『第6回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品集
ちょっと散歩に行ってきます
「あら、また散歩?」
「ちょっと息抜きしてくる」
「風冷たいからちゃんと暖かくしていくのよ?」
「わかってる」
マフラーを締め玄関を出る。
危ねえ……コートがなかったらお気に入り着てることがバレて変に勘繰られていたところだ。
母さんには勉強の息抜きだって言ったけど、半分は嘘。
先週、散歩中にクラスメイトに会って――――もしかしたらまた偶然会えるんじゃないかって毎日同じ時間に散歩に出るようになってしまった。
まあ……実際息抜きにはなってるし、ドキドキしている時間も嫌いじゃない。
「あら、また散歩?」
「うん、歩くと頭がスッキリするから」
「ふーん、その割にはずいぶんお洒落してない?」
「油断してる格好で誰かに会ったら恥ずかしいでしょ!」
ふう……危なかった。たしかに散歩に行く格好ではなかったかも。明日からは気を付けよう。
でも、まさか彼と偶然会えるなんて。キミも散歩? って聞かれたから咄嗟にうん、って答えてしまったけど嘘はついていない。
実際……もしかしたらって期待を捨てられなくて今日もここへ散歩に来ているわけで。
(会えると良いな)
(会えたら良いな)
(もし会ったらなんて声かけよう)
(ヤバい……もし会ったらなんて言ったら自然かな?)
(歩きながら話すくらい変じゃないよな?)
(一緒に散歩しませんかって誘ってみようかな?)
冷たい風が吹きつけるけれど心の中はポカポカ暖かい。
誰かさんを想って顔がほてってしまうくらい。
公園のベンチに腰掛けて一休み。
道行く人を眺めてみれば――――
「あ……!!」
「え……!?」
道を挟んだ向かい側で互いの顔が紅葉のように真っ赤に染まる。
「や、やあ! また会うなんてすごい偶然だね、散歩?」
「う、うん、本当にすごい偶然」
(偶然じゃないけど)
(ごめんなさい狙ってました)
「この公園良いよね」
「わかる! 特にこの季節紅葉綺麗だし穴場だよね」
(この距離で話してるのってさすがに変……だよな)
(うっ、道行く人が変な目で私たちを見てる)
「ち、ちょっと歩きながら話さない?」
「そ、そうだね! 私もそんな気分かも!」
(緊張して話が全然入って来ない)
(ヤバい、私今絶対顔赤い……)
「ただいま」
「お帰り、なんか良いことあった?」
「べ、別に?」
「ただいま」
「お帰り、顔赤いわよ?」
「そ、そんなわけないし」
明日の天気予報は雨。
「母さん、レインコートどこだっけ?」
「ママ、レインコートどこ?」
((神さま、明日も偶然会えますように))