俺様王子の無自覚撃退劇 〜溺愛の婚約者を添えて〜
「ティターニア、俺はどうやら真実の愛を見つけてしまったらしい」
「まあ、私以外に?」
「ああ。君以外にも、だ」
わたくしの婚約者である第一王子オリヴァー様は、艶やかな金髪をさらりと手で払いながら、見慣れた不敵な笑みを浮かべた。
透き通る湖のような美しい碧眼が、自信に満ちた光を宿して輝く。
月に一度、王宮の庭園で開かれる茶会にて。
「学園でも顔を合わせるのだから必要ないのではなくて?」の問いに「必要に決まっているだろう。何故なら俺が君に会いたいからな!」との答えで恒例となっている逢瀬の中で、オリヴァー様は何とも爽やかな声音で言い放った。
「夜空を統べる月の女神のような君こそが俺の運命であり真実の愛そのものであると信じていたのだが────どうやら神はこの俺に、月だけではなく太陽も手にせよ、と仰っているようだな」
「あら。わたくし、貴方様こそがわたくしを照らし輝かせる太陽なのだと信じて疑っておりませんでしたわ。その素敵な〝太陽〟の姫君の名を、わたくしにも教えてくださるかしら?」
「アリア・フロレイン侯爵令嬢だ! まさかこの世に君に匹敵する運命が存在するだなんて、俺としても想像もしていなかった驚愕の事実だな!」
「まあ、アリア様でしたのね」
予想していた通りの名前が出たことに思わず微笑んでしまったわたくしに、オリヴァー様は機嫌の良い子猫を見るような愛しげな笑みを浮かべる。
「ああ! 君も驚いたかとは思うが、どうやら彼女もまた、俺が真実の愛を捧げるべき相手のようだ!」
「ふふ、そうですわね。オリヴァー様の愛情を私一人が独占してしまうだなんて、そんな恐れ多いこと、神がお許しになる筈がございませんものね」
「国土の重みにすら勝る君の愛情をこの身に受けた上で、尚も他者の愛を受け取る懐を持つこの俺だからこそ成せる技というところだろうな!」
「ええ、そうね、流石はオリヴァー様ですわ。ところでジゼル、早急に宮廷魔導士を呼んで頂戴、『魅了』の解呪が可能か調べていただきたいの」
にっこりと微笑んだまま、私は傍に立つ侍女に言いつけた。青ざめた顔で給仕用台車の傍に立っていたジゼルは、冷や汗を掻いたまま何度か頷くと、いつになく焦った足取りで素早く王宮内へと駆けて行った。
廊下を駆けていくジゼルを見やったオリヴァー様が、何とも不思議そうにわたくしへと視線を戻す。
「ティターニア? 一体何を?」
オリヴァー様の疑問はもっともだった。王族は皆、古来より『魅了』などの悪意ある魔法を警戒して体に魔法陣を刻んでいる。故に、オリヴァー様が『魅了』にかかる、などという状況自体があり得ない話なのである。
けれども、わたくしはこれが『魅了』によるものだと確信していた。他の誰が否定しようとも、間違いなくそうだと言えた。
「大丈夫よ、オリヴァー様は何も心配なさらないで。それよりアリア様のお話だけれど、今から公妾として立場を得るには、あまりに成績不振が過ぎると思うの。卒業を遅らせるおつもりなのかしら?」
我が国では、公妾について明確な制限がある。少なくとも王都の魔法学園を一定の成績で卒業した者でなければならない。社交の場にも出る廷臣として扱われる以上、あまりにも成績の酷いものは宮廷に入れられないのだ。
アリア様は、はっきり言って落第生も良いところだった。侯爵家に後妻の連れ子として加わらなければ、一生学園の門を潜ることはなかったような人間だ。当然の結果だとも言える。
「それについては問題がない! 何せ、この俺が直々に講義をしているところだからな!」
「まあ、お優しいこと。学年首席のオリヴァー様が教えて下さるのですもの、きっとアリア様も見違えるように成績が上がることでしょうね」
「フフフ、聞いて驚かないでくれ! なんと全教科赤点だったところが、何とか平均に届きそうなくらいには改善したのだ!」
「あら」
酷い、という言葉を、何とか飲み込んで、わたくしは淑女の笑みを浮かべてみせた。
ちなみに、酷いのはアリア様の成績についてだけで、オリヴァー様の手腕自体は素晴らしいものだと言える。
どうやら指南については不得手なわたくしと違って、オリヴァー様は教師としても優れた才を持つようだ。相変わらず、持ち合わせた自信に相応しい才覚に満ちた方である。素敵ね。
わたくしの予想が正しいのであれば、どうやらオリヴァー様は『魅了』の効果に囚われて尚、生来持ち合わせた豪胆さによって確固たる意志を保っているようだった。
『真実の愛』を二つ抱えている辺りがその証左だろう。通常、魅了をかけられた人間は術者を何よりも最優先し、愛することになる。『真実の愛』とやらが二つも存在する筈がないのだ。
けれども、オリヴァー様は現在、わたくしとアリア様を同時に愛すると言っている。
これが彼の単なる心変わりではないことは明確だ。だって、オリヴァー様はわたくしのことがこの世で一等好きなのですもの。
これだけは、たとえ世界が滅んだとしても永遠に変わらぬただ一つの真実である。
仮にオリヴァー様がわたくしを好きでなくなる世界があるとするのなら、その時は世界の方を疑うべきだ。
「おっ、お嬢様! 魔導士の方をお連れしました……!」
「ありがとう、ジゼル」
息を切らして走ってきたジゼルが、魔導士の方をわたくしに紹介する。
第一王子の異変とあっては飛んでくるしか無かったのだろう、冷や汗を掻きながらやってきた老齢の魔導士は、柱に手をつきながら大きく息を吐いていた。
呼吸を整えるのを待つ間に、わたくしはオリヴァー様へと向き直る。
「オリヴァー様、わたくしの我儘を聞いてくださるかしら?」
「無論だ、君が望むならば俺は海すら割って見せようとも!」
「では、今からしばらくの間、目を閉じて待っていて?」
オリヴァー様は豪胆で豪快で時折傲慢ですらある方だが、わたくしの前ではとても素直で可愛らしい方でもあるので、妙な頼みだと言うのに特に疑問を持つでもなく、素直に目を閉じてくださった。
ただ、若干、口付けを期待されている気がする。とりあえず、終わったらしておこうかしら?
静かに待っているオリヴァー様を、魔導士に見せる。熟練の魔導士殿は、少しばかり迷うような仕草を見せた後、諦めたようにオリヴァー様の周囲を観察するように見回った。
妙な間の後に、少しばかり歯切れの悪い声で呟きが落ちる。
「……これはいけませんな、かけた本人に解いて貰わねば」
「貴方程の腕の方がそう判断すると言うことは、事実としてそうなのでしょうね。けれど、何故無理なのか聞いておいても構わなくて?」
「これは……単なる『魅了』では御座いません、恐らくは……異界の術です。故に王族の守りが通じず、オリヴァー様も呪いにかかってしまった訳ですな。性質からして、学園内の警報魔法も作動していないことでしょう。……ティターニア様、この魔法をかけた者に心当たりは?」
「アリア・フロレイン様ですわ」
名を聞くと同時に、魔導士殿は深い溜息を吐いた。フロレイン侯爵家は宮廷魔導機関と学園に多額の寄付を行っている歴史ある名家である。軽率に糾弾する訳にはいかない相手だ。
加えて言うと、アリア・フロレインの施した術が本当に異界のものであるのなら、現行の法律では罪にならない恐れがある。『証拠』の提出が出来ないからだ。魔法による犯罪の立証は、この世界の魔法性質に準じて感知され、証明されなければならない。
「そう。では、しばらくこのままで構わないわ」
「……よろしいのですか? 必要であれば、私めから魔導士団長を通して陛下にご連絡を致しますが……」
「考えてみれば、陛下はご存知ない筈が無いわ。その上で放置しているということは、放っておいても解決するとお考えなのでしょう」
正直に言えば、此処で呪いを解いてもらいたい、というのも単にわたくしの我儘である。
現状、オリヴァー様は王族としては何一つ間違ったことは言っていないからだ。愛した正妻に加えて愛を注ぎたい相手が出来たのなら、権利を与えて娶るのが王の生き方である。
オリヴァー様がわたくし以外に愛を囁くだなんて、到底我慢がならない。しかも、正当な方法で奪われたのならばともかく、邪法の魅了によってだなんて。腹立たしい。
けれども、今回ばかりは致し方あるまい。婚約者であり公爵家の令嬢であるとはいえ、口出し出来る範囲を超える訳にはいかないだろう。
「急に呼び立ててしまって申し訳ありませんでしたわ。この件は解決を待つことに致しますわね」
にっこりと微笑みを浮かべて、謝礼の品をいくつか送る約束をしてから、魔導士殿にはお帰り頂いた。
ついでに、今もなお素直に目を閉じたままのオリヴァー様に軽く口付ける。もうよろしくてよ、と囁けば、澄んだ碧眼は喜びと疑問を半々に浮かべてわたくしを見つめた。
「ティターニア、これは何の検査だったんだ?」
「オリヴァー様の顔色が少し優れないようでしたから、心配になってしまいましたの。それだけですわ」
普段ならばとっくに理由など思い至っているだろうオリヴァー様の察しの悪さからして、やはり魅了は思考回路にまで影響を及ぼしているのだろう。
心配ではあるけれど、今のところ身体的な害が出ている程ではない。陛下が何かお考えならば、私の方も我慢する他ないだろう。お考えなど無いのだと言うのであれば、その時は『やってしまう』だけである。
「それにしても、全教科平均点程度では到底足りませんけれど、卒業までに目標達成できる予定ですの?」
「問題ないな! この俺の手腕を以てすれば、一日七時間、授業外で勉強すれば達成可能だ!」
あらあら、そんなに。
という言葉を飲み込んで、わたくしはとりあえず、いつものように微笑んでおいた。
さて。二週間後。
いっそのことバレないように拷問でもして無理やり解かせてしまおうかしら、なんて思っていたわたくしの悩みの種は、あっけなく溶けて消えることとなった。
「だから!! どうして私が公妾なんて立場でいなければならないのよ!! 私を愛しているんじゃないの!?」
「ああ、勿論! 君のことはティターニアと同じく愛しているとも!! しかしこの俺は知っての通り、我が国の第一王子だ! 愛する君とこの先も添い遂げるには君には公妾として宮廷に勤めて貰わなければならないし、その為には君の惨憺たる成績を改善せねばなるまい!!」
「愛しているなら王妃として娶ってと言ってるのよ!!」
「はっはっは!! アリア!! 君はまさしく太陽のように輝かしい、直視に耐えかねる眩しさだな!!
王妃となるには公妾となるよりも更に厳しい教育を受けねばなるまい、それこそ知に秀でたティターニアですら血の滲むような努力を重ねて到達した地点に、勉学を不得手とする君が辿り着くにはおそらく人生を三回ほど要してしまう!!
愛する君を俺の手元に置くには、少なくとも学園の試験くらいは軽々と解ける程度にはなってもらわなければ困る!! さあ、愛するアリア!! ペンを取るんだ!!!!」
「も、もう嫌!!!! こんなの私が望んだ王子様じゃない!!!!」
そういう訳で、学習室で泣き叫んだアリア・フロレインは自ら『魅了』を解いた。そして二度とオリヴァー様には近寄らない、と決めた。今ではオリヴァー様を見かける度に泣きながら逃げ出す始末である。
陛下はまず間違いなく、こうなると分かっていたのだろう。それにしたって息子の醜聞を放置するのは如何なものかとも思ったのだが、結果から言えば、今回の件は生徒の間ではただの笑い話として処理されてしまった。
『高位貴族を次々に落としていたアリア・フロレインが無謀にも第一王子にも言い寄った結果、婚約者第一主義の王子が身の程を分からせるためにお遊びに付き合ってやった』のだと思われている。
それはそうだろう。オリヴァーは魅了にかけられた際、一度としてわたくしを蔑ろにするような言葉は口にしなかった。
あくまでも自分の第一はティターニア・レステリア公爵令嬢であり、関係を持ちたいのであれば正当な権利を得る義務を怠るな、とこの国の貴族ならば皆知っているようなことを改めて王子としての立場で示していただけである。
ついでに言えば、オリヴァー様は基本的に『天地を我が物と言い放つ超絶俺様主義の第一王子』として名を馳せているので、今回のも『ああ……いつものやつね……』と受け止められたのだった。
魅了が解けたオリヴァー様は、わたくしに丁寧な謝罪をした後、迅速に『異界の術』に対する対応策を練り始めた。
術をかけられた本人にしか分からない解明法というものがあるらしく、昼となく夜となく魔道師団へと通い詰めたオリヴァー様は、その並外れた才でアリア・フロレインの『魅了』を解く方法を探し出した。
それによって、これまで彼女に惑わされていた令息の方々も無事に正気に戻ったらしい。フロレイン家の方でも一悶着あるようで、卒業まで彼女が学園に在籍できるか否か、怪しいところだ。
ということで、事態は一件落着である。
万事解決だと言える。ただ一つ、わたくしの気分を除いて。
勿論、オリヴァー様が魅了にかけられていたことは重々承知している。
『異界の術』である魅了を無理に解いて精神や身体に影響が出るなんてもっての外であるし、このままの調子ならば十中八九付き合いきれなくなったアリアが自ら術を解くことだって予測できた。
わたくしに予測できることならば、当然事情を知っていた宮廷内の人間にも容易に予測できたことだろう。
むしろ最短で解決したと言えることも十分に理解している。頭では分かっている。文句の一つもこぼした覚えはない。
ただ、どうしたって、わたくしの気分だけは別問題だった。
オリヴァー様が他所の女に、それもあんな下劣で卑しい女に愛を囁くだなんて我慢がならなかった。
でも、この状況でみっともない嫉妬心を晒すことは更に耐え難いことだった。
わたくしはオリヴァー様の愛を疑ったことなど一度としてないし、この先も疑うことなどない。『真実の愛』はいつだってわたくしだけのものだ。間違いなく。
わたくしはオリヴァー様を信じて疑ってなどいなかったのだし、その上オリヴァー様は邪法で魅了されていても尚、あれだけの愛情をわたくしに注いでくださったのだから、文句を言うなんてはしたないことだ。
でも嫌なものは嫌。
嫌。
絶対に嫌。
やっぱり素直に待たずに拷問にでもかけてさっさと術を解かせておけば良かったのだわ……なんて思いながら、わたくしはひとりベッドの上で涙を拭った。けれども、拭っても拭っても、どうしようもなく溢れてきてしまう。
人前ではいくらでも取り繕えるけれど、一人の部屋でまで我慢するだなんて無理な話だった。
意識があると気が滅入ることばかり考えてしまう。もう早く眠りに入ってしまおう。そう思ってきつく目を閉じようとしたその時、寝室の窓がひとりでに開いた。
防犯魔法に反応はない。わたくしが屋敷の者以外でこの部屋の開錠魔法を教えたのは、この世でただ一人だ。けれども。そんな。まさか。
「お、オリヴァー様? 婚前の乙女の部屋に入り込むなんて、いくら貴方様でも許されることでは────……!」
「すまない、ティターニア。君を苦しませるような事態に陥ったというのに、俺は愚かなことに謝罪一つで済ませてしまった。ようやくフロレイン家の問題が片付いたから、どうしても、素直な君に会いに行かねばと思って」
現れたオリヴァー様は、開け放った窓をそのままに、そっとベッドの上のわたくしに寄り添った。
思わず身を起こしたわたくしを、オリヴァー様はいつになく優しく、慈しむような、それでいて痛みを堪えるような顔で見つめる。
「辛い思いをさせたな。愛した女性を泣かせるだなんて、完全無欠を謳うこの俺としては自らの首をも捧げなければならない程の大罪だ。
許せなどとは言うまい。愛するティターニア、唯一無二の月の女神たる君以外に愛を囁いた無様な俺を、この先も受け入れてくれるか」
「……わたくしの愛はオリヴァー様だけのものですし、その逆もまた然りですわ。それがこの世の理と言うものでしょう?」
涙を払って微笑んだわたくしに、オリヴァー様も同じく笑みを深めた。
人前では、たとえ愛する人を前であろうと強がってしまうわたくしのことを、彼は正しく理解し、世界で一番に愛してくれている。
だからこそ、私の唯一はオリヴァー様以外に有り得ないのだ。
「そうだな! それこそがこの世の真理というものであり、疑いようのない純然たる事実だ。我々の間には一欠片の猜疑も生まれてはいないし、君と俺は未来永劫、確固たる愛で結ばれるだろう。
しかしティターニア、このままでは俺の気が済まない! この俺が最愛にのみ捧げると決めた愛を横から掠め取られるなど! 愛するティターニア、君に捧げ損ねた俺の愛を、今ここで受け取ってはくれまいか!」
構わなくてよ、と普段のわたくしならば返したことだろう。例えば此処が学園のテラスであったり、いつもの王宮の中庭であったなら、余裕を持って返した筈だ。
だが、今ここはわたくしの寝室で、いくら取り繕おうともわたくしの心はあまりにも無防備で、ドレスの鎧も淑女の盾もないような、そんな状況で愛しの人の愛を受け入れるだなんて、あまりにも過剰な刺激すぎて耐え難かった。
だって、わたくしを見つめるオリヴァー様の瞳が、これまでにないほどに真摯な輝きを宿しているものだから。その視線だけでも、心臓が痛いほどに高鳴るのが分かった。
だから、断ろうと思った。思ったのだ。
けれども、音を紡ぐよりも速く、オリヴァー様は開かれたわたくしの唇から言葉を奪うかのように口付けを落とした。
思わず身を強張らせたわたくしを見下ろしたオリヴァー様が、愛おしげな笑みを浮かべる。
「ティターニア。俺は生涯、君だけを愛している」
それはもはや、眩暈がするほどの愛しさが籠った声音だった。
オリヴァー様は日頃から、これ以上ないくらいに明朗快活な話し方をなさる。彼の声は、非常によく通る。勿論、オリヴァー様の声ははっきりと響く張りのある声音でも素晴らしいと思っている。
けれども、わたくしはどうにも、ゆったりと囁くように響くオリヴァー様の声に、どうしようもなく弱いのだった。そう、つまりは、今のような。
同じ言葉を返したいのに、それすら出来ずに真っ赤な顔で固まったわたくしに、オリヴァー様は全てを理解した顔で小さく苦笑すると、もう一度だけ、軽い口付けを残して身を翻した。
「お嬢様!」
微かに頬を染めたオリヴァー様が何処か逃げるように再び窓から姿を消したのと、寝室の扉が開かれたのは、殆ど同時だと言ってよかった。
魔法効果の付与された箒を武器代わりに携えたジゼルが、ベッドの上で力が抜けたように横たわったわたくしを十秒眺めた後、訝しげな声で尋ねる。
「今、此処に王子殿下がいらっしゃいませんでした?」
「…………い、いないわ」
「彼の方、声が非常によく通るんですが」
「いないわ! 少しもいなかったわ!」
真っ赤な顔で、涙目で叫んだわたくしに、ジゼルは小さな声で「次にやったら流石に旦那様に言いつけますからね」とだけ呟いて、静かに退室した。
後に残されたのは、ベッドの上で頬を押さえて唸るわたくしのみである。
そうして、羞恥と喜びで随分と寝入るのに苦労したわたくしは、翌日が休日であることに深く感謝することとなった。