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35 トンボとちょうちょ


『ギュゲースの指輪』を王子に渡して、審査を待つ間に、わたしは以前から取引のあったお店や卸先と関係修復を続けて、いくらかお客様を取り戻すことに成功した。


 でも、やっぱりガラガラなのは否めない。


『火だるま舞踏会』ってマルグリット様がこないだ言ってたけど、語呂がよすぎて、あ、たぶん宮廷でもそれで定着しちゃってるんだな、って感じだったし。


 時間がたっぷりあったので、わたしは注文分をいつもより丁寧に仕上げることに注力した。


 それがまた楽しくて。


 いつも時間に追われてたからなぁ。


 本当はジュエリーのデザインも好きなんだよね。


 納得いくまでじっくり仕上げられるのって楽しい!


 ディオール様にあげる予定のネックレスも、凝りに凝っていたら、わたしの授与式の当日までかかってしまった。


「まだか」

「ごめんなさい、あと少し……」


 軽装のディオール様がわたしの部屋の入口に立っている。


 わたしは髪の毛だけセットを終えた状態で、作業服を着込み、まだ彫刻していた。


 セット中に暇だったから、留め具を変えて、そこに彫刻入れ始めたら、止まらなくなっちゃったんだよね。


 そろそろ着替え始めないと間に合わなくなってしまう。


 ディオール様も、現物を見てからトータルで衣装を考えたいと言って、着替えていない。


 チェーンの留め具に最後の彫刻を終え、わたしは椅子から飛び上がるようにして、立った。


「できましたどうぞ!」


 ディオール様に渡しつつ、時計を気にする。


 もうこんな時間?


 わたしもめかし込まないといけないのに!


「クルミさんお待たせしました! 着替え始めましょう!」


 わたしは作業服の留め具を外しつつ、メイドさんの方に近寄っていった。


 本当に時間がない。


 がばっと作業服を頭から脱いだとき、クルミさんがわたしをその場に置いて、すたすたとディオール様の方に行ってしまった。


「クルミさん? 着つけ……」

「ご主人様? いつまでそちらにいらっしゃるのでございますか?」


 ディオール様はビクリと肩を揺らした。


「い、いや、感想を言いたかったんだが、タイミングを逃して……」

「またあとでもよろしいでしょう」


 だよねー。時間がもったいないから靴も脱いじゃおう。


 編み上げ靴を乱暴に引っ張って抜くわたし。


 ディオール様をぐいぐいドアの外に追い出そうとするクルミさん。


「脱ぎっぷりがいいから、会話を続けても気にしないのかと思ってだな」


 クルミさんはディオール様をドアの外に追い出して、にっこり笑って、ひと言。


「最低――でございます」


 ドアはばたんと閉められた。


 まあ、わたしはドレスの下地でシュミーズドレスというか、一番下のドレス? ――を着てるから、確かに気にしないけど。正装のドレスって二枚か三枚重ねになってること多いんだよね。


 ディオール様もそろそろ急がないとまずいだろうし、まあいいか。


 わたしはクルミさんが手にしたコルセットを見て、ちょっとげんなりした。


「これって絶対つけないとダメなんですか?」

「晴れの舞台ですので」

「……」


 自分で着るわけじゃなかったころはあんまり気にしたことなかったけど、どんなに軽くて高機能のドレスを作っても、コルセットは変わらないっていうの、ちょっと矛盾してるよね。


 そのうちコルセットがなくても体型が綺麗に見える錯視機能とかも開発しよう。これは幻影魔術系統も絡むから、真面目にやるとけっこう難しいかもしれないけど。


 ボンレスハム並みにぎゅうぎゅうにしめつけられながら、わたしはそう決意した。あいたたたたた。


 手の届かないところのファスナーとリボンを留めてもらって、ドレスの魔法機能をオンにする。


 各布地に仕込んだ【重量軽減】や【形状記憶】のスイッチが入って、ちょっとした風にも裾がヒラヒラするようになった。


 時間があったからめいっぱい機能仕込んだんだよね。


 せっかくなので、このドレスを見ていいなあと思った貴婦人たちから、注文をたくさん取りたい!


 今回の目玉はこの背中!


 オーガンジー風の薄布が、ふわふわ浮いている。


 キラキラ光るちょうちょの羽、かわいくない?


 処理が複雑すぎて頭がおかしくなりそうだったけど、うまくいってよかった。


 わたしはしばらく右に左に身体を揺らし、風にそよぐヒラヒラの羽を楽しんだ。


 うんうん、ちゃんと綺麗に動いてる。


 キラキラの遊色効果も出ているね。


 がんばった甲斐があったなぁ。


「リゼ様、お急ぎくださいませ!」


 わたしは時計を見て、悲鳴を上げながら、ディオール様が待つ馬車に駆け込んだ。


 馬車に乗ると、ディオール様の着ている緋色の服が目に飛び込んできた。


「わ、すごい、真っ赤なんですね」


 青っぽい色で来ると思ってたからびっくりした。


「緋は王家の色だからな。ギュゲースの指輪は逸話も逸話だから、念のため」

「ギュゲースの指輪って、どんな話なんですか?」

「知らんのか」

「アルベルト王子が、何かの神話だってことだけは教えてくれたんですけど」


 ディオール様は呆れつつ、教えてくれた。


 昔むかし、あるところに、王様と従者がいた。


 王様は美人の妃をたいそう自慢に思っており、従者に裸体を見せようと思い立った。


 従者は困惑し、王妃に気づかれないような形でなら、と、ギュゲースの指輪を使って着替えをのぞいた。


 ところが王妃は従者の存在に気づき、屈辱に震えながらその場は知らんぷりでやり過ごしつつ、後日従者を脅迫した。


 私に殺されるか、それとも王を殺して私と王国を手に入れるか、どちらかを選べ、と。


 こうしてギュゲースは王を殺し、王になった。


「――つまり謀反を起こす男の物語だな」


 ぶ、物騒!


 謀反の象徴みたいな指輪を作って持っていくことの意味は、わたしにも分かる。


「わ、わわわわたし、王家の色とか全然入れずにドレス作っちゃいましたけど、謀反を起こすかもって思われちゃいますか!?」

「いや、君は問題ないだろう……どこからどう見ても突然場違いな場所に連れてこられて怯えている一庶民の娘だ」


 ディオール様がひどい悪口を言った。


 確かに庶民だけど、そんなに芋くさいかなぁ。


「で、でも、今日のドレスは、王女様が着てもおかしくないグレードだと思います!」


 個人的にすっごくよくできた羽を背中から引っ張ってチラ見せする。


「ほう……またいいものを作ったな。浮いて、光るのか」

「そうなんです! がんばりました!」

「なかなかいいじゃないか、そのトンボの羽根」

「ちょうちょ」

「……蝶の羽は半透明じゃなかったと思うが」

「形はちょうちょですので!」

「違いがよく分からんが……」


 失礼しちゃう!


 ちょうちょとトンボじゃ全然違うのに。


 やっぱりアゲハ蝶モチーフにすればよかったかなぁ。


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