公爵様!こんがらがってますよ
初めての投稿です。お手柔らかに~
「…今日は頭痛が酷いので…」
そりゃそうでしょうよ。
煌びやかな夜会会場の片隅、壁の花どころか柄の私は心の底から同情した。
海の煌めきを閉じ込めたような紺碧の瞳の目尻を下げ、月の雫をちりばめたような銀髪をさらりと揺らし、魅惑の口元をひきつらせながら公爵様は群がる令嬢(狩人)に断りの言葉を紡ぎなんとか戦線を離脱した。
残された令嬢たちは、見目麗しく仕事もできる将来有望な公爵様を賛辞しながら、お互いを牽制しつつ、姦しく群れ続ける。
「少し梳かして差し上げないと不味いかも」
離脱した公爵様の後ろ姿を見ると、もう限界に見える。
誰もが讃え崇める麗しの公爵様、私にはこんがらがった糸の塊、さながら鳥の巣を頭に乗せた珍妙な人にしか見えなかった。
「多分こっちに来たと思うんだけど」
会場を抜け出した私は辺りを見回す。
柄は会場から消えても気付かれないのだ。
まだ強力に結ばれていない縁の屑が漂って、公爵様のいる場所がわかる。
見る人が見れば、それはそれは神々しい(美味しい)光景であろう、麗しの公爵様が薔薇に囲まれたベンチでうたた寝姿。どこぞの宗教画?
私には折角の薔薇園のベンチにに、庭師がうっかり駆除した鳥の巣を忘れてっちゃった不味い状況にしか見えないけれど。
公爵様は余程辛いのであろう、私が近づいても全然気付く気配がない。
このまま寝てて下さいね~と祈りつつ、背もたれの後ろにしゃがみこみ、櫛を取り出し、こんがらがった縁の糸を梳かし始めた。
「おお!気持ちいい位、無駄な縁の糸がとれるわ」
私には様々な縁の糸が見える。
縁の糸は縁を結びたいな~という思いと共に発現する。それは人に限らず、動物や植物、物に至るまで様々なこの世のすべてから発現し、結び付く。
縁は結び付くと様々な結び目を作る。
色々な形の結び目があるのだが、普通のご縁は大体が蝶々結びである。
縁がなくなれば自然にほどけ、縁の糸も消えるため、支障はない。
普通はである。
公爵様に絡み付いている糸は、無理やり縁を結ぼうとした糸が大量に集まった結果、絡み合ってしまった。鳥の巣の完成である。
一方的な執着を伴う悪縁は心身に異常をきたす。
これだけ立派な鳥の巣。頭痛で済んでるのが不思議な位だ。
「流石アレン様です。才色兼備は悪縁耐性まで備えてるとは…天は二物三物…無限大?」
綺麗にほどけ、消えていく縁の糸に夢中になっていると、美声の堪えたような笑い声が。
「クレア、相変わらず語彙が面白いね?大分楽になったよ。ありがとう」
「笑い事ではありません。ちゃんと綺麗になるまで梳かせて下さい。見えないからわからないのでしょうけど、いつも中途半端なんですよ」
公爵様ことアレン様と私は母親同士が親友で幼馴染みというやつだ。
ある日、男爵家と公爵家という身分の差に気付いて、今までの所業を思い出し、思わず悲鳴を上げて倒れた。お母様は大笑いしていたけれど(酷い)
社交界にデビューしてからは、面識なんてございません、雲の上過ぎてって姿勢で頑張った。えらいぞ私。
ところが、ある日気付いた。アレン様の頭上の鳥の巣に。
アレン様のお父様が体調を崩され、公爵位をアレンに譲ってからは特に酷い。
恋慕的な縁の他にも色々な縁が群がる群がる。
それと比例するように顔色がどんどん悪くなっていくアレン様。
気付くと目で追ってしまう日々がしばらく続き。
お互いに知らぬ振りをしていたのに、ある日の夜会、庭園の片隅でぶっ倒れたアレンを見つけて、泣いた。泣きながらこんがらがった縁を梳いた。
縁の糸は本来素敵な物なのに。結ばれた良縁はキラキラしていて、綺麗で、見ているだけで幸せな気持ちになれるものなのに。
以来群がる縁の糸が酷い状態になる前に、人目につかないようにアレン様のこんがらがった縁を梳いている。見える私は、触れることもできるのだ。普段は無闇に干渉しないようにしている。
「中途半端にするからまたすぐに絡まるのですよ」
「もう頭痛も消えたし、支障はないさ。木を隠すなら森の中って言うしね」
アレン様の言うことは良くわからないけど、顔色が良くなった様子を見て一安心。
「しばらくは大丈夫でしょうけれど、あまり無理はしないで下さいませ」
才色兼備のアレン様はお仕事をすればするほど、縁の糸が絡まってしまう。難儀である。
「クレアがダンスの一度でも付き合ってくれれば元気が出るのだけど」
そんなはずはない。逆に私が怨恨の糸で縛り首になってしまう。柄になっている努力が水の泡になってしまうではないか。
しゃがみこんでいたので、ドレスの裾を払い立ち上がる。こんがらがった縁を梳かすとそれなりに魔力を使う。疲れたので今日はもう退散することにしよう。
「それではアレン様ごきげんよう」
馬車に乗った私は一仕事やりきった充足感と疲れでそっと目を閉じた。
「相変わらず素っ気なくて涙が出そうだよ」
颯爽と立ち去るクレアを見て苦笑いが浮かんでしまう。
魔力を使い残った煩わしい無駄な縁の糸を切り刻む。残ったのは銀と桃色の蝶々結び。私と彼女の魔力の色だ。
クレアは私には縁の糸が見えないと思い込んでいる。
「クレアと私の大切な縁を愛でないなんて、勿体ないことする訳ないじゃないか」
結び目にうっとりと口づけを落とす。
幼い頃、クレアとの縁が結ばれた瞬間を今でも鮮明に思い出す。小麦色のフワフワとした髪に桃色のこぼれそうな程キラキラした瞳、天真爛漫な笑顔。
「ほら見て!アルと私の縁結びよ!ってアルには見えないよねー残念!とっても綺麗なのに」
大事に更に固く絶対にほどけないように縁の糸を結ぼうと思っていたのに、身分の差を理由に距離を置かれた。私の両親も彼女の両親もそんなこと気にもしていないのに。
待ちわびた社交界のデビュタント、エスコートはもちろん自分だと思っていたのに、畏れ多いと断られ、その後も他人のごとく振る舞われ、激しく落ち込んだ。
結び続けていたい縁の糸がいつ解けてしまうのか、心配で仕方ないのに、余計な縁の糸ばかり絡み付いてくる。
自暴自棄になってぶっ倒れた。そのお陰で、クレアが寄ってきてくれたのは僥倖だった。
人見知りの子猫のように恐る恐る近づいてきては、懐いたように見せかけて、スルリと逃げてしまうクレア。
「もう厄介な縁の糸は大体切り刻めたし、いい加減邪魔な縁の糸の中に隠す必要はないかな」
そろそろ決してほどけることのない運命の糸で、大切で鈍感な彼女との縁を固く結んでも良い頃だろう。