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49 リゼ、室内で遭難する


「お願いします! 手伝ってくれたら、フェリルスさんの好きなものもなんでも奢りますんで!」


 フェリルスさんの顔がぱぁっと一瞬輝いたけれど、ブルルッと首を振って、また怖い顔になった。


「お、お、俺は食い物などに釣られんぞ!」


 フェリルスさんは怖い声で拒絶したけれど、身体は正直だった。


 わあ、すっごい尻尾振りちぎってるぅ……


 チャンスなので、わたしはたたみかけることにした。


「骨付きチキン、お好きでしたよね? 実はわたし、一風変わったチキン料理というのも知ってまして」


 これはご近所の移民の奥さんから教えてもらったんだけど。


「とある国には『甘いハム』という料理があって、豚のモモ肉を、たくさんの砂糖で煮て、甘いハムに仕上げて、冷製にするんです。結婚式の定番料理なのだとか?」

「うまいのか、それ?」

「おいしいですよ! お肉は砂糖で煮るのもアリだなって思ったんです。で、わたしが独自に開発した『甘くて辛いチキン』というのがあるんですが……」


 わたしはフェリルスさんに向かって両手を大きく広げた。


「これがとーーーーってもおいしいんです!」


 フェリルスさんはお口をちょっと開けて、ごくりと唾を呑んだ。


 ふふふ、心が揺れてるね。おいしそうな食べ物に抗える生き物なんていません!


「手伝ってくれたら、作ってあげます!」

「……仕方がないな!」


 フェリルスさんはやれやれってポーズで、真っ黒なお鼻を横に突き出していたけれど、やっぱり尻尾は正直だった。振りちぎりまくっていた。


 次の日、わたしはお店を閉めた後、冷却装置を荷馬車に積んで、ロスピタリエ邸に持ってきた。


 クルミさんにお願いして開いている納屋を借りてもらい、そこにブースを設置。


 いい感じにできたので、フェリルスさんを呼んで、空気を体験してもらうことにした。


 フェリルスさんは小屋に入るなり、うれしげな鳴き声をあげた。


「涼しいな! だが、まだまだ暑い! 北の大地の吹雪はこんなもんじゃなかった!」

「もうちょっと出力あげますか?」


 メモリをぐいっと押して、さらに室温を下げる。


 あたりはそろそろ身体が震えるくらいの気温に。


「どうですか?」

「まだまだ! そうだな、桶の水がみるみるうちに凍るくらいにまでは下げねば本当とは言えん!」

「なるほど……!」


 わたしは桶に水を張って用意した。


 室温をどんどん、どんどん下げる。


 ピシッ、パシッと、小さな音を立てて、桶の表面に薄い氷の膜が張った。


 あ、このくらいかな?


 出力を限界まで出せばいけそう……


「涼しい!! 快適だなぁ!! なあ、リゼ!!」


 さ、寒ぅい……!


 わたしはガタガタ震えていた。


「実に気持ちがいいのである! やはり冷気はわが友、全身に精気がみなぎるようだ! ワオォォーーンッ!」


 あれ、だんだん寒くなくなってきて……


 なんだか眠くなってきた。


「懐かしいわが故郷! いつかまた帰りたいものである! ああ……悲しい、悲しくて寂しいこの気持ちは、郷愁というやつなのだろうな!」


 フェリルスさん……


 よしよしと頭を撫でてあげたら、フェリルスさんはちょっと鼻をすすった。ずびば。


「夜には綺麗なオーロラが出るのだ! あれは本当に美しかった……」


 あ、やばい、本格的に眠くなってきた……


「リゼ、リゼ!? おい……」


 フェリルスさんの声が遠くなっていって、わたしは気を失った。


***


 次に目を覚ましたとき、わたしは暑くてたまらなかった。


 がばっと身を起こしたら、隣にディオール様とクルミさん、それにピエールくんもいた。


「気がついたか。よかった」

「リゼェェェーッ!」


 横からフェリルスさんががばーっ! と抱きついてきて、顔をべろべろに舐め回す。


「よかったぁぁぁ! 死んでしまったかと思ったぞ!」


 なにこれ。状況がわかんない。


 わたしがとりあえずフェリルスさんのたてがみをモフモフしていたら、ディオール様は付き合いきれないとでもいうように肩から力を抜いた。


「氷の実験室を作っていたそうだな?」

「え、ええ、はい……」

「なぜ私に言わない? 水と氷なら私の専門だぞ。必要ならいくらでも出してやったのに」

「えーっとぉ……」

「フェリルスは強大な精霊で、人間の暑さ寒さのスケールなどまったく分かっていない。君が凍死寸前だったことにも気づいてなかったんだ。事故で済んだからよかったものの、危ないところだったんだぞ」

「すまない、リゼ! 俺が悪かったあぁぁ!」

「まったくだ。お前のせいだぞ、フェリルス」


 ディオール様に叱られて、フェリルスさんはビクリとした。


 背中の毛がブワリと広がり、尻尾とお耳がみるみるうちに垂れ下がる。


 目にはいっぱい涙を浮かべていた。


「……す、すまない、リゼ、ご主人、すまない……!」


 大好きなご主人様に叱られて今にも泣きそうにプルプルしている大きなわんちゃんに、わたしは耐えられなかった。


「フェリルスさんのせいじゃありません! わたしが手伝ってくださいってお願いしたんです!」


 フェリルスさんの首根っこをがっしり抱いてわたしが訴えると、フェリルスさんはきゅーんと甲高い鳴き声をあげた。


「リゼ……! お前……!」

「フェリルスさん……!」


 ディオール様が困惑したようにピエールくんを見る。


「……なんだ、これは?」

「どうやらディオール様をダシにして、二人の仲が進展しているようでございますね」

「仲ってなんだ……何なんだ、まったく」

「ディオール様、フラれたからってやきもちはちょっと」

「やめろ、誰が誰にフラれたんだ。わけの分からないことを言うんじゃない」


 ディオール様は頭をがしがしかくと、「で?」とわたしを怖い顔で睨んだ。


「説明してもらおうか? 実験室を作って、何をしていた?」

「え、えーっとぉ……別に、たいそうな企みがあったわけではなくてですね……」


 わたしはごにょごにょと小声で実験の趣旨を説明した。


「……は? あのときのコーヒーを再現?」

「はい……わたしはただ、おいしいコーヒーを召し上がっていただこうと思ってぇ……」


 ディオール様は頭が痛そうに抱えてしまった。


「……いやもう、どうしてそうなる?」


 クルミさんがそっと控えめに口を開く。


「これに関してはご主人様にも問題があったかと。なぜ好きな食べ物を聞かれたときに、もっと手軽に実現できるものをお答えにならなかったのでございますか?」

「まさかここまでするとは誰も思わないだろう」

「誰もやらないようなことを思いつき、実現してしまうから天才なのでございます」


 て、天才だなんてそんな。


 照れているわたしをよそに、ディオール様は、はぁ、とため息をついた。


「……分かった。もういい。リゼの気持ちはありがたく受け取っておく。しかし、この実験はもう中止しろ」

「ええっ!? もうほぼ完成してますよ!?」


 出力が強すぎただけなので、下げれば問題ないはず。


 ディオール様は無情にもきっぱりと首を振った。


「中止だ。私は別に寒いのは好きじゃない」

「そ、そうだったのか!? ご主人!?」

「というより、あの寒さが好きな人間はほとんどいない」

「お、俺の愛する氷の大地が……!」


 フェリルスさんが落ち込んでしまった。


 ディオール様は面倒くさそうにフェリルスさんの頭を乱雑に撫でると、「では、こうしよう」と言った。


「冬になったら、私が雪で家を作ってやろう。その中でコーヒーでも淹れようじゃないか」

「雪で家を!?」

「その地方の知恵だそうだ。雪とは思えんくらい暖かい」


 た、楽しそう……!


「かまくらか!? 懐かしいな!」

「ああ。またお前の力を貸してくれ」

「当ぉぉぉぉ然ッ! 俺に任せろ、ご主人!」

「頼りにしている」


 ディオール様になでなでしてもらったおかげで、へこんでいたフェリルスさんもしゃっきり復活して、コーヒーを奢る話は冬まで持ち越しになったのだった。


 ……あれ?


 わたし、まだディオール様に何にも奢れてないなぁ。


 コーヒーもまた今度となると、次は何にしたらいいんだろう。


 わたしの悩み、解決しないどころか、増えてしまった……!




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