#002 まじで現代日本人
3話連投予定です
#000 2020/10/14 18:00
#001 2020/10/14 21:00
#002 2020/10/15 00:00
私には前世の記憶がある。
……というよりも生まれ変わったと言った方が適切か。
前世の私の名前は佐竹社。二十九歳独身。
彼女いない歴=年齢の、今や珍しくもなんともない至って普通のアラサー男。
とある大手IT企業に勤めるワーカホリックだったが、過労と栄養失調で倒れ、その事を恨まれて元上司に刺し殺されてしまった。
なんと理不尽な殺され方をしたものか。
いや……、今思えば自分の行いが招いた結果でもあるか……
そしてよくある転生もののフィクションのように、女神に会って強制的に転生させられた。女神十五歳。ホントびっくり。非合法ロリ。普通か。
しかし転生先が納得いかない。
転生するのも同意はしてなかったけどね?
おぎゃあと泣いて意識が覚醒してきて、ようやく転生先をこの目で確認できた。
でも行くなら異世界のほうじゃね?って……
確かに清潔さや医療技術、治安の良さはここ以上のものはないのかもしれない。
望んで手に入る環境ではないのだから、喜ぶべきなのかもしれない。
だけど何が悲しくて、労働生産性も賃金も低くて少子高齢社会でお先真っ暗、出る杭は打たれるのにも関わらず、常に変化して加速していく情勢に対応していかなければ取り残されて終いには泣くハメになる見慣れたこの世界に……
マジであの女神、現代日本に転生させやがった。
……ふざけんなっ!
そしてもう一点。
壁にかかっているカレンダーの日付を見て目を疑った。
記憶が確かならば、十年と少々時間が巻き戻っている。
無理やり転生させられたせめてもの特典かな?とも思ったが、むしろ色々と気を遣う必要があって迂闊なことができないような気がする。
ちなみにヤシロは今頃、大学受験の勉強に精を出している頃だろう。
つまり自分ではないヤシロがいるということになる。
もしそのヤシロさんがあの日を超えても生き続けていたら、ここに居る自分はどうなってしまうのだろうか……
……
もやもやとした気持ちは一旦置いておいて、まずは自己紹介をしよう。
僕の名前は八代誠。二歳独身。
彼女いない歴=年齢の、珍しくもなんともない至って普通の赤ん坊。
名前が苗字になった。だがもうシャチクと呼ばれることはないだろう。いや、今後の頑張り次第だ。同じ轍は踏まない。
生まれたばかりのころは口も体も上手く動かせず、食う寝る出す泣く笑うくらいしかできなかった。頭では理解しても体が付いてこないってもどかしい。
体調をコントロール出来ない(過労と栄養失調で倒れた奴がそもそも出来るのかは置いておいて)というのも困りものだった。ちょっと環境が変わればすぐ熱が出る。そして泣く。寝る。
というか赤ん坊、すごい寝る。
ワーカホリックだった前世では一日の睡眠時間が三時間とかざらだったのに、いまでは一日の半分以上寝てる。ざっと四倍。とにかく寝る。起きていられない。いつの間にか寝てる。
そしてやはりというか当たり前というか、自由はない。母の目の届かないところへは行けない。
つまり自分じゃないヤシロさんを確認しに行こうにも、親の許可と体力が必要ということだ。まだ時は満ちていない。
そんなこんなで生まれ落ちて、あっという間に二歳になった僕。
妙な賢さからすでに周りに神童とささやかれ始めている。
あとやる気のない死んだ目とか言わないで欲しい。思っても二歳児に言うか? ぐれるぞ? 漏らすぞ?
あっ、尿意が……
「おかーさん、といれ」
「まーくんえらいね、よく言えました!」
頭を撫でてくる我が母――八代朱里は僕のことを”まーくん”と呼ぶ。マコトだから”まーくん”。なるほど自然だ。将来メジャーリーガーでも目指すべきか。
中身は合わせればすでに三十にもなる僕は、お腹が空いたりトイレなどで泣くことはない。
あれは意思表示の仕方が分からなくて泣いて伝えるのだ。意思表示の仕方を分かっている僕は泣く必要がない。
ただトイレはまだ一人でできない。一人でしようとしたら、便座を上げられない、上って便座を上げようとしたら滑って落ちる、ハマる。
赤ちゃんの体は何するにしても危ない。なので母の力を借りるしかない。おまるは僕のちんけなプライドが許さない。あと意外と後処理が面倒。
「よくできました!」
「うん」
母が褒めてくれる。気恥ずかしいが普通に嬉しい。
仕事をしていた頃は、怒られるか褒める側になることばかりだったので、素直に嬉しい。
そしてうちの母。前世の僕のタイプの女性だ。
垢ぬけたメガネ委員長のような感じで幸薄顔の美人だ。普段は優秀なのだが、突発的なことに弱い感じの。守ってあげたいデキる人って感じ。
だから甘えておく。褒められたので抱き着く。赤ん坊としてはごくごく普通のことだよね。
ほら、母も真面目そうな顔が緩んでいる。
だがそんな母とももうすぐお別れ。
いや永遠の別れとかではない。
仕事に行くのだ。
二歳児を置いて仕事? 親としてどうなのよ? と母を責めないで欲しい。
我が家はいわゆる母子家庭だ。
大学時代からの付き合いだった父は、なんでも母が僕を妊娠したのをきっかけに、責任を取る恐怖に駆られ蒸発したそうだ。
母は結婚もできず、かといって生来の真面目さから子をおろす事も出来ず、悩んだ末に僕を産んだ。
このとき初めて両親と言い争いをしてしまったそうで、折り合いがつかず、実家に頼ることもできない。
――というのが母と過ごした日々の中からの推測。
二歳児にそのあたりの事情を語る大人なんていないよね。
そういったわけで、現在僕は母とアパートで二人暮らしをしている。
だが暮らしていくにはお金が必要だ。
何をするにもお金がかかる。
母も僕が一歳になるまでは育休を取る予定ではいたが、今後を見据えて早めの復職をした。
一家の大黒柱であり、一児の母。
すでに生きるのに疲れてしまっていた僕ではあるけど、頑張る母を知りながらダラダラと生きていられるほど図太い神経はしていない。
なかなか人生ハードな始まりだが、ここにいる赤ん坊は転生者だ。
僕が母を幸せにする。僕が母を守る。
だからまずは母を仕事へ送り出そう。
二歳児ができること――やって良いことはそう多くない。
読んでいただきありがとうございます。
次回⇒#003「天使降臨!」2020/10/15 06:00更新予定(サブタイは予告なく変わる可能性があります)
改稿履歴
2020/10/18 11:00 アカリが”産休”で休んでいるとしていましたが、”育休”に修正しました。
2020/10/24 01:35 [コメントより]時代背景の整合性に不自然な点があったため、それを示唆する文章を修正しました。
2020/11/14 08:40 マコト(ヤシロ(サタケ))の一人称を変更しました。
2021/04/11 22:05 時代背景の整合性修正漏れを修正しました。
2021/06/27 12:13 マコトの考え方に関する文章を追記。文章全体の見直し(2021/6/27時点までの物語の流れには影響なし)。
2021/11/07 20:10 現代日本へ転生させられた不満点を追記。