67.王都侵入作戦
侯爵令嬢のアマンダ様と合流して一日半ほど旅路を経た早朝、ライオネル様率いる、わたくし達一行は密かに王都入りを果たしました。
不死魔獣を利用して何かを企てているジエメルド公爵のご子息は、既に国の中枢に入り込んでいると聞きます。正面からでは警戒される事が予想され、ベレスフォルド侯爵家の手引きとゴリアテ様の協力の元、商隊を装って都入りし、そのまま王都のベレスフォルド侯爵邸に招かれました。
「王都に来るなんて何十年ぶりかのぉ。しかし妙に静かじゃな」
王都に着いてからの道中を振り返って、ドルフさんが不思議そうな顔をしています。
「本日は北の闘技場で、観覧討伐などという見世物行事が行われますのよ。街に人が少ないのはそのせいですわ」
観覧討伐という聞き慣れない言葉を耳にして、ライオネル様達は怪訝な顔をされています。
それからアマンダ様はわたくしの方を向きました。
「フローラさん、貴女に会わせたい方がおりますの」
そう言われて、わたくし達はベレスフォルド邸の客間に通されました。
「フローラさん……!?」
「チェルシーさん! 良かった、ご無事でしたか!」
そこに居たのは、王都での無事が一番気掛かりだったチェルシーさんでした。アマンダ様のお屋敷に居るのは不思議でしたが、再会の喜びに浮かれて抱き合ってしまいました。
「フローラさんも、無事で良かった。後ろの方々は……?」
チェルシーさんは涙ぐんでもう一度抱きしめてくれた後で、わたくしの後ろに目を向けました。
ギルバートさんとドルフさん、バーバラさんが顔を見合わせると、そのまま何故か皆さんが整列しだします。司祭シドニー様も、ケルヴィム領からずっと一緒の私兵団員さんや傭兵さん達も、聖職者様も、それからライオネル様に黒騎士の皆さん、ゴリアテさんもです。
この街を、一人で旅立ったのはいつだったか。それほど長く経ってはいないのに、遥か遠い記憶のよう。
心強く大切な人達がこんなにも増えて、そのお陰で迷いも憂いも無くもう一度この街に戻って来られたのだと、今その事が胸に染みます。
せっかく並んでくださったので、一人一人紹介しようとした矢先、客間の外が騒がしくなりました。
護衛を連れて部屋に駆け込んで来たのは、わたくしの記憶が確かなら、王太子アレクシス殿下です。
「ああ、良かった、皆すでに到着していたか。すまない、説明は後だ。手当の出来る聖職者を借りられるだろうか」
挨拶をする間もなく、王太子殿下はライオネル様に向かってそう指示され、呼応するようにシドニー様も頷いて部屋を出ます。その場の全員が後を追いました。
侯爵邸の前庭には、泥まみれで意識の無い聖職者と思しき方々が十数人運び込まれています。
「王都の地下水路に囚われていた。司教パウエル様と数名が結界で身を護っていたようだが、衰弱が酷い。手当を頼む」
全員で手分けして、ベレスフォルド邸の大広間を借りて収容し、聖職者様が治癒を施します。幸い大きな怪我をしている方は居ない様子。
それから近衛兵の方々が、縄で幾重にも拘束され、結界で囲われた騎士のような方を運び入れました。その男性はジエメルドの騎士服を着ています。
「殿下、こちらは如何します?」
近衛兵の方が険しい顔をしています。
ライオネル様と司祭シドニー様が何かに気付いたように駆け寄りました。
「顔に見覚えがある。恐らく行方不明だったジエメルド騎士団の上官の一人だな」
「この男……不死化しておるな……」
「……やはり、そうか……。途中で襲撃され、応戦中に斬りつけた傷が、その……再生しているのを見た……」
近衛兵の方が狼狽えています。人間の不死化という恐ろしさに、王太子殿下もアマンダ様も息を飲むのが見えました。
「しかし、通常の不死魔獣のように腐肉に塗れているわけでもなく、殆ど健常な人間と外見は変わらないが」
アレクシス王太子殿下が問えば、シドニー様が頷きます。
「内部からの変化ゆえに。言うなれば、彼もまだ不完全な状態と言えましょう。完全に不死化しても果たしてこのままなのかはわからぬが……。さて、ではフローラさん、例の物を頼めるかな」
シドニー様は、こちらを向いて顔の皺を深くして笑います。わたくしは力いっぱい頷きました。隣に立っていたバーバラさんが、「出番だね」と小声で言って、ぽんとわたくしの背中を叩きます。
「はい……! アマンダ様、厨房をお借り出来ますか?」
「え……? ええ、勿論ですわ!」
アマンダ様は戸惑い、きょとんとした顔をされていました。
早速案内された厨房に移動して、魔法のお鍋を取り出して、まずは聖職者様に聖水を作っていただきました。
今回は短時間での身体への吸収速度を考慮して、甘いパン粥風のスープを作ります。蒸留酒のアルコールを熱して飛ばしたら、麦芽糖の水飴をたっぷり入れて、聖水と牛乳を加えて温めます。それからアマンダ様に侯爵家のパンを分けていただいて、それを浸して煮崩していきます。
鍋を火に掛けていると、窓の外から風に乗ってかすかに遠く、楽隊のファンファーレが聞こえてきました。
「……例の、観覧討伐が始まったのでしょうか」
「ケビン、大丈夫かな……」
手伝ってくれていたチェルシーさんが心配そうな顔をしています。
「ケビンさんも、王国騎士団ですものね……」
王国騎士団員は全員、観覧討伐に参加しているのだそう。
「それなら、助けに行かなきゃな。ついさっき、パウエル司教の意識が戻ったんだ」
ちょうど厨房に駆けてきたギルバートさんが、そう声を掛けて来ました。
「話によれば、やっぱり例の不死スライムが地下水路に居たらしい。昨日の夜中頃から、突然どこかに移動してしまったって話だ。観覧討伐とやらに仕込まれてるんじゃないかって」
それを聞いて困惑して不安の色を濃くするチェルシーさんに、ギルバートさんが焦ったような顔をしました。
「あああ、えっと、チェルシーさん、安心してくれ。フローラさんの大事な人の大事な人は、俺にとっても大事だ、つまり、何があっても助けるから……!」
ギルバートさんの慌てたような、それでも力強い言葉に、チェルシーさんは少し肩の力が抜けた様子。
「ギルバートさんは、わたくし達の自慢の秘密兵器なので、頼もしいんですよ!」
ドルフさんやバーバラさんの真似をして、ほんの少しの冗談も混ぜてそう言えば、ギルバートさんは困ったように笑っています。耳が赤いのできっと照れ隠しですね。
でも、冗談めかしても、紛れもない事実でもあります。どういうわけか、ギルバートさんが笑っていると何にも負ける気がしないのです。
例の不死騎士さんには、ドルフさんとシドニー様が無理やりスープを飲ませました。ドルフさんが昔作ったという漏斗を荷物の中に見つけて、綺麗に洗って改造したのです。何だか凄い光景でしたが、スープは効いているようです。
「さて、ではその鍋の中身ごと持って、出発じゃな」
ドルフさんが真面目な顔をしてそう告げます。鍋の中身が減らなかったので、つまりは、まだこのスープが必要な人が居るという事なのでしょう。
準備を整えて、ベレスフォルド侯爵邸を出発します。