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74.反撃の蔦

 アグレアスは鬱陶しいと言わんばかりに深く息を吐いた。闘技場の対面から進んで来るライオネル達が持つ武器。その光と、その数に、眉間に皺を寄せる。


「……なるほど、数で攻めて来たわけですか。矮小な武器をいくら集めたとて、敵う相手ではないでしょうに。とはいえ、目障りですね。……やはり元凶を断つのが先決でしょうか」


 そう呟くと、視線をアリーナを走る奇妙な馬車に向ける。

 ぱちりと指を鳴らすと、アグレアスの下半身がどろりと溶けて、すぐ傍の不死(アンデッド)スライムと融合した。


「……ひぃ……っ」


 後方から、恐れるような引き攣った声を上げたのは、ついさっきまで不老不死に惹かれていた貴族だ。

 アグレアスは呆れたような冷笑を浮かべる。


「素晴らしいでしょう。策はこれだけではありませんが」


 得意げに言葉を紡いでもう一度指を鳴らせば、アグレアスの半身と交わる不死(アンデッド)スライムの粘液は、四つ足の獣のような形に姿を変える。

 その奇怪な変化を見て、国王も宰相も、貴族たちも言葉を失っていた。


 ぐわりと不死(アンデッド)スライムの波が大きく膨らみ、再び貴賓席が大きく揺れる。悲鳴があちらこちらで上がる中を、まるで絨毯の敷かれた道でも進むように変異したアグレアスは駆けて行った。



 ◆◆◆



 アリーナを走る馬車の、荷台部分の小屋の中では、ギルバートが落ち着きなく周囲を見回していた。


 人力で引くなら自分も降りて重量を軽くしようと思ったが、鍛冶職人の村特製の馬車の荷台は、魔法が掛かっていて重量が変わらないのだと言われ、さらには秘密兵器は隠れていろとまで言われてしまった。

 自分以外の戦える者は皆動いている中で、一人取り残されたようで落ち着かない。


 天窓から外を窺っているフローラも、同じく窓から外をじっと見ているチェルシーも、不安げな表情をしている。それを見てまた余計に居ても立っても居られない気分で、立ち上がったり歩き回ったりを繰り返してしまう。バーバラが呆れたように笑っていた。


 フローラの居る天窓は、二段ベッドの上段の天井部分に空いている。ベッドの枠に戦斧を立てかけて、そこまで行って隣に座り、そっと肩を並べた。振り返ったフローラは笑んで見せるが、それは少しぎこちない。

 そんな表情をさせているのが例の元夫だと思うと、何とも言い難い、嫉妬やら怒りやら後ろめたさやら、良くない感情が渦巻くのを自覚して、自己嫌悪する。


 ──いつだったか、颯爽と助けてやるって約束したのは俺だ。


 自分に言い聞かせて、ギルバートは革鎧の胸の辺りに手を当てる。革鎧の下に着こんだシャツの胸ポケットには、まだ渡せていないフローラへの贈り物がある。今これを渡すのは卑怯だろうか、なんて余計な事を考えて、相変わらず渡せていないのだ。


 本当はもう一つ、この状況では言い出せない言葉を飲み込んでいる。深呼吸をして、気持ちを切り替えるつもりで視線を彷徨わせた。視界のほとんどを埋め尽くすのは、例の鉄食いの不死(アンデッド)スライムだ。


 ──まずは、俺は俺に出来る事を。


 そう考えて見上げれば雨季にしては珍しく晴天で、この地獄のような光景には不釣り合いなほどの、抜けるような青空が広がっている。


 ──これじゃ、前みたいに雷が落ちて来てくれそうにはないな……。

 

 空を見上げながら、眉間に皺を寄せ考えこんでいると、すぐ隣のフローラが息を飲む気配がした。

 彼女が見ている方に目をやれば、数人の騎士と思しき者が、壁を背に身を寄せて粘液の波に耐えているのが見えた。




 いよいよ出番かと、ベッドの縁に立てかけた戦斧に手を伸ばした時、馬車が突然大きくぐらりと揺れた。


 咄嗟にフローラを庇って支えたが、そのまま馬車は勢い良く横転して、天窓から二人揃って地面に投げ出されてしまった。フローラの身体を抱え込むようにして受け身を取るので精一杯だ。


「っ、なんだ……!?」


 声を上げ状況を確認すれば、目の前に赤黒い不死(アンデッド)スライムの山が盛り上がっている。まるで突然現れた壁のようだった。


「ギルバート! 無事か!?」


 傭兵の叫び声がして振り返れば、同じく御者台から投げ出されたドルフ達が険しい表情で辺りを見ていた。天窓から投げ出されたせいで少し距離がある。


「怪我はない! そっちは!」

「こちらも怪我人は居ないが……、おい、ギルバート! 後ろ!」


 傭兵の男が再び声を張り上げて、ギルバートは後ろを振り返った。いつの間にかジエメルドの騎士の恰好をした男が数人、剣を抜いてこちらに迫っていた。彼らは無表情で目は虚ろだ。だが、明らかにこちらに敵意を向けている様子だった。


「気を付けろ! 例の不死(アンデッド)化したジエメルドの騎士だろう!」


 御者台から投げ出されたのだろう、すぐ傍に居た司祭シドニーが駆け寄って来る。


「……まずいな。武器が……」


 天窓から投げ出されたせいで戦斧が無い。辛うじて見つかったのは、普段から携帯していた木材加工用の小型ナイフだ。

 それを手にギルバートは、フローラを護るように抱き寄せて立ち上がる。しかし、いつの間に回り込まれたのか、馬車との間にも騎士が一人立っていた。

 シドニーは背を預けるようにして、フローラとギルバートを囲む結界を張った。


「……ギルバート、もしかするとだが、儂の結界は、こやつらには効かんかもしれん……」


 背中越しにシドニーが小声で伝えてくる言葉に、ギルバートは顔を顰めた。


「それは、どういう事だ……?」

「ジエメルド領での戦いを覚えておるな。あの時、救助した公爵や騎士達は、体内から不死(アンデッド)化していただろう? だが儂らはその事に、領都に戻るまで気付かなかった。あの時、途中で儂が張っていた広域結界を、彼らは素通りしたという事だ」


 司祭シドニーの言わんとしている事を察して、ギルバートは小さく息を吐いた。


「言うなれば、成りそこないだからか……?」

「うむ。魔獣と違って、中途半端に不死(アンデッド)化した人間は、負傷兵のようなもの。儂の結界はそういう者を排除しない。その術式が、今ここで裏目に出た可能性が……」


 シドニーが言い切らないうちに、後方で金属のぶつかる音がした。僅かに視線を向けて確認すれば、馬車を護るように傭兵達が応戦していた。


「くそ、なんだこいつら……! 行方不明だった、例のジエメルドの上官どもか……」


 傭兵の苦しそうな声がする。彼らでは熟練の騎士相手の対人戦では分が悪い。


 ギルバートは奥歯を噛んで、周囲を再度見渡した。こちら側に居る敵騎士は、威嚇するようにやけにゆっくりと近付いてくる。抱き込んでいるフローラが微かに震えているのがわかった。


 ──後ろの奴を何とか回避して、馬車まで戦斧を取りに……戻れるか!?


 そんな事を考えて位置を確認しているうち、敵騎士の一人が斬り込んで来た。その一閃を咄嗟に小型ナイフで斬り弾く。

 古傷で剣の持てないギルバートの利き腕は、しかしフローラの料理と日々のリハビリの成果か、随分と復調している。それでも凌ぐのがやっとで、小型のナイフ一本で騎士を複数相手に戦える程では無い。


「こいつら、狙いは俺達じゃねえな。馬車ばっかり狙ってやがる……!」


 ふいに傭兵の声が聞こえた。続いてドルフが叫ぶ。


「なんと!? 皆の者、婆さんとフローラちゃんを護れ! そいつらの狙いは、魔法使いだ!」


 ギルバートはそれを聞くや否やフローラを背に庇おうとした。騎士の剣が再び振り上げられ、再度ナイフで弾くが、フローラの髪が一房斬られて地に落ちる。


 ──くそ、これじゃ例の聖騎士を助ける前に……。いいや駄目だ、フローラさんは絶対に護る!


 奥歯を噛み締めて前方の騎士を睨んでいると、再び地面が大きく揺れた。

 足元の、アリーナの床に張られた木板がびきびきと嫌な音を立てる。立っていられない程の衝撃が来て、ギルバート達はバランスを大きく崩した。


 まるでそのタイミングを狙ったように、敵騎士の剣が再びフローラに向けられる。


「フローラさん……!!」


 ギルバートは叫び、もういっそ身体ごと突っ込んでフローラの盾になろうと地を蹴った。フローラを腕に抱き込んで、肩で剣の一閃を受けるつもりで歯を食いしばる。

 だが衝撃の代わりに、くすぐったいような妙な感覚と共に身体が何かに包まれた。


「ぎ、ギルバートさん……!」


 フローラの驚いたような声に顔をあげれば、何故だか視界は緑色に塗りつぶされている。よくよく見れば、それは青々としたアイビーの茂みにしか見えない。


「えっ……?」

「ギルバートさんに貰ったブローチが、護ってくれたみたいです……たぶん、髪飾りも……!」


 そう言われて、フローラに回していた腕を緩めれば、彼女のその胸元から、そして後頭部の辺りから、アイビーの蔦がまるで装飾のように生い茂っている。小さな花まで咲いていた。


 更に周囲に目を向ければ、敵騎士が剣を振り上げた姿勢のまま、アイビーの蔦に雁字搦めにされていた。








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アイビーの花? 調べてみたら、ちょうど今頃が花時のようですね。 ……作中の季節は何時でしたっけ?
ギルバート、胸ポケットのプレゼントを フローラに渡すのは今です。 それで彼女の護りは万全です!
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