキッドの口から自然と出てきた。

 キッドにとってルブルックという魔導士は、会った瞬間に雌雄を決すべき敵と直感した相手だった。しかし、命まで奪わなくとも、表舞台に出てこぬよう、白の聖王国なり紺の王国なりで軟禁状態に置いておくのなら、これからの世界に影響を及ぼすこともない。キッドはそれで十分だという気持ちになっていた。


「くっ……」


 キッドの言葉にサーラの顔に迷いが浮かぶ。


(青の王国の騎士としてせめて一太刀浴びせるか、ルブルックが逃げらる機会を諦めず最期まであがくか、それともこの降伏勧告を受け入れるか……)


 前と後ろのルイセとキッドを警戒して上がっていたサーラの剣がわずかに下がる。

 サーラの体に満ちていた闘気が急にしぼんだように、ルイセには感じられた。

 だが、キッドとルイセは闖入者たるサーラに対して意識を向け過ぎていた。魔法が使えない結界領域内で傷つき倒れているルブルックへの注意を逸らし過ぎていた。


「……サーラ、巻き込んですまん」


 その小さな囁きのような声はサーラにだけ聞こえた。

 サーラは驚いたようにルブルックに目を向ける。そのサーラの動きでキッドとルイセも気づく。ルブルックがいつの間にか這い動き、わずかだが結界領域の外に体を出していたことに。そして、彼の右手に海王の魔力が集まっていることに。


「ルイセ、魔法に備えろ!」


 キッドの声でルイセは自らの霊子を高める。

 竜王や海王の魔法は特定の属性を持っていないため、対抗する防御魔法は存在しない。しかしそれでも、自らの霊子を高め、霊子で体で覆うことにより多少なりともダメージを軽減することはできる。結界領域内のキッドも、霊子を魔力に変えることはできずとも、霊子が消えずに残っている。キッドもルイセと同様自身の霊子を体に行き渡らせる。

 それに、海王波斬撃では食らったとしても致命的なダメージになりえないことは、キッドもルイセも知っている。その上、この位置関係なら狙えるのはキッドかルイセのどちらかだけ。どちらかがこの攻撃を受けて耐えているうちに、もう一方がルイセを仕留める――キッドとルイセは目を合わせて意思疎通をはかる。

 降伏勧告に対する答えが海王波斬撃。それは、決して降伏はしないというルブルックの意地の現れだった。だから、キッドもルイセももう慈悲をかけるつもりはない。この決着はどらちかの死しかないのだと改めて痛感する。


(ルブルック! 狙うのはどっちだ!?)


 キッドもルイセも、ルブルックがどちらを標的にするのかに意識を集中させる。

 だが、ルブルックの右手は、キッドの方も、ルイセの方も向いてはいなかった。その手は天に伸びていた。


「海王波斬撃」


 ルブルックは空に向かって海王波斬撃を放った。

 しかし、それは空を狙ったものではない。放射状に広がった青い波は、周囲の崖をその効果範囲に入れていた。ルブルックが狙ったのはその崖だった。ルブルックの強力な魔法を受けた崖は崩れ、三方から岩石が一斉に落ちてくる。


「キッド、お前にはここで俺と一緒に退場してもらう」


 瀕死の状態でありながらしたり顔を向けてくるルブルックに、キッドはこの男の執念を見た。


「ルイセ、逃げろ!」


 キッドは自分のことより先にルイセへと指示を飛ばした。四方の内、唯一の崖のない逃げ道にいるのはルイセだった。ルイセならまだ崖が崩れる範囲から逃げられる可能性がある。


「キッド君!」


 だが、ルイセはキッドへと駆け付けようとした。この状況で自分だけ逃げるという考えはルイセにはない。しかし、ルイセの位置からキッドのもとにたどり着くまでには、ルブルックとサーラがいる。動けないルブルックはともかく、サーラの方はこの状況で剣を構えてルイセを睨んでいた。

 ルブルックが最期の力でキッドを道連れにすることを望むのなら、自分はその望みを叶える――そういう強い意志がサーラからは感じられた。


(突破してキッド君のもとへ行くべきでしょうか!? でも、そこで二人とも負傷して動けなくなったら……。何かあった時にキッド君を助けることができるのは私だけなのに……)


 キッドにそばに行きたい想いを抑え、ルイセは落石から逃れるために後ろへ退いた。今この場で、落石後に傷ついたキッドを救い出し、聖王国軍の陣地まで連れるのは自分だけだとルイセは自分に言い聞かせる。


 ルイセだけは、大量に落ちて来る岩石群から逃れることができた。

 彼女の目の前で、サーラが、ルブルックが、そしてキッドが岩石群に飲み込まれていった。

 崩れ落ちてきたその量はルイセの想像した以上だった。当たれば致命的な大きさの石や岩が山のようにルイセの前を埋め尽くしている。

 もはや救助がどうとかいうレベルでないことはルイセにもわかった。


「……キッド君……嘘ですよね……」


 三人を埋め潰した岩石の山を前に、ルイセは力なく膝から崩れ落ちた。


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