声を上げる青年
どうやらシューラが拘束した騎士たちを見つけたようで、辺りをしらみつぶしに探し始めているらしい。
「…早く動かないと、どんどん不利になっていく…」
オリオンは騎士団の動きのせいで動き出せないことにやきもきしているようで、小屋の中をウロウロと歩き回っていた。
「シューラは…あの騎士たちをどうにかできるか?」
ルーイは不本意そうにシューラに訊いた。
だが、確かに先ほどの彼が華麗に騎士を倒したのを見たのなら頼りたくもなる。
「無理だろうね…副団長はその辺の奴とは違うだろうし、彼の近くにいる騎士もおそらく並み以上だよ。」
シューラは両手を上げて降参するようなポーズを取った。
「多少なら私も戦えますが…赤い死神と副団長の実力は噂程度しか知りません。副団長は少しだけ見ましたが、それでも掴めるほど私は手練れじゃないです。」
アロウも少し悲観的な意見だった。
「死神は…昔も強かったけど、今はマルコムと同じくらいか僕と同じくらいじゃない?それに彼の強みは戦闘能力よりも多彩な攻撃能力だよ」
シューラはリランを警戒しているようだ。
ただ、彼の言う多彩な攻撃能力という言葉がミナミたちはピンとこなかった。
「お前そこまで強いのか?」
ルーイは失礼だがシューラに驚いていた。
「失礼だね…僕、昔に今のあの死神たちを軽く流して実力差を見せたことがあるんだよ。」
シューラはただでさえ三白眼である目でルーイを睨んだ。
「今はその話はいい。それよりもどうするかだ…」
オリオンはしびれを切らしたように人差し指を立てて、苛立つように何度も振っていた。
外をうろつく帝国騎士にはなるべく見つからずに合流地点に行きたいのだ。
この小屋には無いが、合流地点には馬と武器など逃亡に必要なものはだいたいある。
そんな小屋を見つけられたら大変だと思うだろうが、同じような小屋もいくつか作っているので、特に気にされないようにしている。
追っ手が少数なら、幸いここは町中ではない。結構強めの魔力を使って逃げることも出来るだろう。
だが、結構な人数の帝国騎士がいる。
さらに、ライラック王国の兵士なら行けるだろうが、帝国騎士にそんな手が通用するとは思えない。
とにかく、マルコムとの合流地点に行かなくてはいけない。
「シューラ。お前魔力は」
「攻撃手段だと僕は水と風だから大騒ぎは起こせないよ」
魔力を使っての打開を考えたらしいオリオンはシューラに尋ねていた。
「マルコムが大げさな土を使えるけど、ここにいないからね」
シューラは困ったように言った。
「俺が風と闇…小手先だけしかできないな」
ルーイは悔しそうにつぶやいた。
「私がよく脱走に使う光は…」
ミナミは自分がお勉強の脱走でよく使う体ピカっを提案した。
「アホか?一瞬の目くらましにしかならない」
オリオンが呆れた様子で一蹴した。
ミナミはその様子が懐かしくて少し嬉しくなったが、口に出せる状況ではないのでミナミは黙った。
「…今なら、もうマルコムはいそうだな…」
シューラも少しそわそわしてきていた。
「現実的に…ここから逃げる方法は…やっぱり…」
オリオンが少し諦めたように呟いていた。
「お兄様…何を考えているの?」
オリオンのその顔にミナミは不安になった。
何か、オリオンがミナミのためにまた無茶をするようなそんな顔だった。
だが、そんな思案や意見交換の時間は直ぐに終わった。
「何をやっているのか…わかっていますか?オリオン王子。」
小屋の外から、多少脅すような声が響いてきた。
その声はミナミも聞き覚えのある声だ。
ただ、ミナミはその声が優しい時の印象が強い。
こんな威圧的な声を出すなんて知らない。
「この小屋にいるのはわかっています。」
気が付くと、小屋の周りに帝国騎士たちが囲むように立っていた。
その中で、小屋にある唯一の出入り口の前でフロレンスが…リランが腕を組んで立っていた。
「…あれが…死神か?」
リランを見たことのないルーイは少し拍子抜けな声を上げた。
そうだろう。
年齢的に言うとリランはオリオンと同い年くらいだ。
そして、顔立ちならマルコムと同じように穏やかな印象を抱くし、マルコムほど筋肉質ではない。
彼はオリオンと同じくらい細身なのだ。
「…そして、いるんだろ?シューラ・エカ…」
リランは暗い声色でシューラを呼んだ。
明らかにシューラとの間に何かがあったような雰囲気だ。
まあ、先ほどシューラがリランに勝ったことがあると言っていたのだからそれなりに因縁はあるのだろうと想像はしていた。
「…どうするの?…流石に彼相手だと僕も厳しいよ。」
シューラは困ったようにアロウを見た。
「…どうするも…」
「俺が出る。この国の王子であって…次期国王だ。」
オリオンはアロウを押しのけ、入り口に向かった。
どうやら自分がひきつけるか、何らかんらの手段を用いてミナミたちの逃げる時間を稼ぐようだ。
「待って…」
シューラが素早くオリオンの前に回って、止めた。
ドドド…という何とも言えない地響きが少しずつ聞こえてくる。
異変に気付いたのか、外にいる騎士団も騒がしくなっている。
「…小屋から目を離すな!!」
騎士たちを叱咤するエミールの声が響いている。
どうやら騎士たちが小屋から目を離すようなことが起きているようだ。
「ブヒヒヒン!!」「ブルルン!!」
外から馬の声と暴れる音が聞こえる。
どうやら誰かが馬を放して暴れさせているようだ。
そのせいで騎士たちが小屋から目を離してしまう事態のようだ。
ドゴン
「ぐああ!!」
「がああ!!」
鈍い打撃音と、うめき声があがった。
それに伴い、小屋の外が騒がしくなっている。
入り口側ではなく、反対方向の騎士たちに声だ。
馬に倒されたのだろうか、騎士たちが倒れる音も聞こえた。
「離れろ!!」
シューラが何かに気付いて、叫んだ。
「…え?」
ミナミはどこから離れるのかわからず、辺りを見渡した。
ドゴン、バキッ…と打撃音が響き、ザッザッザ…と足音が近づいてくる。
「こっちだ!!」
オリオンがミナミを抱き寄せ、壁から離れた。
ズシャ…っと、ミナミがオリオンとともに地面に倒れるのと同時に…
バキャン!!ドゴン…と、木材が破壊される音が響いた。
「…う…」
ミナミはオリオンに庇われたようで、彼を下敷きにして倒れていた。
倒れた衝撃に呻きながら、ミナミは音の元に目を向けた。
土埃と木材の破片が舞っていて、空気がとても淀んでいる。
ただ、壁のあった場所には大きな穴が開いていて、そこから入ってくる外の光が眩しい。
「今のうちに…逃げるよ。」
そこには、槍を二本持っているマルコムが立っていた。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
主人公。茶色の髪と瞳をしている。整った顔立ちで人目を引くが、右頬に深い切り傷のあとがある。槍使いで顔に似合わず怪力。身体能力が高く、武器を使わなくても強い。
追われている身であるため「モニエル」と名乗り、本名は伏せている。
シューラ(シューラ・エカ):
主人公。白い髪と赤い目、牙のような八重歯が特徴的。日の光に弱く、フードを被っていることが多い。長い刀を使う。マルコムよりも繊細な戦い方をする。
追われている身であるため「イシュ」と名乗り、本名は伏せている。マルコムと二人の時だけ本名で呼び合う。
ミナミ:
たぶんヒロイン。ライラック王国王家の末っ子。王に溺愛されている。国王殺害を目撃してしまい、追われる身になる。好奇心旺盛で天真爛漫。お転婆と名高い。汚いものを知らずに生きてきた。
フロレンス(リラン・ブロック・デ・フロレンス):
実質帝国のトップに立っているフロレンス家の若い青年。赤い長髪を一つに束ねており、帝国の赤い死神と呼ばれる。まだ若いが、ライラック王国の対応の頭。ミナミの逃亡を助ける。
オリオン:
ライラック王国第一王子。ミナミの兄。王位継承権第一位。ミナミの逃亡の手助けをルーイに命ずる。四兄妹で一人だけ母親が違うが、早くに母親を亡くしているため誰よりも家族思い。
ルーイ:
ライラック王国の兵士。ミナミの幼馴染。市民階級であるが、いつかミナミと並ぶために将軍を目指し剣や勉強に励んでいる。オリオンの命と自らの意志により、ミナミの逃亡の手助けをする。
アロウ:
ライラック王国で表では武器屋、裏では宿屋を営業する男。裏の情報を城に流していた。国王の古い友人でマルコムとシューラの雇い主。
エミール:
帝国騎士団副団長。リランの付き人。茶髪で穏やかそうな外見をして居る。リランよりもかなり年上だが、あまり年齢を感じない。帝国騎士団団長のフロレンス公爵に心酔しており、帝国勢力拡大にはリラン以上に積極的で攻撃的。
ホクト:
ライラック王国第二王子。ミナミの兄。王位継承権第二位。父である国王を手にかける。
アズミ(アズミ・リラ・ハーティス):
ミナミの姉でオリオンとホクトの妹。隣国のロートス王国の公爵家に嫁いでいる。面倒見がよくて明るい女性。