表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/60

第一話:新入生勧誘期間

【特報】第4部、執筆決定!

読者のみなさま!

たくさんの『ポイント評価』による応援、本当に……本当にありがとうございます!

皆様のおかげで、『第4部を書くという覚悟』が固まりました!

本日より、連載再開します!


また『あとがき』にとても大切なおしらせがあるので、最後まで読んでいただけると嬉しいです……っ。


 ルナがレオナード教国を拳で消し飛ばした日から一夜明け――時刻は午前八時三十分。


「……」


 聖女学院の制服を着た彼女は、砂糖とミルクたっぷりの『お子様紅茶』を飲みながら、今朝の新聞に目を通す。


■伝説の聖女パーティ『大剣士』ゼル様の生存確認!


■突如現れたゼル様が、聖王国の樹立を宣言! 背後には聖女様とシルバーの影も!?


■タムール砂漠に出現した謎の超巨大クレーター! レオナード教国の魔法実験が失敗か!?


 ヘッドラインには、昨日の一件がデカデカと載っていた。


(……どうしよう、思ったよりも凄い騒ぎになってる……っ)


 ルナが青い顔をしていると、朝支度を済ませたローがやってくる。


「ルナ様、そろそろ登校する時間です。お忘れ物はないですか?」


「うん、大丈夫」


「では、参りましょう」


 学生寮から本校舎までの短い道中、


(はぁ……なんか大変なことになっちゃったなぁ……)


 ルナはため息をつきながら、昨日の一件を思い返す。


 ゼルが聖王国樹立の宣言をした後、スペディオ領では()めや歌えやの大宴会が開かれた。

 四大国の搾取(さくしゅ)から解放される喜び、独立という自由への興奮、聖女・シルバー・ゼルのお墨付きという高揚感――それら全てが混ざり合った結果、領民たちは狂喜乱舞したのだ。


 そんな中、オウル・レイオス・カースの聖騎士三人組は、せっかく抑えた宿屋をキャンセルし、王都への帰路に就こうとしていた。


【それじゃシルバー、予定よりもちょっと早いけど、ボクたちはもう行くよ】


【スペディオ領の独立、聖女様を頂点とした聖王国の樹立……大至急ニルヴァさんに報告する必要があるのでな】


【嫌やぁ! ボクもう疲れて一歩も動かれへん! 今日は大人しくここで一泊して、明日ゆっくり帰りましょうや!】


 泣き(わめ)くカースを無視して、オウルとレイオスは街道を進んで行った。


 おそらく今頃は宰相(さいしょう)ニルヴァ・シュタインドルフに報告を済ませ、王国上層部で本件の対応策を協議している頃だろう。


(……聖王国、か……)


 あくまで現時点において――ルナはあまり乗り気じゃなかった。

 わざわざ国を造る意味を、その必要性を見い出せなかったのだ。


(ゼル、本気なのかな? ……あの感じはきっと本気だよね……)


 聖王国の建国宣言が為された後のやり取りを思い返す。


【ゼル、さっきのアレはどういうつもり!? 私、国を造るなんて聞いてないよ!?】


【聖女様、この不肖(ふしょう)ゼルにお任せください。今度こそ必ず、あなたが幸せに暮らせる世界を作って見せます……!】


 彼はその場で(ひざまず)き、強い意志を秘めた紅い瞳で、真っ直ぐルナを見つめ――押しに弱い聖女様は【えっと、じゃあ……任せる】と一任した。


(本人は(がん)として認めないけど、ゼルはちょっと抜けたところがあるからなぁ……心配だ)


 この主人にして、この忠臣あり。

 ルナとゼルはお互いのことを「抜けたところがある」と認識していた。


「――ルナ様、大丈夫ですか?」


「えっ……あっうん、どうしたの、ロー?」


「いえ、先ほどから『心ここに在らず』という感じでしたので、お声掛けさせていただきました」


「あー、ごめん。ちょっと考え事をしてたんだ」


 ルナが誤魔化し笑いを浮かべると、ローは驚いたように目をパチクリと開く。


「ルナ様が考え事……珍しいこともあるものですね」


「……ローって、たまに失礼なことを言うよね」


「申し訳ございません、つい本音が出てしまいました」


「それ、絶対に謝ってないよね!?」


 そんな話をしているうちに一年C組の教室に到着。

 やはりというかなんというか、クラスでの話題は『例の事件』で持ち切りだった。


「ねぇねぇ、聖王国のニュース見た?」


「えぇ、まさかゼル様が生きておられたなんて……!」


「しかし……凄いことになったねぇ。スペディオ領の独立、こりゃ四大国が黙っちゃいないよ」


 ざわつくクラスメイトを横目に見ながら、自分の席へ移動すると――サルコとウェンディがやってきた。


「ルナ、ロー、おはようございます」


「ルナさん、ローさん、おはよう」


「みんな、おはよう」


「おはよー」


 朝の挨拶を交わしたところで、サルコが心配そうに口を開く。


「ねぇルナ……スペディオ領って確か、あなたの御家族が治める土地でしたわよね? 今朝の新聞で見たのですが、その……大丈夫なのですか?」


「んー、今のところは平気、かな?」


 まさか『私が(まつ)り上げられています』というわけにもいかないので、心配を掛けないように誤魔化しておいた。


 ちなみに……ローは主人(ルナ)との関係を隠しているため、スペディオ領出身であることを明かしていない。


「ほら、言ったでしょう、サルコさん? そんなに心配しなくても大丈夫だって(スペディオ領はルナさんの故郷、そこで建国宣言が為されたということは……ゼル様は聖女様を守ろうとしている。あぁ……よかったぁ……っ)」


 聖女の正体を知っているウェンディは、ルナに頼もしい味方ができたことを心の底から喜んだ。


 そうこうしているうちに教室の扉が開き、一年C組の担当教師ジュラール・サーペントが入って来た。


 教壇に立った彼は、コホンと咳払いをして、生徒の注目を集める。


「――おはよう諸君、これより朝のホームルームを始める。本日は連絡事項が三つ、どれも非常に大切なものなので、しっかりと聞くように」


 ジュラールはそう言って、二つ折りのバインダーを開いた。


「一つ、聖王国の樹立についてだ。スペディオ領は古くから我が国固有の領土であり、独立など決して認められるものではない。……だが、この宣言を為したのは、伝説の聖女パーティ『大剣士』ゼル様。彼の言うところによれば、聖女様とシルバーが、これに賛同しているとのこと。本件は既に王国議会でも取り上げられており、高度に政治的な判断が下されるだろう。どうしても周囲の雑音が気に掛かるだろうが、キミたちは聖女様の卵としての『本業』を――生前の力と記憶を取り戻すよう努めて欲しい」


(王国議会、政治的な判断……うわぁ、どうしよう。やっぱり凄い大事(おおごと)になってる……っ)


 聖女様が心の中であわあわしている間にも、ジュラールの話は次へ移る。


「一つ。本日の昼休憩より、新入生勧誘期間――通称『新勧(しんかん)』が始まる。諸君らが昼食を採っているとき、おそらく上級生がこの教室に訪れ、簡単な部活紹介やレクリエーションを行うだろう。当学院では、部活動への参加を推奨している。生徒諸君らにおいては、どこか興味の惹かれるところへ、積極的に加入してみてほしい」


(新勧、部活かぁ……。うん、ちょっと楽しみかも……!)


 三百年前、灰色の春を送ってきたルナは、この手の『学生っぽいイベント』に目がなかった。


「そして最後に、来週の中頃に予定していた『夏合宿』についてだ。本来は王国東部の天厳山(てんげんざん)で、過酷な『聖女修業』を行うはずだったのだが……。つい先日グランディーゼ神国(しんこく)から、合同夏合宿の申し入れがあり――バダム学院長がこれを承諾した。そのため今回は、神国聖女学院へ出向くことになる。詳細はまた別途、日を改めて告知しよう」


 この発表を受けて、教室がにわかに騒がしくなる。


「し、神国聖女学院……!?」


「あの閉鎖的な神国が、合同夏合宿の申し入れって……」


「いったいどんな風の吹き回しでしょうか?」


 周囲がざわつきを見せる中、ルナはグッと拳を握る。


(神国には聖女(わたし)予言書(くろれきし)がある……っ。これは千載一遇の『回収チャンス』だ……!)


 先日、アルバス帝国の大転生祭で、マーダ・ババラという獣人に占ってもらった結果、聖女の予言書は神国にあると判明した。


(神国は良くも(・・・)悪くも(・・・)変わらない国(・・・・・・)。私の推測が正しければ、予言書はきっとあそこ(・・・)に保管されているはず……!)


 およそ三百年前、ルナはグランディーゼ神国で生まれ、少なくない時間をそこで過ごした。

 そのため、神国のお国柄や地理などは、ある程度把握しているのだ。


「少々長くなってしまったが、ホームルームは以上だ。ふむ……一限開始まで後五分か、急がねばならんな。――聖女科の生徒は校庭へ、支援科の生徒は第一講義室へ、速やかに移動しなさい」


 その後、一限二限三限と授業をこなし、お昼休みのチャイムが鳴る。


「ふぅー……終わったぁ……っ」


 聖女(ブレイン)をフル回転させたルナは、もうお腹がペコペコだ。

 大きくグーッと伸びをして、鞄からお弁当箱を取り出すと――ロー・サルコ・ウェンディが、各自の昼食を持ち寄って、机の周りに集まってきた。

 ルナの座席は全員のちょうど真ん中にあるので、昼休みはいつもこの形になるのだ。


「「「「――いただきます」」」」


 両手を合わせて食前の挨拶。


 ルナは一番右端にあった玉子焼きを口へ運ぶ。


「んーっ、おいしい! ローのお弁当は世界一だね!」


「はいはい、それはよかった」


「そう言えばお二人は、同じ部屋に住むルームメイトでしたわね」


「えっ、そうなんですか? いいなぁ……羨ましいです」


 四人がそんな話をしていると、教室の扉がガラガラッと開き――体操服を着た五人組の上級生が入って来た。


 先ほどジュラールが言っていた、新勧が始まるのだ。


「新入生のみなさん、お邪魔しまーす! 今日はバドミントンの魅力を伝えるために、面白い企画を用意してきたよー!」


 バドミントン部は、魔法を使った実技を行い――それが終わると、入れ替わるようにして、黒いローブを(まと)った三人組が入って来た。


「一年C組のみなさん、ごきげんよう。我が魔道具研究会に入り、新しい知見を広げませんか? うちで修業を積めば、こんな魔道具を自分一人で作れるようになりますわ」


 魔道具研究会は、自作の魔道具を披露し――その後は、白銀の十字架を握った五人組と交代する。


「こんにちは、我々は聖女教・王国支部の者です! 突然ですが、みなさんは今『幸せ』ですか? 多分ほとんどの人が、『ノー』と答えるでしょう。では、どうすれば幸せになれるのか? それはとても簡単、聖女教に入信し、聖女様に祈りを捧げればいいのです! さぁ、私の後に続いて一緒に祈りを捧げましょう! せーのっ――」


 これまでとは明らかに毛色の違う、『ヤバいレクリエーション』が始まろうとしたそのとき――教室の前と後ろの扉がガラガラッと開き、聖女学院の体育教師たちが踏み込んできた。


「聖女教め、やはり今年も紛れ込んでいたかッ!」


「毎度毎度、ゴキブリのように湧いて出おってからに……今日こそは、とっ捕まえてやる!」


「他にもまだいるはずだ! 布教(ふきょう)される前に捜し出せ!」


 教師陣が確保に動き出すものの……聖女教の面々は窓を蹴破って外へ飛び、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「……嵐のような人達でしたね」


 ルナがポツリと呟くと、


「噂通りの無茶苦茶っぷりだねー」


 ローが呆れた様子で同意し、


「ほんと……どこにでも湧いて出ますわ」


 サルコはやれやれと首を振り、


「最近は本当に活発ですよね。帝国でも社会問題になっています」


 ウェンディは苦笑いを浮かべるのだった。


 昼休憩と午後の授業が終わり、迎えた放課後。

 ルナ・ロー・サルコ・ウェンディの四人が、みんなで楽しくお喋りをしながら、いろいろな部活を見て回っていると――。


「あら、そこの二人……なんだか動けそうな感じね! どう、軽くやっていかない?」


 テニスラケットを持った上級生が、活発そうな見た目のローとサルコに声を掛けた。


「あー、すみません。私、ちょっとパスで」


 汗を()きたくなかったローは断り、


「1ゲームでよければ、お付き合いさせていただきますわ」


 意外にもサルコは、その誘いに乗った。


「おっ、いいね! やろうやろう! あっちのコートが空いてるから、行きましょう!」


「ふふっ、お手柔らかにお願いしますわ。――みなさん、申し訳ないのですが、五分ほどお待ちくださいませ」


 サルコは自信ありげに微笑み、テニスコートの方へ移動する。


 そうして始まった1ゲームマッチは――酷く一方的な展開だった。


「おーっほっほっほっ! まだまだ行きますわよォ!」


「くっ、やるなぁ~……っ」


 正確無比なショット・フォア、バック、ボレー、サーブといった基礎スキルの高さ・変幻自在の風魔法――サルコは試合の主導権を握り続け、そのままの勢いで押し切った。


「さ、サルコさん、凄い……!」


「サルコ、上手いじゃん」


「サルコさん、かっこいいです!」


 ルナ・ロー・ウェンディが絶賛すると、


「ふふっ、そんなこと……あるかもしれませんわぁ!」


 上機嫌なサルコは、嬉しそうに笑った。


「う、うそ……。この私が、一年生にボコされるなんて……っ」


「いや、めちゃくちゃいい試合だったよ。ちょっと相手が上手過ぎた、もしかしてあの子『プロ』かも……?」


「金髪縦ロール、超攻撃的なテニススタイル、優雅な風魔法……もしかしてあなた、サール・コ・レイトンさん!?」


 たくさんのテニス部員の視線が注がれる中、サルコは不敵な笑みを浮かべる。


「バレてしまっては、仕方がありませんわね。昨年の王国杯(おうこくはい)U(アンダー)16ジュニア部門チャンピオン――『王都の雀蜂(スズメバチ)』サール・コ・レイトンとは、私のことですわぁ!」


 彼女が正体を明かしたその瞬間、


「サールさん、ようこそ硬式テニス部へ!」


「あなたがいれば、帝国のテニス部にも勝てる! なんなら四大杯(よんだいはい)でも、優勝を狙えるわ!」


「ねねっ、これからちょっと時間取れる? よかったら近くの喫茶店でお茶しない? もちろんお金は、うちの部が持つからさ!」


 テニス部の面々は凄まじい勢いで『勧誘』を――否、『囲い込み』を始めた。


「お誘い、ありがとうございます。硬式テニス部への加入、前向きに検討させていただきますわ。ただ……今は大切なお友達と部活巡りの最中ですので、お茶会はまた別の機会に」


 サルコは優雅にお辞儀をして、ルナたちのもとへ戻った。


 それから吹奏楽部・ダンス部・陸上部を見学し、「次はどこを見に行こうか?」と話しながら、学院内を歩いていると――『ボスッ』という鈍い音が響き、ちょっとした歓声があがる。


 ルナがそちらへ目を向ければ、ぽっかりと空いた広場に十人ほどの人だかりができていた。


「あれ、なんだろう……?」


「んー、多分ボクシング部じゃない」


「あんなところで、何をやっているのでしょう?」


「部活の紹介? レクリエーション? ここからでは、ちょっとわかりませんね」


 興味を()かれたルナたちが足を向けると――グローブを()めた一年生が、上級生の指導を受けながら、サンドバッグにパンチを当てていた。

 どうやらここを通り掛かった新入生に声を掛け、ボクシング部の勧誘に繋げているようだ。


「――おっ、そこの黒髪のあなた、ストレス発散に一発どう?」


「えっ、私……?」


 いきなり指名されたローは、困り顔で自分のことを指さした。


「そう、あなた! わかる、わかるよ……見たところ、凄くストレスが溜まっているわね? せっかくだし、ここで一発スッキリしていかない? サンドバッグをバシーンって叩けば、それはもう気分爽快だよ?」


「『ストレス』というよりは、『気苦労』なんですけど……まぁいいでしょう」


 ローは小さな声でポツリと呟き、サンドバッグの前に向かう。


「ささっ、日ごろの鬱憤(うっぷん)をぶちまけちゃって! それでスッキリしたら、ぜひボクシング部に入ろう!」


 ローは「あはは、検討しときます」と生返事をしながら、渡されたグローブを右手に()める。


 そして――。


「ハッ!」


 彼女の繰り出した右フックは、サンドバッグに深々と突き刺さり、『ドゴシャッ』という凄まじい破裂音が響いた。

 あまりの衝撃にチェーンは引き千切れ、本校舎三階まで跳ね上がったサンドバッグは――そのまま重力に引かれ、ドスンと地面に落下する。


「「「す、すっご……ッ」」」


 ボクシング部の面々が呆然とする中、


「ふぅ、スッキリ……!」


 晴れやかな笑みを浮かべたローは、グローブを返却し、ルナたちのもとへ戻った。


「ロー、あなたとてもいい『右』を持っていますわね! きっと全国を狙えますわよ!」


 サルコは興奮気味に褒め、


「す、凄いパンチ……っ。ローさんって、お強いんですね!」


 ウェンディは驚きながらも感心し、


(……ローのストレスって、私が原因……じゃないよね?)


 いくつか心当たりのあるルナは、一抹の不安を覚えるのだった。


 そうしていろいろな部活を見て回り、そろそろ解散になろうかという頃――ウェンディが控えめに右手をあげる。


「あの……実は私、文芸部がちょっと気になっているんですけど……。もしよかったら、一緒に見に来ていただけませんか?」


「はい、もちろんです」


「文芸部ってどこだっけ?」


「確か特別棟の四階、多目的室ですわね」


 多目的室への道中――ルナは以前からずっと話したかった、とある話題を口にする。


「そう言えばウェンディさん、自己紹介のときに『趣味は読書』って言ってましたよね?」


「はい。でも……あんな一瞬の自己紹介、よく覚えていましたね」


「ふふっ。私もけっこう本を読む方なので、『あっ一緒だ!』って思っていたんです。それで、どんなジャンルがお好きなんですか?」


「え゛っ。あー、いや、その……」


 ウェンディは珍しく口籠(くちごも)り、気恥ずかしそうに頬を()く。


「実は私……悪役令嬢の小説に目がなくてですね……っ」


「う、うそ!?」


「あ、あはは……っ。ちょっとマニアック、ですよね……」


「いえ、私も大好きなんです! 悪役令嬢!」


「えっ、本当ですか!?」


 驚くウェンディに対し、ルナはコクコクと頷く。


「ほんとほんと! 最近のだと、『転生した聖女様は、ポンコツ悪役令嬢!?』とか面白かったなぁ!」


「あっそれ、私も読みました! 最後のシーンが、特によかったんですよねぇ。圧倒的な腕力で、悪い公爵と野盗の集団をやっつけるところ! かっこよくて、痺れちゃいました!」


「わかるわかる! そのときの台詞もよかったよね! 『――弱いですね、相手になりません』ってやつ!」


「あははっ、ちょっと似てるかも!」


 同好(どうこう)()を見つけたルナとウェンディは、悪役令嬢トークに花を咲かせ、それは時たま敬語を忘れるほどに盛り上がった。


「なんか楽しそ……」


「悪役令嬢……。今はそういう小説が、流行(はや)りなのでしょうか……?」


 まったく話に入れないローとサルコは、「今度読んでみようかな」と真剣に考えた。


 そうこうしているうちに、特別棟の四階『多目的室』に到着。


「ここが文芸部の部室ですか」


「んー、なんか静かじゃない?」


「まぁ文芸部ですからね。活動内容的にも、あまり騒ぐようなことはないのかと」


「明かりは()いてますが、勝手に入っても大丈夫なのでしょうか……?」


 四人が多目的室の前で頭を悩ませていると、


「――むむっ!? 入部希望者、はっけーんッ!」


 赤茶(あかちゃ)けた髪の上級生が、廊下の奥から凄まじい速度で走ってきた。


「特に銀髪のあなた! 私たちと同じ、()に当たっていない『インドア派のにおい』がするわ! ぜひ文芸部に入らない? 入る? 入りたい? おぉそうか、よし行こう!」


「えっ、ちょ、わっ!?」


 超が付くほどの『巻き込まれ体質』なルナは、小動物のようにガシッと小脇に抱えられ、そのまま多目的室へ連行されていく。


「ちょっ、ちょっと……!」


「お待ちなさい! どこへ行くのですか!」


「追い掛けましょう!」


 ロー・サルコ・ウェンディは、慌てて二人の後を追った。


 多目的室は外見(そとみ)よりも大きく、大量の本・脱ぎ捨てられたジャージ・季節に合わないコタツなどなど、生活感に溢れる雑然(ざつぜん)とした空間が広がっていた。

 そんな部屋の最奥――来客用のソファにルナはちょこんと置かれ、机一つ挟んだ対面に誘拐犯Aと落ち着いた雰囲気の女性が座っている。


「喜べ、ミレーユ! 入部希望者っぽいのがいたから、(さら)ってきてやったぞ!」


「リズ……攫ってきちゃ駄目でしょう? はぁ……ごめんなさいね。ビックリしたでしょう?」


「えっと、はい……」


 急に話を振られたルナは、小さくコクリと頷く。


「それで……あなたたちは、この子のお連れ様?」


 ミレーユが視線をあげると、


「えぇ、そんなところです」


 全員を代表して、ローが返事をした。


「おぉっ、いつの間にかこんなに入部希望者が!? ――っと、そういや自己紹介がまだだったな! あたしは二年A組リズ・ドット、よろしく頼む!」


 リズ・ドット、十六歳。

 身長165センチ、すらっとした体型、赤茶けたミドルヘア。

 赤い眼鏡を掛けた、快活な美少女だ。


「私は二年A組ミレーユ・スロウプ、ここで会ったのも何かの縁ですし、みんな仲良くしてちょうだいね」


 ミレーユ・スロウプ、十六歳。

 身長167センチ、ほっそりとした体型。

 長い黒髪が特徴的な、落ち着いた雰囲気の美少女だ。


「ルナ・スペディオです」


「ロー・ステインクロウ」


「サール・コ・レイトンですわ」


「ウェンディ・トライアードと申します」


 お互いに自己紹介を済ませたところで、ミレーユが申し訳なさそうに頭を下げた。


「ルナさん、うちのリズがごめんなさいね。これ、お詫びの品というわけじゃないんだけれど……もしよかったら、みんなで食べてちょうだい」


「あっ、ありがとうございます」


 甘いお菓子が大好きなルナは、赤いパッケージのクッキーを手に取り――そこで『違和感』を覚えた。


(……ん……?)


 指先に濡れたような湿ったような、なんとも言えない妙な感触が走ったのだ。


「……赤い、インク……?」


 何故か(しゅ)に染まった自分の親指。


 彼女が疑問に思った次の瞬間、


「――チェストォッ!」


 リズが勢いよく手刀を振り下ろし、ルナの右手を机に叩き付けんとした。


 しかし――聖女の超人的な反射神経により、それは(むな)しくも空を切る。


「ちょっ、いきなり何をするんですか!?」


 抗議の声をあげるルナに対し、


「くっ、今のを避けるとは……っ」


「このパターンでやれないなんて、あなた中々やるわね……ッ」


 リズとミレーユは、驚愕に目を見開いた。


 よくよく見れば、ルナの右手の真下には『文芸部の入部届』が敷かれており――もしもあの手刀を食らっていれば、押印欄に親指の指紋が刻まれていただろう。


(こ、この先輩たち……関わっちゃいけないタイプの人だ……っ)


 ルナはゆっくりと椅子から立ち上がり、回れ右をして帰ろうとすると……リズとミレーユが必死に(すが)りついてきた。


「ま、待ってくれ! ルナさんが入ってくれなきゃ、うちらの部は潰されちゃうんだ……っ」


「このまま部員を確保できなかったら、文芸部は定員割れで廃部になっちゃうのよ……っ」


 昨年度末に三年生が卒業した結果、文芸部の部員はリズとミレーユのみ。

 聖女学院の学則では、活動団体として認められる最少人数は三人。

 文芸部は現在これを割っており、今年度の新勧中に新たな部員を獲得できければ、廃部となってしまうのだ。


「えっ、文芸部(ここ)なくなっちゃうんですか……?」


「あぁ、このままいけば……そうなっちまう。でも後一人……後一人でも部員が増えれば、定員割れを回避できる! もうほんと形だけの幽霊部員とかでもいいから、うちに入ってくれないか!?」


「私達、こんなんだから友達がいなくて、同級生に声を掛けても相手にしてもらえないの……。だからもう、一年生を確保するしかなくて……っ。うちは部費も年会費もないから、ルナさんにデメリットは何もないわ! だからこの通り、お願いします……!」


 リズとミレーユは、必死に頼み込んだ。


(私が入らなかったら、文芸部がなくなっちゃう……。それに先輩達、友達がいないって……)


 心優しい聖女様は、泣き落としに弱く……早くも同情の念を抱いていた。


 しかしそこへ、冷静な三人組が忠告を発する。


「ルナ、ちょっと共感性が高過ぎかも。将来、変な男に引っ掛からないためにも、スパッと断ることを覚えた方がいいよ」


 ローは侍女として親身なアドバイスを送り、


「人を想う優しい心は、あなたの美徳ですが……。相手は選んだ方がよろしいかと」


 サルコは友達として優しく忠告し、


「ルナさん、この人達はどう見ても『駄目な先輩』ですよ? 足を引っ張られないようにしましょうね」

ウェンディは聖女のサポート役として、秘密諜報員らしい冷徹な判断を下す。


「ま、待て待て待て……! 我が文芸部には『ここが凄い!』ってところが、『イチ推しポイント』が山ほどあるからさ!」


「そうそう! せめて部活紹介だけでもさせてくれないかしら? そんなに時間は取らせないから……ね?」


 リズとミレーユの説得を受けたルナは、とりあえず話だけは聞いてみることにした。


「それじゃ……文芸部って、具体的にどんな活動をするんですか?」


「うーん、そうだな。放課後とか部室に集まって、本を読んだり、お喋りしたり、お菓子を食べたり……?」


「後はみんなで協力して、『同人誌』を作ったりもするわね」


「ど、同人誌……っ」


 その言葉はルナの胸に深く突き刺さった。


「そそっ。あたしがシナリオ担当で、ミレーユが作画担当なんだ」


「『リズミレ』って名前で活動しているの。王都の即売会(そくばいかい)にも何度か参加してて、ちょっぴり有名だったりするのよ?」


「へ、へぇー……っ。でも、同人誌を書くのって、なんか恥ずかしくないですか? 自分が死んだ後、数百年後の世界で全人類(みんな)に晒されたりだとか……。そんなことを考えたら、怖くなったりしませんか?」


 ルナの問いに対し、リズとミレーユは即答する。


「――恥ずかしくないし、怖くもないよ。自分の作品を世に出すことは、誇らしいことさ!」


「自分の作品を読んでもらって、誰かが楽しんだり、笑顔になったり、幸せな気持ちになったりする――それってとても素敵なことだと思わない?」


 二人の創作活動に対する姿勢は、真摯(しんし)なものだった。


(変な先輩だけど、創作に対する情熱は……本物だ。もしかしたら、何か学べることがあるかも……)


 ルナはかつて私小説・同人誌・ポエム集など、幾多の黒歴史を生み出してきた過去を持つ。


 今でこそ後悔し、必死に回収しているが……その当時は楽しかった。

 血と死に(まみ)れた戦乱の中で、自分の物語を作っている間だけは、嫌なことを全て忘れられた。一人の少女として、年相応の妄想を膨らませ、幸せな世界を生きられた。


 そして――彼女の心の奥底では今でも、熱い創作意欲が(くすぶ)っている。


(私が作品を書くかどうかは、一度置いておくとして……。文芸部に入るのは……ありかも。多目的室を自由に使えるのは、なんか秘密基地みたいでかっこいいし、部費も年会費もないみたいだし、幽霊部員でも大丈夫っぽい……)


 文芸部に入るメリットはあるが、デメリットは特に見当たらない。

 ()いて言うならば、変な先輩と顔見知りになることぐらいだ。


(ふむ……)


 三百年前とは違い、『無条件の救済』ではなく、『自分の利益』を考えたルナは――決断を下す。


「あの……私、文芸部に入りま――」


「――それにほら、聖女様なんか超恥ずかしい(・・・・・・)私小説(・・・)、『赤の書』を世界中に公開されているしね。アレ(・・)に比べたら、同人誌を出すことなんて、恥ずかしくもなんともないさ!」


「もう……リズったらほんとお馬鹿ね。前にも言ったけど、あれは予言書なの。聖女様があんな(・・・)幼稚な(・・・)恋物語(・・・)を、お書きになられるわけないでしょ?」


 二人は無自覚のうちに、ルナの古傷をこれでもかというほどに(えぐ)った。


(く、くぅ~~……っ)


 聖女様は羞恥(しゅうち)のあまり顔を真っ赤に染め、入部に傾いていたはずの天秤(てんびん)が、思い切り反対方向へ振れてしまう。


「――すみません、やっぱりけっこうです」


「えっ、ちょっ、なんで!? 今の絶対に入る流れだったじゃん!」


「ご、ごめんなさい。私達、何か気に障るようなことを言ったかしら……?」


「ふんっ、もう知りません」


 ルナは完全にヘソを曲げていた。


「ま、まぁまぁそう言わず……っ。ほら、ここにおいしい茶菓子があるぞ~?」


「文芸部に入れば、いろんなお茶菓子を好きなだけ食べられるわよ?」


 もはや打つ手なしとなった二人は、最終手段『餌付(えづ)け』に走った。


「そんなお茶菓子で釣られるほど、私は安くありませ……これ、おいしいですね。もう一ついただいても……?」


 聖女様は餌付けに弱かった……。


「はいはい、いくらでもありますよー!」


「さぁほら、遠慮せずに食べてちょうだい。チョコもクッキーも御饅頭(おまんじゅう)もあるわよ?」


 そうしてお茶菓子に釣られたルナは、文芸部に入ることを決め――。

 ローは侍女の任を果たすため、ウェンディは聖女様をサポートするため、文芸部に加入。

 サルコは硬式テニス部に入部しつつ、一人だけ仲間外れになるのを嫌がり、文芸部にも籍を置くことにしたのだった。


 新勧編、完結!

 次回、神国編スタート!

【※とても大切なおはなし】

広告の下にあるポイント評価欄【☆☆☆☆☆】から、1人10ポイントまで応援することができます!(★1つで2ポイント、★★★★★で10ポイント!)

この『10ポイント』は、冗談抜きで本当に大きいです……っ。


どうかお願いします。

ほんの少しでも

「第4部開始キターッ!」

「このまま第10部まで続け!」

「面白いかも! 陰ながら応援してる!」

と思われた方は、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、『ポイント評価』をお願いします……っ。


今後も『定期更新』を続ける『大きな励み』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。


↓広告の下あたりに【☆☆☆☆☆】欄があります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版第2巻、11月25日発売!
下の表紙画像をクリックで、Amazonの購入ページに飛べます!
.GdKBSl2a4AAGxQE?format=jpg
.第1巻も好評発売中!
GMyQj9OboAASASb?format=jpg
― 新着の感想 ―
[良い点] クスッと笑えて不快感なく読めるから読後感も良くて良いと思います。 [気になる点] 王国内の距離感が気になります。 4カ国に囲まれる辺境なのに1日で行って帰ってこれるってのが・・・。 移動手…
[一言] 聖女教の人達は約束の地、聖王国(そんな約束はない)に群がって来ると思ってましたが普通に布教活動に勤しんでるんですね 頭はおかしいけど信仰には真摯なんだなぁ
[良い点] まさかのドンピシャ趣味被り、そして悪役令嬢ひょっとして良い子なのでは? [一言] その本、読んでる内容にデジャヴとか感じないんですかね……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ
OSZAR »