スタイル
既に本屋さんに並んでいるかもしれませんが
【俺は星間国家の悪徳領主! 7巻】が明日発売!!
特典情報は活動報告で公表しておりますので、ご確認よろしくお願いします!
「はぁ――はぁ――」
心臓が張り裂けそうなほど音を立てていた。
いくら呼吸をしても酸素が足らず、苦しくて仕方がない。
噴き出た汗で体が濡れている。
筋肉や骨が悲鳴を上げ、体がもう限界だと伝えてくる。
全身を覆う特殊スーツに身を包んだエマは、両手で防御の構えを取っていた。
「もう限界なのかしら?」
リング上で相手にしているのは、トレーニングウェアを着用したマリーだった。
手にグローブを装着しているだけで、後は薄手のウェアのみ。
特殊な防御スーツを着用しているエマとは正反対だ。
エマの方は、対ショック性を追求した膨らみのあるスーツになっている。
見ようによっては、人型のサンドバッグを相手にマリーが打撃を打ち込んでいるようにしか見えないだろう。
ただ、そんなエマの手にはショックソードが握られている。
周囲には武器が散乱しており、これまでに色んな武器をエマが試したのがうかがえた。
(酸素が足りない。頭がボンヤリしてくる――)
マリーの打撃を受けても倒れずにいられるのは、特殊スーツのおかげだ。
しかし、呼吸が苦しく、スーツ自体が重いため思うように動けない。
エマも騎士として鍛えてはいたが、それでもマリーの相手をするのは過酷すぎた。
そんなエマに、マリーは拳や蹴りを放ちながら教える。
「お行儀の良い戦い方を捨てるのね。自分に合ったスタイルを探して追求しなさい。殻を破らない限り、いつまでもヒヨコのままでしてよっ!」
マリーの蹴りがエマの腹部に突き刺さると、そのままリングの隅に吹き飛ばされる。
エマが倒れ込んで動かなくなると、マリーは小さくため息を吐く。
僅かに滲んだ汗を拭いつつ。
「強くなりたいのなら、騎士学校で学んだ戦闘スタイルは捨てなさい。アタランテのパイロット、あなたには似合わないわ」
「そ、そう言われても、騎士学校では一通りの武器を扱ってきました。その中で、自分に合ったものを選んだわけでして――」
乱れた呼吸をしながら答えるエマに、マリーは深いため息を吐く。
「短期教育の弊害ですわね。型にはまる騎士なら問題なくても、型破りな騎士には息苦しいでしょうに」
エマにではなく、この場にいない誰か――騎士たちの教育を任せられた人物に向け、マリーは愚痴をこぼしていた。
マリーは倒れたエマを掴んで立たせると、トレーニングの再開を告げる。
「自分のスタイルを見つけるまで、徹底的に追い込んであげるわ。――壊れる前に見つけられると良いわね」
加虐的な笑みを浮かべるマリーを前に、エマはゾッとする。
既に体は限界で、精神も追い込まれている。
今すぐ逃げ出したいという気持ちが強いのだが――。
「はぁ――はぁ――」
――エマは持っていたソードタイプのショックソードを捨てて、ランスタイプを手に取る。
(逃げたい――でも――あたしは自分のスタイルを見つけたい。もっと強くなりたい!)
騎士として強くなりたい。
そして、マリーとトレーニングを積み重ねれば、今までの自分を越えられそうな気がした。
そしたら――自分は憧れのあの人に少しは近付けるかもしれないから。
諦めないエマの姿を見て、マリーの口角は上がる。
とても品の良い笑みとは言えないが、マリーは上機嫌になった。
「その根性、あたくしは評価しますわよ」
◇
いつの間にか、エマは気を失っていた。
(あれ? あたしはトレーニング中だったような?)
周囲の喧騒に気付いて目を覚ますと、エマがいたのは艦内にある騎士用のラウンジだった。
ラウンジとは言っても、バーのようにカウンターが用意されて酒も並べられている。
テーブル席には騎士たちがいて、酒盛りを行っていた。
男女に関係なく騒ぎ、喧嘩をしている席もある。
幼い頃に父親を迎えに行った際に見た酒場の光景よりも、騒がしくて荒々しかった。
高級感の漂うラウンジには似つかわしくない光景が広がっている。
エマが驚きすぎて声も出ずにいると、ヘイディが気付いて近付いてくる。
「お目覚めかい、アタランテのパイロット」
「へ? あ、はい」
状況の飲み込めないエマを見て、察したらしいヘイディが説明してくれる。
「倒れたお前さんをマリーが連れて来たんだよ」
「マリー様が?」
視線でマリーを捜してみると、今はカウンター席で高級酒をグラスに注がず瓶のまま飲んでいた。
エマが僅かに引いていると、マリーが気付く。
空になった酒瓶を置き、代わりの酒瓶を手に取ると席を立ってエマの方に近付いてくる。
「目が覚めたようね。一杯どうかしら?」
酒瓶を渡されたエマは、慌てて頭を振る。
「す、すすす、すみません。飲んだことがなくて」
「あら? 今の若手は本当に行儀が良いわね。あたくしの乱暴な部下たちにも見習って欲しいわ」
そんなことを言うマリーに、周囲の騎士たち――マリーの部下たちは爆笑していた。
「マリーの姉御がお淑やかになれとさ!」
「一番お行儀が良くない癖に!」
「笑わせてくれるぜ!」
上官に対して無礼な物言いをする部下たちに、エマが冷や汗を流す。
マリーはバンフィールド家でも最上位のランクに位置している騎士である。
エマからすれば、無礼な物言いは絶対に許されない相手だ。
すると、マリーが振り返って部下たちに言う。
「ぶち殺しますわよ」
笑顔でそう言うと、部下たちはすぐに大人しくなる。
「サーセン」
「怒られちまった」
「あ~、笑った。笑った」
軽い返事をする部下たち。
しかし、エマは見抜いていた。
部下たちがマリーを上官としてだけでなく、騎士として――人間として敬っているのが伝わってくる。
(あたしの小隊とは大違いだ)
率いる人数もマリーの方が多くて大変なのに、自分はたった三人の部下もまともに率いられない――そう考えて落ち込むと、ヘイディが気付いたらしい。
「どうした、アタランテのパイロット?」
「――あたしの小隊とは雰囲気が違うので、ちょっと驚きました」
「そりゃあ、お行儀のいいお前さんたちとうちでは違うわな」
「いえ、そういう意味じゃないんです。――あたし、小隊をうまくまとめられなくて」
エマが自分は小隊長として情けないと相談すると、ヘイディがマリーの方に顔を向ける。
近くの椅子に腰掛けていたマリーは、エマの相談に乗ることにしたらしい。
「メレアも元は辺境治安維持部隊でしたわね」
それを聞いて、周囲も何かを察したらしい。
酒を飲みつつ、エマの話に耳を傾ける。
マリーがエマに尋ねる。
「それで、アタランテのパイロットはどうしたいのかしら?」
「それは――普通とは言いませんが、まともな小隊になって欲しいです」
エマの希望を打ち砕くように、マリーは即答する。
「無理ね。あの小隊は変わらないわ」
「え? で、でも」
「メレア自体の問題なのよ。もしも、本気で解決したいのなら、あなたがメレアを率いなさいな」
メレアを率いろと言われ、エマは咄嗟に頭を振る。
「む、無理ですよ! あたしは騎士でも中尉ですし、全然階級が足りないですし!」
エマの慌てる様子を見ていたマリーが、悪戯っ子のような顔をしていた。
「確かに階級が足りていないようだけど、バンフィールド家では騎士ランクも評価の対象になるのよ。そうね――大尉にでもなれば、今の大佐と同列で指揮が執れるようになるわね」
「そ、そんなにですか!?」
騎士ならば階級が低くても、上官を指揮下に置けるとは聞いたことがあった。
だが、ここまでとはエマも思ってもいなかった。
困惑しているエマに、ヘイディが補足をする。
「うちでは明確な決まりがないからな。まとめる騎士の器量によるのさ」
「器量ですか? だったら、あたしは難しそうです」
落ち込むエマを見て、マリーが真剣な表情をする。
「あなたがまとめられないのなら、帰還後にあなたの部隊は解散させるわ。メレアもラクーンも、相応しい部隊に回してあげるほうがバンフィールド家のためになるもの」
「そんな!?」
マリーの決定に反論しようとするエマだったが、先の戦いを思い出すと何も言えなくなってしまう。
ヘイディが会話に割り込んでくる。
「お前さんが気にかけてやる必要があるのか? ざっと調べてみたが、個人的には擁護する気も起きない連中に思えるが?」
不思議そうな顔をするヘイディに、エマは庇う理由を述べようとして――言葉が出て来なかった。
確かに、見捨てた方が正しい選択のように感じる。
マリーが言う。
「気にしなくても、あなたは今後もアタランテのパイロットを続けてもらうわ。それがあのお方の意志であるならば、あたくしたちに口を出す権利はないもの。――でも、メレアのクルーは別よ」
――メレアのクルーをどうして庇うのか? 周囲の問うような視線に、エマは答えを言えずにいた。
しかし、心が言っている。
(あたしはメレアの人たちに、同情しているだけかもしれない)
旧バンフィールド家を支え、今は心が折れた軍人たち。
今では酷い有様だが、それでもバンフィールド家の本星であるハイドラを守ってきたのは事実である。
そんな彼らを救いたいという気持ちがある。
「それでも、あたしはメレアのクルーに立ち直って欲しいです」
エマのわがままを聞いて、ヘイディが肩をすくめる。
「頑固だね~。それはそれとして、ちょっと聞きたいんだが?」
「何でしょうか?」
エマが首をかしげると、ヘイディが真面目な顔をして尋ねてくる。
「お前さんはどっち派だい?」
「へ? どっち派?」
「色々とあるだろ? 世話になっている騎士とか誰かいないのか?」
問われたので思い浮かべる。
すると、一人の人物が思い浮かぶ。
「お世話になったなら――クローディア教官でしょうか? 昇格の推薦してもらいましたし」
それを聞いて、周囲の騎士たちが殺気立つ。
「クローディア? クローディア・ベルトラン!? そいつはクリスティアナ派の幹部じゃねーか! お前、まさかクリスティアナ派かよ!!」
「てめぇ、よくも俺たちの前に顔を出せたな!」
「マリーの前でよくも言えたな、糞ガキが!!」
激高する騎士たち。
エマはアタフタとする。
「いえ、あの、あたし自身は派閥とかよくわからないかな~って」
冷や汗をかいて視線をさまよわせるエマに、騎士の一人が指をさす。
「答えを濁して生きて帰れると思うなよ!」
ラウンジが殺気立ち、今にも周囲が武器を手に取りそうになっていた。
だが、エマを指さしていた騎士に、マリーが持っていた酒瓶を脳天に振り下ろした。
(えぇぇぇ!? マリー様、何をしているんですかぁぁぁ!?)
あまりの光景にエマは声が出なかった。
瓶が割れて、中身がぶちまけられ、頭を打たれた騎士が床に倒れ伏すと――マリーが周囲を睨み付ける。
「あたくしの客に文句があるのかしら? ――ある奴は前に出ろ」
ドスの利いた声で前に出ろと言われると、興奮していた騎士たちが静かになる。
「――ありません」
皆が借りてきた猫のように大人しくなり、そのまま大人しく席に着いた。
圧倒的強者に従う荒くれ者たち――それが、エマから見たマリー率いる騎士たちの姿だった。
ブライアン(´;ω;`)「……本編と変わらなくて辛いです。それはそれとして、いよいよ明日【5月25日】は 【俺は星間国家の悪徳領主! 7巻】 の発売日でございます。皆様、是非とも書籍でも電子書籍でも構いませんので、ご購入お願い申し上げます」