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27:万能アイテムとの再会




 体内の魔力を抑え込む、もしくは奪う方法。

 それを求めて様々な文献に手を伸ばしていたのだが――見つからない。薄々嫌な予感はしていたが、やはり見つからない。ページをめくってもめくっても、めくり終わって新しい本を持ってきてまたページをめくっても、その術はどこにも書かれていない。

 疲れから机に突っ伏した私の脳裏に、お師匠の声が蘇る。

 現在では自壊病を治す術はない――伝説や伝承の中の、万能の存在に頼らなければ。

 そうだ、お師匠が見つけられなかったものを私が数日で見つけられるはずもない。しかし空振りに続く空振りに、すっかり疲弊してしまった意気地なしの私は、気がつけば自室でお師匠から譲り受けた「世界各地の伝説・伝承」についての文献を開いていた。




「伝承……伝説ぅー……」




 唸りながらページをめくっていく。

 元の世界でいう都市伝説がファンタジーに装飾されて纏められているような本だ。ひたすら毒草の一覧等を読み漁り、効力の掛け合わせ方法を模索するよりずっと興味深い。

 気がつけば、ひとつひとつの項目を食い入るように読んでしまっていた。




(……あれ、これ)




 ――その中にひとつ、見覚えのある文字の羅列を見つけた。

 それは、「精霊の飲み水」という、ある街に伝わる伝承だった。




(これ、ラストブレイブに登場してたアイテムだ……!)




 その地方を守護する精霊が飲んでいるとされる、聖なる湧き水。それは「ラストブレイブ」に回復アイテムの一つとして登場した。ただし、道具屋に売っているようなアイテムではない。深い森をプレイヤー自身が抜けて、収集ポイントまで辿り着かなければ手に入らなかった。

 手に入れるまで手間がかかるだけに、「精霊の飲み水」はとても優秀な回復アイテムだった。使用すればパーティーメンバー全員の体力と魔力が全回復、戦闘不能を含めた状態異常も全て直してくれるという優れものだ。

 ここぞというときに使え、形成逆転を狙える切り札。もっとも“私”は勿体無い病が発病して、ゲームクリアまで使用しなかったのだが。

 師匠から譲り受けた文献には、




 ――どんな難病も治す奇跡の湧き水。




 そう記されていた。

 私は椅子から勢いよく立ち上がる。すると同室のチェルシーが驚いたようにこちらを見た。




「ラウラ、どうしたの?」




 彼女はベッドに腰掛け、何やら本を読んでいたようだ。どうやら驚かせてしまったらしい。

 チェルシーに謝罪して「ちょっと図書館に行ってくる」そう言い残し部屋を出た。訝しがるような視線が背中に向けられているのを感じたが、立ち止まる暇もなかった。私は重く分厚い本を胸に抱えたまま、図書館への廊下を急ぐ。

 ――心臓がバクバクとうるさい。はやく、はやく、とどんどん駆け足になる。

 精霊の飲み水。それは確かに、「ラストブレイブ」の作中に登場した。かといってこの世界に100%存在するとは言い切れない状況だ。そして、この精霊の飲み水のこの世界での効力――どんな難病も治すという効力――が本当かどうか分からない。けれど、他の伝承よりは遥かに可能性がある。


 王城の中、2階分を刳り貫くようにして作られた大きな図書館。最近ではすっかり常連になっているそこに駆け込む。顔なじみの司書さんがびっくりしたように目を丸くして私を見ていたが、今は挨拶する時間も惜しかった。

 階段を駆け上がる。誰も使っていない長机に持ってきた本を置くと、私は本棚に張り付くようにして“それ”を探し始めた。

 なんでもいい。どんな小さなことでもいい。とにかく、この「精霊の飲み水」について調べなくては――




(……あった。あ、こっちにも!)




 思いの外、精霊の飲み水に関する記述はあちこちの本の中に見つかった。しかし、数は多けれど内容はほとんど代わり映えのしない説明文ばかりだった。

 ひとつは、その万能と言える効力。

 そしてもうひとつは、その伝承が伝わる地方。

 これだけだ。




(場所はフラリア地方……ゲームと一緒だ)




 フラリア地方。ゲームでは序盤から中盤にかけて訪れる、一年中花が咲いている温暖な地域だ。“私”の記憶が正しければ、街に100歳を超えるおじいさんが住んでおり、彼からアイテムについてのヒントをもらったはず。

 かなり早い段階で、万能とも言える回復薬を手に入れることができたことにとても驚いたのを覚えている。もっともその後ストーリーをいくらか進めると、倒すのに手間がかかるボスが待ち構えていて、このボスに対する救済処置かと思ったものだ。




(王都からフラリアの街までの距離は……)




 今度は地図を取り出す。

 恐らくそう遠くなかったはずだと記憶しているが――




「近い!」




 思った以上に王都の近場で、思わず私は大きな声を上げてしまう。すると即座にあたりから複数の厳しい目線が飛んできて、私は身を縮こまらせながらも数度頭を下げた。

 咎めるような視線を感じなくなってから、あらためて地図に目線を落とす。そして王都の場所とフラリアの街の場所をあらためて見比べた。




(やっぱり、エメの村よりずっと近い……今度の休みに行けるかもしれない)




 どんな難病も治すという、奇跡の水。

 もしそれがこの世界にも存在するのだとしたら。そしてそれを手に入れることが出来たなら――自壊病の不可解な点も何もかもすっ飛ばして、エルヴィーラを救えるかもしれない。

 効力が伝承の通りとも限らないが、賭けてみる価値は十分ある。

 私は決意した。

 少しでも早く、フラリアの街を訪れよう。しかしその前に――アルノルトに報告するべきか。

 脳裏をよぎった考え。彼の理解が得られたなら、何かと協力出来て心強いだろう。そして何より1人で精霊の飲み水があった森の奥深くへ足を運ぶのは心細い。魔物も出た覚えがある。強い魔力を持つアルノルトが同行してくれたならば――

 しかし、なんと話せば良いのだろう。

 前世の記憶からして、この「精霊の飲み水」は実在している可能性が高いです――なんて。馬鹿正直に言ったところで、鼻で笑われるだろう。頭でも狂ったかと信頼を失う可能性だってある。

 はてさて、一体どうするべきかと頭を抱えていたら、




「あ、やっぱりここにいた!」




 可愛らしい声が頭上から降ってきた。

 顔を上げずとも分かる、この声はチェルシーだ。

 ゆっくりと伏せていた視線をあげると、予想通り笑顔のチェルシーと目線がかちあった。




「チェルシー、どうしたの?」




 チェルシーも図書館に探し物をしに来た、というわけではなさそうだ。私を探しているような口ぶりだった。




「カスペルさんがラウラに用があって来てるよ」




 そう言うチェルシーの肩越しに、もじゃもじゃ頭が見えた。そのもじゃもじゃ、がいつもより激しいように見えるのは気のせいか。

 チェルシーは私の元から離れてカスペルさんに駆け寄ると、数言交わしてから、一度私を振り返る。そして口の動きだけで「部屋に帰ってる」と伝えてくれると、階段を降りていった。

 カスペルさんは頭を手でかきながら私に近づいてくる。動きがいつもよりゆっくりなためか、疲れているように見えて――実際顔をよく見ると、目の下に薄くではあるがクマがあった。




「詳しくは明日、研修前にお話ししようと思うんすけど」




 口調もいつもよりゆっくりで、心なしか声のトーンも低い。

 休日に一体何の用だろう。チェルシーに言付けを頼まず、わざわざ私を探しに来たと言うことは、私個人への用件か。それも、チェルシーをこの場から離れさせるという時点で――もしかすると、それなりに重要な用件かもしれない。

 なぜだか嫌な予感がする。先ほどの高揚感とは違う理由から、心臓がバクバクと音を立てていた。




「ラウラちゃん、見習いから助手に昇格っす」




 鼓膜を揺らした言葉の意味が理解できなかった。

 ぽかん、とだらしなく口を開いた私を気にもとめず、カスペルさんは大きな欠伸をひとつ。そして「明日また説明するっす」との言葉を残すと、その場から踵を返した。

 丸まった背中を見送りながら――というより、唖然と見つめながら――頭の中で先ほどのカスペルさんの言葉を反芻する。

 ――見習いから、助手に昇格。




「……は?」




 それでもやはり、その言葉の意味が理解できなかった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 「見習いから、助手に昇格。」 給料が支給されるけど、より忙しくなると言うことでしょうね。
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