第60話 薬草と秘薬
昨日刈り取り、その上で火の海に変えたズナナ草が完全復活していた。
見間違いなどではない、木は生えていないし池もある、明らかに昨日の島だ。
どうやらズナナ草の生命力だか復活力だかは、地球が誇る最強の侵蝕バイオ兵器・竹をも凌駕するらしい。
というか、いくら魔物の領域ではズナナ草多いとはいってもこの復活能力、植物として正しいのだろうか。
あそこまで破壊し尽くされて、種が残るとも思えない。
空気中から湧いて出てくるとか、空気中に見えない大きさの種が舞っているとか?
それなら本当に手の施しようがない。
……もしや、植物ではなく菌類か何かなのか?
地中に菌糸のようなものがあり、ズナナ草はそこから生えるキノコのようなものだと考えれば、説明がつかないでもない。
であれば、試す方法は一つ。
俺はズナナ草を魔法で刈り、回収しながら、長さ5mほどの巨大な爆裂砲弾を生成する。
使用魔力は、砲弾本体に4000、爆薬部分に5万ほど。
300m四方の木々を根絶やしにするレベルの魔力を使うことになるが、クレーターを作ろうと思えばこのくらいはやらなければならない。
被害を受けないよう空高く飛び上がり、適当な平地に叩きこむ。
バンカーバスターじみた巨大砲弾はその魔力に由来する頑丈さで地面に5mほど食い込み、爆散。
水に巨石を放り込んだがごとく、周囲の土砂を空高く吹き飛ばす。
その後、100mほどの高さまで舞い上げられた土砂が地面に降り注ぎ、島は茶色い荒野(池及びクレーター付き)と化す。
流石に、これでもう生えてくることはないだろう。
生えてきたら流石に手の施しようがない、ズナナ草を本業にするか、ズナナ草とうまく共生してくれることを願ってこのままサトウキビを植えるしかなくなる。
しかしこの島はズナナ草に占拠されてしまっていて、サトウキビが入り込む余地などありそうにない。
元々は木とズナナ草とが共存する島だったのだが、こんな生態系に誰がした。
……まあ犯人探しをしても仕方がない、こうなったらズナナ草の有効活用法を探してやる。
いくらでも生えてくるなら数人送り込んで草刈りさせるだけで大量のズナナ草が手に入るだろう、夢がひろがりんぐ。
逆に俺がここにわざわざズナナ草を狩りに来る位なら、魔物でも殲滅したほうが手っ取り早く稼げる。
となれば行き先は我がメイプル商会経営陣の良心、メルシアの所だ。
「と、いうわけでズナナ草を大量に採取して、売りさばけば儲かると思うんだが、どう思う?」
数十分後、俺はメルシアに事情を説明して、意見を求めていた。
「人員輸送は発注した船で行えるとしても、今思いつく範囲でも2つほど問題がありますね」
「何だ?」
「まず、いくらズナナ草が常に品薄とはいっても毎日何百キロ、下手すれば1トン近くなるような量のズナナ草などが供給されればあっという間に飽和してしまうでしょう。 値段を下げるにしても、再使用までに必要な時間を考えると需要には限界があります。 その上、この先ブロケンを奪還、防衛ラインが完成した場合、デシバトレからブロケンまでの切り開かれた森から大量のズナナ草の供給が予想されます。 ……防衛線構築に時間がかかれば話は別ですが」
「かと言って、ブロケン攻略をわざと遅らせる訳にはいかないしな……」
「もう一つはズナナ草がいつまで生え続けるか、ということです。 一般的に魔物の領域を切り開いた場合、その地でのズナナ草生育のピークは開拓後3ヶ月程度、そこから一気に収量が落ちます。 これが現在、ズナナ草目当ての開拓が行われていない理由の中で最も大きいものでしょう」
「そっちは大丈夫だな、開拓なんて1時間もかからないし、3ヶ月ごとに焼き払って回ればいい。 それでズナナ草が生えなくなったらサトウキビ畑にでもする、どうだろう」
環境保護団体か何かが聞いたら激怒するかもしれないが、この世界にはそんなものはない。
それどころかギルドが率先して森を焼き払って回っているのだ。
「そういえばそうでしたね…… ですがそれでは消費量の問題が残ります、供給量を絞って値段を固定するなどすれば黒字にはなりますが、やや規模が小さくなります」
「量使っていいなら濃縮するとかして、効果を高めたら?」
「無理ですね、そもそもポーションの類の効果限界量は、主に摂取するズナナ草の量に依存していますから、一部の例外を除いて、いくら量があっても同じ種類の材料で出せる効果は変化しません」
「例外ってのは?」
「大量のズナナ草をデシバトレ酒に漬けたものに他の材料を混ぜて飲むと通常より魔力が多く回復する、などという話があります。 もちろん酔っ払ってしまって魔法どころではありませんが」
「デシバトレ酒って何だ? それじゃなきゃ駄目なのか?」
「普通の酒を、蒸留するなどして強くしたものだったはずです。 普通のお酒では効果は薄いみたいですね」
……もしかして、アルコール抽出か?
ネックになってる成分と有効成分が別で、アルコールを使うことで必要な部分だけ取り出せる?
「そのデシバトレ酒、どこで売ってる?」
「ええと、基本的にデシバトレに持って行く時に普通のお酒から作る、と言った形だったはずなので在庫はないかと……」
「そうか、じゃあ作ろう」
無いなら、作ればいいのだ。
近くにあった酒屋から安い割に度数が高いと言う酒(少し飲んでみたが、淡麗な味わいで意外と美味かった)を大量購入し、魔法で蒸留する。
一時間後。
複数回の蒸留を終え、酒は見事に10リットル余りのデシバトレ酒らしき何かになっていた。
それにズナナ草を5キロほど放り込み、布で濾過したものを蒸留すると、後には300mlほどの粘度が高く、青っぽい色の液体が残った。
もちろんアルコールの方は別に回収している。
「……これで完成か?」
見るからに毒々しい鮮やかな青い液体を見て、メルシアに問う。
「さぁ…… こんなやり方聞いたこともありませんし、聞かれても困ります」
俺に聞かれても困る、そもそも俺はポーションの色さえも知らないのだ。
どうしたものか……
あっ、鑑定があるじゃないか。
ズナナ草抽出液
説明:ズナナ草をアルコールによって抽出したもの。
アルコールを約5%、水を82%含む。
完成しているみたいだ。
アルコールの蒸留がいまいちだったのか、水がやたら多いが。
「よし、多分行ける。 他の材料ってのは?」
「ポーションの種類によりますが」
一番強度が要求されるのは体力回復だろう。
なにせ薬の効き目がそのまま生命に直結する。
「体力で」
「専門の薬師ではないので細かい配合は知りませんが、確か魔物の肉を炭焼きにしたものを混ぜればよかったはずです」
「了解」
と、こんな感じで新型ポーションの制作は続けられ、更に一時間後。
材料の投入と撹拌が完了し、100mlほどのポーションらしきものが完成した。
鑑定。
体力回復ポーション
説明:体力を80回復する。 使用後約30分間同系統のポーションの効果が出なくなる。 限界量2回分の分量。
80?
俺は1000近いHPを持つが、普通の人間のHPって30とか、冒険者でも100とかだよな?
……死者蘇生?
いや、死んでちゃ流石に無理か。
「お、恐ろしい物を創りだしてしまった……」
「どうしたんですか?」
「俺は見たものの効果がなんとなく分かるんだが、どうやらこの薬は死にかけの人間を一発で復活させるレベルの代物らしい」
「何なんですかそのすさまじい能力…… いえ、カエデさんの能力はともかくそのポーションですね。 そんなにすごいんですか?」
「多分。 誰か実験台がいればいいんだけど」
わざわざ怪我をしたり、させたりするわけにはいかないし、証明する手段がない。
「治癒院に行けば、可能性はありますが……」
「『新しい薬作ったから、実験台やってくれ』とでも言いに行くの?」
「そのままでは死ぬしか無いような方もいますし、望みがあるとなれば、賭けだとしてもお互いのためになると思います。 体力回復ポーションは病気にもある程度効きますし」
治験的な感じか?
まあ、鑑定が間違うとも思えないし、できるならそれに越したことはない。
「まあ、ダメもとで行ってみるか……」
と、そんなに都合のいい患者、いるわけ無いだろう、と思いながら治癒院に向かったのだが。
なんと、いた。
「本当にいいんですか? 即死する危険もあるんですよ?」
「ああ、このままではどうせもう助からない。 このまま生きていても家族に迷惑を掛けるばかり、そこに今の話だ。 死か回復か、最高じゃあないか」
治癒院に話を伝えたところ、一人の患者が名乗りを上げたという。
その患者は30歳ほどの痩せた男だった。
元は腕の良い冒険者だったのだが、不運にも膝にゴブリンの矢を受けてしまい、その傷口が元になって病気に。
今では歩くこともできなくなり、今は妻と子供が働いて家を支えているそうだが、生活は苦しくなるばかりだという話だ。
HP表示は21/96、ほぼドンピシャだ。
「わかりました。 ではこれを」
メルシアが、制作した薬を半分に分けたものを男に差し出す。
「よし、行くぞ」
そう言って男は薬を一気に飲み干す。
「ぐおおおおおぉおおぉ」
と、薬を飲み干した男が苦しみ始める。
鑑定が間違っていたのか?
「だ、大丈夫ですか!」
「……」
と、男の苦しみが止まった。
死んでしまったのかと一瞬思ったが、そういう様子ではない。
驚いている様子だ。
「う……動ける! 動けるぞ!」
実際、死などでは全くなかった。
そればかりか男は、自分にかけられていた布を投げ捨てると自分の足で力強く立ち上がった。
痩せていたはずの体まで、筋骨隆々とした冒険者の体になっている。
これ、回復か? 何かおかしなドーピングだと言われても驚かないぞ。
いや、こんなことを考えている場合ではない。
データを取らねばならないのだ。
「あの…… 体は大丈夫ですか?」
「あ、ああ……まるで全盛期に戻ったようです。 あの薬は秘薬か何かですか?」
いつの間にか俺に対する言葉が敬語になっている。
「えーと、詳しくは企業秘密です。 全盛期はそんな体だったんですか?」
「そうです、多少鈍っていますが動きも悪くない。 あなたは命の恩人です」
「いえ、こちらにも目的があってのことですし」
「本当に、無料でいいのですか?」
「元々そういう話ですからね。 では私達は、これで」
死者蘇生は無理でも、弱った体を復活させる程度の効果はあるらしい。
なんともはや、恐ろしい薬だ。
普及した暁には『なんとか致命傷で済んだぜ……』などという時代が来るかもしれない。
「大量のズナナ草の消費方法、完成したな」
「もはやそんな小さい問題ではない気がしますが……」
小さい問題でも大きい問題でも構わない、大は小を兼ねるのだ。
とりあえず、完成品はまとめてアイテムボックスに放り込んでおこう。
ブロケン攻略戦で怪我人が出た時に使えるかもしれないし。
通常の薬は、病気を一発で完治させたりなどもちろんしません。