このアンテナが目に入らぬか!?
皆一度は考えた事ないだろうか。
「今この瞬間教室に殺人鬼が乗り込んできたら」
「明日地球に宇宙人が侵略してきたら」
きっと俺ならこうする、こうやって切り抜ける…。
とイタい妄想をした事くらい一度はあるだろう。
無いなら無いで別に良いや。
まぁコレらはあくまで妄想の一環にすぎず、こんな事が起こるなんてほとんどの場合ないだろう。
俺だって、そう思っていた。
俺はちょっぴり他の人より柔道が得意なだけの、その他特に突出したものがない普通の男子高校生、佐藤星。
そんな俺は今、人生の分岐点に立たされているのかもしれない…。
「あ、ルトちゃん!おはよ〜」
「オハヨ〜」
クラスメイトの頭に生えているのだ、アンテナが…。
アンテナと呼んでいいのかは分からないが、その呼び名が1番ピンとくる。
管の様な物の先に黄色いピンポン玉程度の大きさの球体が付いたそれは動きに合わせて今もピコピコと動いている。どう考えても作り物じゃ無い。
アンテナが生えている奴の名前は内田ルト。
すごい名前だが…まぁ今の時代そんな名前の奴なんて五万といるだろう。
優しい雰囲気で友人も多い、所謂一軍ってやつだ。
正直男か女なのかもわからない。パーカーに既定のリボンをつけて、下は短めな短パンを履いてるし。
いや制服なのに短パンってなんだよ、校則どうなってんだよ…。
よく見たら髪色は薄い桃色だし、観察をすればする程おかしなところがどんどん出てくる。
なんで他のクラスメイトはその事に触れないのか、疑問でしかない。もしかして周りの奴らを洗脳でもしてるんだろうか…。
悶々と考えていたら、肩に何かが触れた。
「ノート、アズカル。提出シロ」
噂をすればなんとやら、内田ルトだ。
至近距離で見てもやはり生えている。可愛い。
「あ、はい、えと、これ…っすかね…」
「ウム、確カニ受ケ取ッタ」
今日が提出期限のノートを渡すと敬礼をして戻って行った。
何故敬礼…?とは思ったが、それよりもカタコトな事の方が気になる。というか初めて話した。結構言葉遣いすごかったな…。
しかし、コミュニケーションが上手く取れなくても一軍になれる理由がなんとなく分かった。
可愛さだ。なんと言うか、あざとい。
それを男子のみじゃなく女子にもやる事によってぶりっ子感を出さず、かつ可愛がってもらえるんだろう。
やはり宇宙人は人間の事を研究済みなのか、恐ろしい。
まぁ内田ルトが宇宙人と決まったわけではないが、アンテナが生えていることも事実。ここは警戒しておいて損はない。
俺は他のクラスメイトと違って何故か洗脳されていない、宇宙人なんかに支配なんてされないぞ!
「なぁ、お前内田さんの事どう思う?」
「はぁ?なんだよ急に…別に、なんとも。優しい人だとは思うけど」
「え?ルト君?うーん、可愛い子だよね。え、アンテナ?可愛いと思うけど…?」
「ルトちゃんめっちゃ良い子よ。なに佐藤、アンタ狙ってんの?え、短パン?あー、多様性の時代だしね、気にする事でもないでしょ。」
今日、クラスメイトに聞き込みをした結果がコレだ。皆内田ルトのアンテナについては何も言わず、制服については多様性だと殆どの奴が言った。
いや多様性ってそんな便利な言葉じゃねェだろ、その一言で全てが丸く収まると思うなよ…。
まぁ確かに可愛いとは思うけれども…絆されてはならん、俺は宇宙人なんかに負けないぞ。
帰り道、たまたま猫を追いかけていると路地裏に入ってしまった。
薄暗くて少し気味が悪いと有名なところだ。
まだ日が沈むような時間でも無いのに辺りは真っ暗。いつの間にか猫もいなくなってしまった。
今日はもう帰ろうと引き換えそうとした瞬間
「こンにチわ、わわ、ワァ」
肩を掴まれて身動きが取れなくなった。
耳元でずっとこんにちはと挨拶をしてきているが、背中がゾッとして鳥肌が止まらない。
吐息がかかってんだよクソが、生ぬるくて気持ち悪い。
この挨拶を返したら取り返しがつかなくなるような、そんな予感がした。
さっきまで誰もいなかったはずなのに、どうしていきなり。
恐怖で体が動かない。掴まれてる肩は痛いし、どうしよう。
グルグルと回る思考に落ち着かない鼓動。
「アイサツ、シテルノガ、キコエナイノカ、、、キサマァァァァアアアアアア!!!!!」
「!?」
さっきまで挨拶だけだったのに、急に奇声を上げ始めた黒いナニカ。
肩を掴む手に異様なほどの力が入っていて痛い。
このままではまずいと本能が察知したのだろうか、今までピクリとも動かなかった体が弾かれた様に一瞬で動く。
ニンゲンならきっと胸元辺りなのだろう場所を掴んで引っ張る。
体を縮こめて相手を思い切り地面に叩きつけた。王道の背負い投げだ。
人生でコレほど綺麗な背負い投げを決めれたのはコレが初めてかも。
ハジメテが化け物なのが気に食わないが、火事場の馬鹿力というヤツだろう。
衝撃で手が離れた事を確認して急いでその場を離れる。
まだ空は暗くて寒気がする。どうしたら逃げられるだろうか…?
衝撃で動けなかった化け物も回復したのかものすごい勢いで走って来ている。奇声もすごい。
かれこれ1分は走ってるのに未だ路地裏から抜け出せない。おかしい、絶対におかしい。
これもしかして、路地裏の長さ変わってねェか…?
そんな事されたらいつまで経っても抜け出せない。
体力もそろそろ限界が近いし、すぐそこまで化け物が迫っている。
気づくと足が動かなくなっていた。
もつれて思い切り転んでしまう。
痛くて生理的な涙が視界を覆う。疲れとパニックで過呼吸が止まらない。
思考はクリアなのに、体が言う事を聞かない!
早く逃げなければという焦りがさらに過呼吸を引きおこす。
「捕まえタ!!!」
予想よりも遥かに醜くて、怖くて、恐ろしい化け物が俺に飛びかかってくる。
耳もとまで裂けた口が俺を食べようと大きく開く。
俺は死ぬのか、そう悟った瞬間走馬灯が流れる。
何故か思い出すのはアンテナの生えたクラスメイト、内田ルトのことだ。
この場に似つかない笑顔が頭から離れない。俺も洗脳にかかっていたのだろうか。
ああもう、アンテナが見えてからの俺は変だ。内田ルトの事が頭を離れないし、化け物にまで襲われてしまった。
ソレもコレも全部、俺のイタい妄想なら良かったのに。
「死にたく、ねぇよ…」
「キミ、危ナイヨ!」
化け物の叫び声と共に、真っ暗だった視界が一気に明るくなる。
目の前には走馬灯でみた内田ルトが化け物を蹴り飛ばしていた。
「オマエ、悪イコト、ヨクナイ!」
そう言いながら化け物を投げ飛ばし握り潰す。
すると化け物は霧散していき、気づいたら空は明るく晴れていた。
日は沈みかけて空が赤くなっているが、さっきよりも一段と明るい。
路地裏に入った時から、既におかしかったのか…。
「う、内田…さん?」
「ア、サトウ。ダイジョウブ?」
覚えてくれてたんだ…と思いつつ差し伸べてくれた手を掴んで立ち上がる。
「さっきのあれ、なんなの…」
「アレハ最近ワルサシテタ悪霊ダナ」
「ソレを殴り飛ばせるキミも何者…」
この際、全部聞いてみるか?
悪霊が見えるなんてその時点でフツウじゃないのは分かる。一目瞭然ってヤツだ。
そこにプラスでサイコキネシスのような力を使っていたのも見てしまった。これはもう宇宙人だという確証になり得るだろ。
「内田ルト、もしかしてオマエ、宇宙人か?」
腹を括り問いかける。内田ルトは下を向いてしまった。顔に影がかかり表情が見えない。
一難去ってまた一難…か?せっかく悪霊とやらから逃げれたのに、今度は宇宙人か。
やっぱり聞くんじゃなかった…。
内田ルトが口を開く。
心臓がさっきよりも早く動いている。
いつでもこい、逃げる準備はできてるぞ。
「オマエ、何イッテル?ボク宇宙人チガウ、地球人ダ」
「…え?」
「ナンダ急ニ。変ナコト言ウナ」
「…えぇ…」
なんだコイツ…自分が何したか分かって無いのか?それとも、とぼけてんのか?
いやいや…さっきの圧倒的な力と超能力があれば俺なんてイチコロだろ、誤魔化す必要なんてない。
もしかして本当に自覚がねェのか、自分がヤバい存在だって事…。ソレはそれでヤバい。
俺はカバンから手鏡を取り出して内田ルトに見せる。
「ほら見ろ。お前の頭、アンテナ生えてんだろ。それが何よりの証拠じゃねぇか」
「コレカ?ボクのアタマノ一部ダ。普通ダロ」
「俺の頭見てみろよ…。生えてねェだろ、アンテナ」
「…ン?確カニオマエ、生エテナイ…。アレ?」
自分の頭を何度も触ったあと、俺の頭を撫でる。髪を掻き分けて360度確認した後髪型をササっと直した。
「ボク、宇宙人!?」
「いや学校の奴ら見てたら気づくだろ…」
「皆ナニモ言ワナイ。普通ダト思ッタ」
「オマエが幻覚とかかけてんじゃねぇの?」
内田ルトはしばらく考えたあと、アッと声をあげ顔を青くした。
「ボクノオカアサン、過保護。タブン幻覚カケタ…カモ」
話をまとめると、過保護なお母さんが宇宙人だとバレるのを危惧して内田ルトの事をニンゲンとして育てたのだという。あくまで内田ルトの推測だが。
しかしそうじゃなかったら周りの奴らが気付かないのはおかしいし、その線が正しいだろう。
「ボク、アヤカス苦手。オカアサン得意。」
「…まぁ…なんだ、今気付いて良かったじゃねェか。自覚を持てば見える世界も変わるだろ…知らんけど」
「関西人ミタイナコトイウナ!」
「ボクアヤカスノ苦手ダ。コレカラ練習必要ダ」
「今まで通りお母さんにかけてもらうのじゃダメなのか?」
「サトウ、オマエコレ見エテルダロ。母ニモ限界ハアル」
「あー…なるほどネ」
何とも間抜けな宇宙人だ。自分が宇宙人だって事にすら気付いてなかったなんて。
「まぁでも、宇宙人もひっそりと暮らしてたんだな。俺てっきり侵略前に偵察に来たスパイかと思ってた」
「オマエバカダロ。ソンナポンポン戦争シテタマルカ」
「真っ当な意見ありがとう…。」
俺の抜けた腰もマシになったから、歩きながら話す。
内田ルトは割とノリが良くて、ホンワカしてるイメージとは少し違ったけど、喋りやすい。
宇宙人=悪い奴らなんて考えだった俺は浅はかだ。宇宙人だってニンゲンと似たようなもんだ。
てかほぼ同じだろ、コレ。
見た目こそ擬態してたり、俺たちの姿に似せてるのかもしれないけど、家族がいる事とか、喋る事とか、価値観とか、割りかし似てる。
きっとニンゲンと同じで、悪い宇宙人と良い宇宙人がいるんだな。
「ちなみにオマエのお母さんってどんな見た目なん?」
「ン?ボクト似テルゾ。対シテカワラン」
内田は手帳から一枚の写真を取り出し見せてくれた。
中々の別嬪さんだ。
…髪の色は奇抜だがな。なんだオレンジって。
まぁいるっちゃいるだろうが、奇抜だなと思われる事に変わりはないだろう。
しかしソレに違和感を持たない…いや、持たせないのが内田達宇宙人の超能力の一つなのだろう。
「内田、一回擬態のチカラやってみてくれよ」
「イイゾ」
足を止めて、フヌヌヌヌと力み出す内田。
顔は真っ赤になり全身にチカラを入れているようだが、いつまで経っても変わらない。
「…まだか?」
「…ムリダ。デキナイ」
「今まで使ってこなかった弊害かねェ」
「クヤシイゾ…ボクモデキル様ニナラネバ」
地団駄を踏む内田を宥めつつ、考える。
人を化かすといえば宇宙人ってより、妖怪が思い浮かぶ。大抵の人はそうじゃなかろうか。
化け狸とか、狐とか、それだけじゃないが、割とイタズラ好きな妖怪が人を化かして楽しむみたいなお話が日本には多い気がする。
実際妖って書くからな。
「知ってるか、日本には妖怪ってのがいるんだぞ。人を化かす生き物」
「ソレッテ…」
「まぁさっき悪霊に遭っちまったからな、存在は否定できない…ってか、いるんじゃねェかな、妖怪。…そいつらに化かし方教われば?」
「オマエ…イイヤツダナ!最高ダ!ソウシヨウ!探スゾ、妖怪!」
さっきまで地団駄踏んでたのが嘘かのように飛び跳ねる内田。満足そうでなによりだ。
内田のアンテナが見えるようになってから、俺の世界の見え方も変わった。
それは良い方向になのか、それとも悪い方向になのか、誰にも分からない。
「オマエ、フルネームハ?」
「佐藤星だよ。内田ルト君」
「ルトデイイゾ、セイ!」
「コレカラヨロシクナ、妖怪探シ!」
「あ、俺も手伝う感じね…」
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