93 リゼ、神殿にお参りする
わたしはちょっとたじろいだ。
「な、何に使うのでしょうか……? あれは、あくまで殿下が、お忍びで遊ぶためにお渡ししたもので……」
ひそひそと囁き返すわたしに、アルベルト王子は何も言わないでとでもいうように、手を握ってきた。
「悪いことに使われるかもしれないと不安になる君の気持ちは分かる。でも、信じてほしい。私は悪事で君の作ってくれたものを汚したりしない」
アルベルト王子にそのつもりがなくても、渡された人たちが悪用しないとは限らない。
「わたしは殿下のことは信用してますが、他の人のことは、ちょっとぉ……」
「犯人は武装集団だから、こっちにもそれなりの戦闘力がいる。でも、知っての通り、王家には戦える力がないんだ。だから、相手を抑え込むには、魔道具の力がいる。そのための罠で、マントなんだ――お願いだから、力を貸してほしい」
「だ……ダメだと言ったら?」
「君にプレゼントした魔獣素材の代金を請求する」
わたしはヒッと短く息を呑んだ。
「お店が三回は潰れる額になると思うんだ」
「分かりました!」
わたしは速攻で考えるのをやめた。
アルベルト王子が言ってるんだから、私が自分で考えてどうこう言う問題じゃないよね。たぶん。
「でも、これは本当に……よくないことに使えると、思います」
何でも盗み放題、食べ放題。危なすぎる……!
パティスリーのケーキをマントの下に詰め込めるだけ詰め込んで帰る人もいるかもしれない……!!
うわあ、なんて悪いことを……!!
「紛失しないように、おおまかな距離を感知できる魔力のマーカーをつけておきますので、必ず殿下が管理してください」
「分かったよ、ありがとう」
マントは『アリアドネの糸』を使っているので、その気になればすぐに作れる。
一着に数秒とかからない。
「今用意するので、少し待っててください」
【魔糸紡ぎ】の【祝福】千倍速から、【魔織織り】を十着分作製。
【複製】を起動。
過去に使った型紙の通りにくり抜かれ、細長い三角形の布がたくさん出来上がる。魔法のステッチがかかって半円形に縫い合わされ、ケープとフードがつく。
起動中の【複製】を、十着分【多重起動】。
「どうぞ」
アルベルト王子はしばらく返事を忘れて、マントの束をじっと見ていた。
「……すごいね。君の制作風景は、何度見ても盗める気がしない」
「これでも何千、何万って服を作っているので……」
そんなに簡単に盗まれたら困るよねぇ。
「ともかく、ありがとう。これで事件も解決するといいんだけど」
そういえば――と、わたしはふと考えてしまう。
仮に誰かがテウメッサの狐を逃がしたとして、何が目的なんだろう? と。
狐が倒されたら、困る人がいるのかなぁ。
アルベルト王子は『姿隠しのマント(タルンカッペ)』を使って、また姿を消して、お店から出ていった。
……王子様が自分で狐狩りに奔走するなんて、この国も大変だなぁ。
***
わたしは刀鍛冶の肩慣らしに、まず小さなナイフを作った。
鍛冶神の神殿に行って、それを奉納する。
一緒についてきてくれたクルミさんが、「初めて入りました」と言って、珍しそうにきょろきょろしていた。
「神殿といっても、大きな建物があるわけではないのですね」
「そういえばそうですね。祭壇が野ざらしです」
そんなところに奉納品を置きっぱなしで大丈夫なのかな? と思うけど、よく見ると掃除されてて祭壇布とかろうそくも新しいものだし、誰かが管理してるんだろうね。
わたしは祭壇にナイフを置いた。
「鍛冶神……えーと……ここの神殿は……ドワーフのアルベリヒ様!」
適当に近い神殿の中でも規模の大きな場所に来てるので、よく知らない神様に当たってしまった。
光の主神ルキア様の神殿は数キロメートルおきに王国にくまなく設置されてるけど、他の神様の神殿はあったりなかったりするので、うちはいつも手近な神殿で済ませてきた。
「ご加護をよろしくお願いします!」
本当は神話体系によって神様にも派閥があるらしいんだけど、そこはよく知らない。
ご利益があればなんでもオッケー!
「献金は……制作費の二十分の一だから……こんなもんかな?」
わたしは銀貨を二十枚キッチリ数えて置いた。
その瞬間、ふわっと魔力が降りてきて、わたしの全身に降り注ぐ。
わー! けっこうキラキラしてもらえた!
「きれいでございますね」
「神様の祝福なんだそうですよ」
クルミさんは感心したように空に舞う光の粒子を見つめている。
「わたしたちが生活魔法で使う【祝福】の、もっとすごい神様版だそうです」
これがあるといつも以上の力が出せると言われている。
わたしの体感でも、成功しやすい。
どうしてもいいものを作りたいときは、複数の神様に【祝福】をもらうって手もあるらしいけど、わたしはやったことがない。
国宝を献上するときはやってみようかな?
ともかく、キラキラづけは終了した。
わたしはお店に戻って、今度はお店で一番大きな暖炉に魔石をくべて、焚いた。
「これは何をなさってるのでございますか?」
「うちの守護神さまにおそなえです。魔石が大好きなので、定期的にあげるようにって言われてました」
燃やした魔石が空気にまじって、わたしにキラキラを付与してくれる。
「アゾット家ではこういうの、やってなかったんですか?」
「そういえば、ルキア様の祭壇には毎朝何かしら置かれておりました」
物珍しがっているクルミさんから、アゾット家の信仰について教えてもらいながら、魔石を燃やし尽くした。
「よし、【祝福】盛り終了! がんばろー!」
わたしは刀鍛冶に入ることにした。
まずは燃料。
鋼は千五百度以上の高温にしないと溶けてくれないので、特別な燃料を用意。
わたしはコークスを原料に、火の魔石を量産した。
こんなもんで足りるかな。
買いつけてきた鋼に魔力をたっぷり付与。
魔力釜にセット。
固形の鋼をゆっくり加熱しながら、どんどん魔力を足して、よく混ぜる!
ちょっとずつ鋼に魔力がくっついて、色が変わってくる。
全体に魔力が行き渡って、魔鋼化したら、魔力釜から出して、高温炉に。
その間にモールドの用意。
あらかじめ用意しておいた筒状の鋳型を立てかけて、周囲を緩衝材で囲む。
モールドに、溶けた魔鋼を流し込んだ。
ゆっくり冷やして、剣の原型は完成。
両刃はまた魔石で赤く熱して、水で冷やす。
じゅわっと急速に冷却すると、刃先は硬く鋭くなって、カミソリのように斬れる剣になる。
……よし。
わたしは生活魔法で【研磨】をかけ、刀身を鏡のように磨き立てた。
【ノミ】で、モールドにあった溝から紋様をはっきり浮き立たせる。
曲線と細部の彫刻を足して、剣飾り、鍔、柄を作成。
今回は古美仕上げで、シンプルな実用一点張りのデザインに、使い込まれた金属のカラーリングを施す。
グリップに魔石を埋め込む。
最後に魔術式を書きこんで、全体を調整したら、できあがり!