#075 幼き偉業
遅くなり申し訳ございません。
とある日の朝。
シホはいつものように姉やその友達、幼馴染の男の子と一緒に、幼稚園のバスを待っていた。
彼女にとって、幼稚園は大好きなお友達と会える場所。
幼稚園に行く日が楽しみで仕方ないことは言うまでもない。
しかし、今日の彼女の表情は固い。
とても楽しみにしているという様子には見えなかった。
「まことくん、うけとってくれるかなぁ……?」
「大丈夫よ、シホ。頑張って!」
行き場のない不安を口に出してみて、そして大好きなママから励まし応援されるものの、彼女の表情が和らぐことはなかった。
それもそのはず。
シホにとって人生初の試み。
そして相手は難攻不落。
――と理解しているのかどうかは怪しいが、幼いながらも何となく感じ取ってはいたのだろう。
その相手とは、”まことくん”。
ばら組に関わった者であれば、彼の名を必ず耳にしたことがあるはずだ。
一部、彼の性別があやふやな状態で伝わっているようだが……まぁ些細な問題だろう。
そんな人気者の彼とシホが出会ったのは入園式の日。
姉たちが楽しそうに通う幼稚園に、ようやく自分も通えるとあって、カレンダーに印を付けながら、その日を楽しみに待ちわびていた。
そして当日。
精一杯おめかしをして、新しいお友達を作るんだと張り切っていたシホ。
しかし、知らない大人と子どもが沢山いる状況に臆してしまった。
一緒に通うはずの幼馴染の男の子も体調を崩してその場に居らず、その後、唯一頼れるママとも保護者説明会で離れ離れになり、一人ぼっちになってしまった。
周りの子たちは顔見知り同士ですでにグループを作り楽しそうにしているが、その輪に入っていくこともできず、一人孤独を感じ、寂しさに押しつぶされそうになっていたそんな時――
『だいじょーぶ?』
声を掛けてくれたのがマコトだった。
知らない子、しかも男の子と言うこともあって、最初はびっくりしてしまったシホ。
そのため、とっさに返事をすることは出来なかったが、その男の子は動じることもなく、優しくしゃべりかけてくれた。
一番のお気に入りの髪留めを「かわいいね」と褒めてくれて、名前を聞いて呼んでくれて、お友達になろうと言ってくれて。
それらは彼にとって、ただ近くにいただけの女の子への、何気ない気遣いだったのかもしれない。
それでもシホにとっては、何よりも嬉しい気遣いだった。
慣れていない場所で、心細くて、寂しくて。
楽しいと思っていた幼稚園に、苦手意識を持ってしまう一歩手前だった彼女にとっては。
そんな状況だったから、出会ったその日からシホがマコトを特別な存在だと思うようになってしまうのも無理は無く、一緒にいたいと思うようになるのも時間はかからなかった。
マコトは不思議な男の子だった。
他の男の子と違って、ちょっかいをかけて来るようなこともなく、非常に穏やかで優しかった。
そして仲の良い幼馴染の男の子ともまた違って、一緒にいて安心できて、色んなことを教えてくれて、困ったときには助けてくれて。
運動も勉強も遊びも上手で、みんなから慕われていて。
もちろんシホも、そんな彼が大好きな一人だ。
だが一見すると彼はクラスの中心人物ではない。
目立つリーダーのポジションは、必ず自分ではない他の誰かになるように動いていた。まるで、お友達と一定の距離を保って寄せ付けないように。
それが、常に彼の隣にいる女の子への嫉妬を防ぐためなのか、いつか自分が居なくなることを想定してなのかは、本人以外は誰も知る由もないのだが。
他の子たちと違って、そんなマコトと頭一つ抜け出して一緒にいる時間が長いシホ。
それは、シホが幼稚園で最も長く共に時間を過ごす一番仲の良いお友達――スズカの存在が大きかった。
シホにとって、初めてできた同い年で同性のお友達。
お人形さんのように可愛くて、大人しい雰囲気から、クラスの男の子にも女の子にも人気がある子。
マコトに常にべったりで、なおかつ内向的な性格ということもあって、お近づきになるハードルも高かった。
そんな彼女と馬が合い大の仲良しとなっていたシホは、マコトにとってもある意味特別な存在であり、とあることができる数少ない人物の一人であった。
マコト(とスズカ)を家に呼べる。
ちなみに他にマコトを家に招くことができたのは、シホの幼馴染であるユウマだけ。
彼の家も、スズカと仲が良いシホが、姉たちに連れられてよく遊びに行く、という繋がりがなければ、マコトが来ることは無かったかもしれない。
それだけシホは、マコトに近い場所にいる。
スズカを通してであったとしても、マコトにとって重要人物である事には変わりなく、仲が良い事にも変わりない。
そんなシホでも、不安にならざるを得ないことがある。
「まことくん、しほのおたんじょうびかい、きてくれる……?」
「シホがちゃんと招待状を渡せたら、マコトくんはお誕生日会に来てくれるわよ」
「ほんと?」
「本当よ」
未だ成し遂げた者がいない、お誕生日会への招待。
マコトはばら組全員と仲が良いはずなのに、その誰のお誕生日会にも姿を見せたことはない。
それは、シホが他のお友達のお誕生日会に参加した際であっても……
「そしたらすーちゃんもきてくれる……?」
「もちろん! だから頑張って!」
そして彼がいないということは、もちろんスズカもいない。
「まーくんがいかないからすーもいかない」と断固拒否するからだ。
スズカと一緒に遊んでいたシホは、目の前で繰り広げられたその場面を鮮明に覚えている。
そんなことがあれば、自分のお誕生日会にも来てくれないんじゃないか、招待状を受け取ってもらえないんじゃないか、と憶病になってしまうのも無理はなかった。
不安を拭いきれないまま、シホは時間通りに到着したバスへ乗り込みマユミに手を振る。
リュックサックを抱きしめた彼女は、その中に入っている招待状を大好きなお友達に渡すため、今日も幼稚園へと旅立っていった。
それから数日経ち、シホのお誕生日会当日。
後藤家には去年と同様に、姉とそのお友達、そしてユウマがいた。
そして――
「……しーちゃん、おたんじょうびおめでと!」
「すーちゃんありがと!!」
「どういたしまして」
「しほちゃん、四歳のお誕生日おめでとう。いっつもすーちゃんと遊んでくれてありがとね」
「うん! しほ、すーちゃんと遊ぶの好き!」
――スズカとマコトの姿もあった。
無事に二人に招待状を渡せたシホ。
彼女は大好きなお友達に囲まれて、笑顔で四歳の誕生日を迎えることができたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
書くタイミングを逃し続けていた女の子のお話でした。