第十話
あっという間に時間が過ぎた。
女神からの神託が下されてから、一か月が過ぎた。
各々がスキルを磨き、明日の明朝にダンジョンという危険な場へと赴く、竜宮君、明石さん、一翔君、遠藤さんの為に準備を進めてきた。
できる限りの準備と協力はしたつもりだったが、それでもまだ俺達にとっては足りないとさえ思えた。
「剣、出来上がったぞ」
夜、クラスメート全員が食堂へ集まっていた。
いつものように砕けた雰囲気はなく、そこには重くのしかかるような、そんな空気がただよっていた。
そんな空気の中で、布にくるまれた棒状の包みを抱えた錨君が竜宮君たちの前に歩み出た。
「約束の剣だ」
そうぶっきらぼうに言い放ちながら布を取り払うと、そこには鞘に納められた二振りの剣と、ナイフが存在していた。
「明と一翔には剣。明石と遠藤にはナイフだ。遠藤には悪いが、弓までは流石に作れない」
「ううん、十分だよ。ありがとう、藤堂君」
四人が剣を引き抜き、刃を確認していると、錨君はバツが悪そうに頭をかいた。
「できるだけ要望通りには作れはしたが、この短期間じゃこんなもんしか作れなかった。いくら鍛造スキルの恩恵があろうとも、これが今の俺にできる限界ってところだな。作りが心もとねぇなら、城の剣を持って行ったほうがいい」
「……いや、十分だ。少なくとも練習で使ってた剣より、しっかりできている」
一翔君の言葉に、一瞬だけ安堵の表情を浮かべた錨君は、最後に微笑を零した後に無言のまま自分の席へ戻っていった。彼を切っ掛けにして、大槻さんと青葉さん、和也達が続いてダンジョンの為に作ってきた道具や食べ物を渡していく。
そして、タイミングを見て俺達ポーション組も彼らに今日まで試行錯誤を用いて作り、実験してきたポーションを渡していく。
「こっちの緑のボトルは強壮ポーションでー、こっちの青いボトルは回復ポーション。中毒度はかなり抑えてあるけど、沢山飲みすぎると中毒度が上がって体に異常が出ちゃうから飲みすぎないようにしてね」
「ありがとう。黛さん、イズミ、椎名さん」
「礼を言うのは、ちゃんと生きて帰ってきてからにしてくれよな」
「ははっ、確かにそうだ」
小柄にカバンに入るように、俺の持っているものと同じポーション箱を四つ用意して、『フィジカルブーストX1』と『ハイポーションZ』の原液の効果をかなり抑えたポーションセットを手渡す。
全て、事前に中毒度を測っているので危険はない。
他のポーションは、ちょっと用途が限られすぎていることに加え、中毒度を抑えると本来の性能が発揮されなくなるというので、見送りになった。
その代わり、椎名さんの日本酒風の名前のポーションはいくつか採用されることになった。
各々が、竜宮君たちにこれまでの成果を渡したところで、昼食となった。
メニューは、料理人二人が腕によりをかけた異世界風、海鮮トマトスパゲッティとのこと。
食ってみた感想としては、正直言って言葉にならないほど美味い。
異世界のよく分からん魚とか、バナナの形をしたトマトとか気にならないほどに、味が完成されていた。
「あいつら、もう店開けるじゃん……やべぇ、やべぇ……」
最早、料理人としてのスキルを着々と磨きつつあるコック二人に戦慄しながらも、目の前の絶品料理に舌鼓を打っていると、俺の目の前の空白の席に、誰かが座ったことに気づいた。
「どうした、遠藤さん」
「いや、あのさ……イズミ君にちょっと頼みたいことがあるんだけど」
弓術スキル持ちの、戦闘班の一人、遠藤与一さん。
肩ほどまでに延ばされた髪と、いつも眠そうな目が特徴的な彼女は一緒に持ってきたスパゲティをフォークでくるくるしながら、俺に話しかけた。
「頼みたいことって?」
「集中力を強化するポーションとかあるかな……? 弓を使うとき、使えるかもしれないから……」
「集中力か……」
感覚が研ぎ澄まされるマックステンションX1が候補に挙がるけど……うーん。
「あるにはあるんだけど、ちょっとテンションが上がったりしちゃうかもしれないんだよなぁ。いや、それは原液そのままを飲んでるからそうなるのか? ……美奈には聞いてみたのか?」
「あー、私、黛さんのことはちょっと苦手で……」
分からなくもない。
あいつは基本、俺と椎名さん以外に自分から進んで会話しようとはしない。
しかも基本的に自由人だから、ソリが合わない人はとことん合わないだろう。
「なら、俺から聞いてみるよ」
「ありがとう。こんな無理を聞いてくれて」
「当然だろ。お前たちは危険な場所に行かなきゃならないんだ。このくらいの無理が聞けなくてなにがクラスメートだよ」
「……うん」
小さく頷いた遠藤さん。
少ししんみちとした空気になってしまったな。
ここは一つ話題を変えるか。
「ダンジョンには一緒に行ってくれる人とかいるのか?」
「うん、ちゃんといるよ。今回、私達のダンジョン探索に同行してくれるのは、城に勤める実力のある騎士達と、ギルドから派遣された冒険者のアスクル・キルガレットさんっていう人。まあ、初めてのダンジョンで、一日で帰ってこれるっていうから、少し過保護すぎる気もしなくもないけどね」
「アスクル……『表層の達人』って呼ばれている人か」
「よく知ってるね」
「優利に教えてもらった」
「あー、佐藤君かー……」
そう答えると、いやに納得されてしまった。
どうやら、城下町の方では優利は大変な知名度を誇りつつあるらしい。
「イズミ君と話すことってあまりなかったけど、意外と話せる人なんだね」
「言い方によっては失礼だぞ、それ……」
「ふふっ、ごめん。そういう意味じゃなかったの。だって、クラスでも佐藤君と一ノ瀬君、それに黛さんとも仲良しだから、実はすごい性格しているのかなーって……」
凄い性格ってなんだ。
俺は遠藤さんからどんな人格だと思われていたんだ……?
「実際、佐藤君を薬品で眠らせてるところを目撃しちゃったし」
「まあ、あれは仕方ない」
「あれを仕方ないで済ませるのはどうかしてると思う」
微笑みながら結構な毒を吐くな、この人。
意外な性格に驚いていると、いつのまにかスパゲッティを完食した遠藤さんはお盆を持ち上げて、椅子から立ち上がった。
「……それじゃあ、私は明日に備えて部屋に戻るとするね」
「ああ。……遠藤さん」
「なに?」
「無理しないようにな」
「……ありがとね。本当に」
そう返事して、食器を下げにこの場を離れた遠藤さんの後ろ姿を見やる。
無理をしているのは一目で分かった。
いや、強いて言うなら『一人』を除いた全員が無理をしている。
皆を帰らせるために危険な場所へ行かなくてはならない使命、重圧、恐怖。
明日、友達を危険な場所へ送らなければいけない罪悪感。
今、この場で皆が笑いあっているのは、それを表に出さないようにしての精一杯の空元気だ。そうしなければ、隣の誰かを不安にさせてしまうし、外ならぬ竜宮君たちも不安になってしまう。
「いやー、もう美味しいねこれ! もう何杯でも食べられちゃうよー! イズミ君ももっと食べよーよー!」
「美奈、お前は変わらないなぁ」
「当たり前じゃん! それが私なんだから!」
だからこそ、俺はお前が羨ましく思う。
たった一人だけ、自分を取り繕わずに無理をすることをしないお前が。
だけどそれ以上に——、『美奈、お前はなんだ?』と、そう聞きたくなることがある。
翌日、俺は遠藤さんに、頼まれていた集中力を高めるポーションを渡した。
眠そうな目を丸くさせながら、驚きながらお礼を言ってくれた彼女は、竜宮君たちと3人の騎士と1人の冒険者と共ににダンジョンの入り口が存在する城の外へと向かっていった。
初めてのダンジョンだから、一日も経たずに帰れる、と。
安心して帰りを待ってくれ、と彼らは言ってくれた。
しかし、一日経って、二日経っても、彼らは、俺達の元へは帰ってはこなかった。