第4話 鐘と飯屋
「いらっしゃい。泊りかい?1泊600テルだよ。」
「わかりました。これでお願いします。」
銀貨を差し出す。おばさんは銀貨を受け取り、ポケットから取り出した銅貨を40枚数え、鍵とともに手渡してくる。
銅貨は5円玉ほどの大きさで、穴は開いていない。”10”という文字と何らかの紋章のようなものが彫られている。
紋章は下を向いた剣と上を向いた槍が斜めに交差したようなものだ。開○高校の校章をペンではなく槍にしたような構図だが剣はRPGでよく見るような直剣だ。
銀貨は500円玉ほどの大きさで同じような紋章が彫られていたので、この国の紋章か何かかもしれない。
「鍵はこれだよ。2階の1番手前の部屋だ。飯は1日に2回、隣にある飯屋で鍵を見せればいつでも食べられるよ。一食60テルまでならタダだがそれ以上は追加料金がかかるから注意しな。」
そういっておばさんは階段を指差す。飯屋と提携するというのは安くするのには確かに効率的なのかもしれない。時間が決まっていないのもありがたいな。
鍵はただの木製棒に字が書いてあるだけのものに見える。カードキー的な何かだろうか。
今日は疲れた。随分動いた気がするが肉体的には疲れを感じていない。気付いていないだけという可能性もあるが。だが精神的な疲れは別だ。今日はいろいろなことがありすぎた。
早く眠りたいと思い、階段を上がって部屋に入る。部屋は4畳半ほどの広さで、ドアには閂のようなものがついていたので下しておいた。外から鍵を挿すと閂が外れる仕組みになっているらしい。鍵の位置と閂の位置が接触していないのだが大丈夫なのだろうか。鍵を開けるときに手ごたえはあったし便利な魔導具的な何かが普及しているのかもしれない。あまり丈夫そうな印象はないが大きな物音がすれば店の人が気付くだろうし鍵だけで防犯する必要はないのだろう。
凄く丈夫で簡単には壊れないような材質が使われている可能性もなくはないが、そんなものがあるなら武器に使われているだろうし閂は別に頑丈ではない気がする。そもそも閂は真鍮のような色だが武器は銀色だった。命を預ける武器より安い宿の鍵のほうがいい材料を使っているとは考えにくいし。まあ念のため荷物は常に持ち歩くことにしよう。どうせアイテムボックスがあるから荷物が増えても困らないし。
そうだ、アイテムボックスだ。MPを消費する可能性があるから使用を控えていたのだが、ここでなら大丈夫だ。
ステータスでMPを確認し、アイテムボックスと念じると、アイテムウィンドウが表示される。画面には|葉っぱ(ポレの葉)、緑犬の写真、銀貨と銅貨が写っている。収納されていた緑犬は黒こげだったが写真では元気な姿のようだ、っていうか生きてる。”※写真はイメージです”と言った感じか。ステータスを確認するがMPは減っていない。MP消費は初回使用時だけなのだろうか。
右上の表示は4/1012のままだ。アイテムボックスの枠の数は残念ながら最大MPが増えても増えないようだ。まあこれで気軽にアイテムボックスを使用することができる。
ボタン付きの球状の明かりがあった。ボタンを押すと明かりは消えた。俺は飯を食うのも忘れてそのまま眠りについた。
ベッドは悪くもないが、よくもないという微妙な感じだった。安い宿でこれということは異世界のベッド事情は意外と悪くないのかもしれない。
翌朝、鐘の音が聞こえて、目を覚ます。
鐘が聞こえるのはいいが、この鐘が何時に鳴っているのかがわからない。
昨日の日の暮れ方からして1日は24時間程度な気がするが、どの程度差があるのかはわからない。案外24時間ジャストだったりするかもしれない。
まあ今となっては時計もないしこの世界に来てから見たこともない。時間を計る術がない。そもそも1分ってなんだ。セシウムがどうとか言う話を聞いたことがあったがもちろんそんなもので時間を計ることは出来ない。
ん?そういえば1分がどうとかMPのところに書いてあった気がするな。MPを鑑定してみる。
MP 1512.00/1512.00
説明:魔力量。魔法や一部のスキルを使用する際に消費される。この世界の人族の平均魔力量を10として定められる相対的な数値。左が現在の魔力量、右が最大魔力量を示し、魔力が最大値を下回った時点から1分ごとに最大魔力量の0.1%を回復する。
小数点以下を切り捨てて表示される。
全回復している。昨日アイテムボックスを使用した後のMPは500ほどでレベルが上がっても全回復はしなかった。計算してみると昨日アイテムボックスを使ってから11時間以上はたっているようだ。
靴を履き、1階に下りてみるとおばさんが掃除をしている。部屋の鍵は鍵をさして左に回してみると何か手ごたえがあるのを感じ、ドアを引いてみても開かなかった。これでしまったようだ。まあ荷物なんてないし金はアイテムボックスの中なんだから締める必要はあまりないが、こういうのは習慣だ。
「おはようございます」
とりあえず挨拶をする。挨拶は大事だ。
「おはよう。飯なら隣の飯屋がもうあいてるよ」
おばさんも挨拶を返してくれる。さっき鐘の時間が気になったので聞いてみる。
「鐘が聞こえましたが今は何時なのですか?」
「何時?あー……、6時って言うのかな?”何時”だなんて言い方、お役所くらいしか使わないよ。鐘が鳴るのは1日を4つに分けた時間に1回、太陽が1番上に上るときとその4半日前後だよ。こんなことも知らないなんていったいどこから来たんだい?」
「あ、あはは…。」
笑ってごまかすことを試みる。鐘が1日に3回しかならないということは普通の人はあまり時間に厳しく動いてはいないのだろう。
「まあ詮索はしないから安心しな、盗賊じゃないことがわかって金を払ってくれるなら問題ないね。」
ごまかせたのかな?とりあえずごまかしたことにしておこう。
昨日飯を食わずに寝たので腹がすいている。とりあえず飯を食いにいこう。腹が減っては戦は出来ぬというしな。
まあ今日受けるつもりの依頼は戦ではなく薬草採取とかのつもりなんだけど。
宿を出て隣の飯屋に入る。客はまだ3人ほどの冒険者らしき人達しか入っていなかった。
「へいらっしゃい!!」
朝早いというのにやけにハイテンションな店主だ。こちらも酒場のオヤジと言った感じの見た目だ。頭にタオルらしき白い布までまいている。ねじり鉢巻きというのだろうか。
昨日見たギルドの酒場の店主っぽい人も似たような見た目だった。この世界の飯屋がこんな外見のばかりなのだろうか。
「それは鍵だな!!宿の客か!どれにする!?」
そんなにハイテンションで話しかけられても困るんだが……。起きたばかりでこの大音量はきつい。頭が痛くなりそうだ。
「あー、メニューとかありますかね?」
「これだ!!よく選べ!!どれもうまいけどな!!」
随分な自信のようだ。テンションについてはもう気にすまい。そういうキャラだということで納得することにした。あきらめたとも言う。
とりあえず「グリーンウルフ定食」を頼むことにした。理由は60テルジャストだったのとどんな味がするのか気になったからだ。
俺に襲いかかってきたし雑食動物な気がするが、この世界では美味いのかどうか気になったのだ。食えないものは出てこないだろうしな。
「へいおまち!!!」
5分ほどで料理が出てくる。タレとともに焼かれた肉と黒っぽいパンがついてくる。料理の手際はかなり良かったが味はどうだろうか。
「……うまいな。」
意外にも思わず口に出してしまうほど美味かった。犬のような見た目だが味は豚肉を若干淡泊にしたような感じだ。
パンはぼそぼそして単体ではそんなにうまくはないが、肉とよく合う。
どの辺が定食なのかよくわからないが味も量も満足できる素晴らしい食事だった。衛兵さんが薦めるのも納得だ。随分な自信を持つだけのことはある。
これで店主のテンションがもう少し落ちてくれれば言うことはないのだが。
今日はこの後冒険者ギルドに行って依頼を受けるつもりだったが、昼飯の用意をしていないことに気付いた。
この世界にはコンビニなどないだろうし、缶詰もないだろう。食べ終わったのでどうしたらいいか店主に聞いてみる。
「すみません。私は冒険者なのですが昼飯はどうしたらいいのでしょうか」
「今日の昼飯だけなら50テルで作ってやる!!パンに肉をはさんだやつだがうまいぞ!!長期間になる場合は冒険者ギルドの横にある店で固焼きパンと干し肉を買っていけ!まずいしのどが渇くから水魔法が使えないなら水の用意を忘れんな!」
「じゃあそのパンに肉を挟んだのをお願いします」
そう言ってポケットに手を入れ、アイテムボックスから銅貨を5枚取り出す。何もないところからアイテムボックスで取り出すよりは目立たないだろう。大きい物を取り出す場合には無理だがどうせ冒険者ギルドにはばれているのだし。
「おう!これだ!」
あらかじめ作ってあったのか店主が大きな葉っぱで包まれたパンを持ってくる。防腐効果があったりする葉っぱなのだろうか。
パンは長さ40㎝ほどでかなり大きい。手に持って運ぶのは厳しそうだし荷物を入れる物も持っていないのでアイテムボックスに収納する。銅貨をポケットから取り出したのは無駄になってしまった。
「兄ちゃんそれアイテムボックスか!?すげえじゃねえか!魔法の素質持ってるんなら冒険者なんかやらねえでも軍でも貴族のとこにでも簡単に就職できるぞ!まあ冒険者は確かにロマンだがな!」
やはり魔法の素質は中々のレアスキルのようだ。お礼を言って店を出てギルドへ向かう。今日は初めての依頼だ。やはり最初は定番の薬草採取だろうか。
緑犬を倒してはいるが出来れば戦う前に武器がほしい。それには金が必要だしまずは稼がなければならない。そんな考え事をしながら歩く。
……あれ?ここ昨日通ったところと違う気がする。まっすぐ歩いていたと思ったんだが……。
左右を見回してみる。今俺は細い路地が交差している場所に立っているようだ。
「あっ」
思わず声を出してしまう。しまった、来た方向にまっすぐ引き返せば元いた場所にもどれたはずなのにどっちの方向から来たかわからなくなってしまった。
結構な距離を歩いてしまったようでどの方向を見ても宿やその周辺らしき風景は見えない。
あ、あっちから来た気がする。多分こっちだ。多分こっちから来たんだ。きっとそうだ。そうに違いない。
とりあえず根拠のない確信…もとい、長年培われてきたカンで歩く方角を決めてその方向にまっすぐ進む。この町にきてから半日とちょっとで培われたカンだ。
あ、あっちのほうなんとなく宿があったほうっぽい。やっと戻れる!
カエデは宿からここに来るまでに迷った交差点以外では一度も曲がっていないことも忘れて嬉々としてその方角へ歩いていくのであった……。
数分後、
「あれ!?こっちじゃない!?」
カエデの声が静かな裏路地に空しく響いた。それに答えを返す者はいなかった。