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25 声を頼りに

 アルデラは、今まで無視していたサラサの手紙に返事を送った。


 サラサからの手紙の内容は『琥珀宮に遊び来てほしい』というものだったので、『サラサ様、いつでもお招きください。アルデラは喜んで参ります』と簡潔に返した。


 手紙を送った三日後には、銀髪の騎士がアルデラを迎えにきた。そのことをアルデラの部屋まで伝えに来たブラッドが「招待状も寄越さずにいきなりアルデラ様を迎えにくるなんて、本当に無礼な女です」と歯ぎしりしている。


「いいのよ。私からサラサに会いたいって言ったから」


「では、私を護衛にお連れください!」


「護衛にはセナを連れて行くわ。貴方はノアの護衛をお願い」


 そう伝えるとブラッドは急に青ざめた。


「どうしたの?」


「あ……はい、しかし」


 はっきりしないブラッドに「何が不服なの?」と聞くと、ブラッドは慌てて首を左右に振った。


「不服などではありません! ただ、私がノア坊ちゃんの護衛に相応しくないだけで……」


「誰が貴方にそんなことを言ったの?」


 少しうつむいたブラッドは「夢を……」と暗い声で呟いた。


「アルデラ様が倒れて目覚めなかった三か月の間、私はずっと同じ夢を見ていました」


「夢?」


「はい、その夢の中では、毎回ノア坊ちゃんが何者かに……その、殺されてしまうのです」


 ブラッドの手は微かにふるえている。決してふざけているようには見えない。


(ノアが殺される事件は、過去のアルデラが黒魔術で時間を巻き戻す前に、本当に起こったことだわ)


 その事件を阻止するために、今のアルデラは生きている。ブラッドはふるえる両手を握りしめた。


「私は、その場に居合わせたのに、坊ちゃんを守ることができず殺されてしまいます」


(もしかして、ブラッドは、アルデラが時間を巻き戻す前の記憶を夢で繰り返し見ているの? もしそうなら、ブラッドは、ノアが殺されたときに、一緒に殺されていたということ?)


 それが真実なら、三年後、ブラッドがいつの間にか伯爵家からいなくなっていたことの説明がつく。


 ブラッドが急にいなくなったせいで、アルデラは当初は『もしかすると、ブラッドがノア殺害の犯人なのでは?』とも思ったこともあったけど、ブラッドの人柄を見るかぎり、その可能性はとても低い。


 ブラッドは重いため息をついた。


「ただの夢だとわかっています。でも、私は夢の中で味わった己の無力感を忘れられません。だから、私は坊ちゃんの護衛はできません……」


 項垂れているブラッドに「ねぇ」と声をかける。


「もし、『それは夢じゃないわ』って私が言ったら、貴方はどうする?」


 ハッと顔を上げたブラッドは、「信じます!」と即答した。こちらに向けられた、誠実そうな瞳をアルデラはまっすぐに見つめる。


「三年後、本当にノアは何者かに殺されてしまうの。私はそれを防ぐために、ここにいるといったら、貴方はどうする?」


「アルデラ様にお仕えします! なんでもご命令を!」


 そのあまりに迷いのない言葉に、つい笑ってしまう。


「私を疑わなくていいの? 今までのことはすべてウソで伯爵家を乗っ取ろうとしている悪女かもよ?」


 やり直す前の人生では、アルデラは無実の罪をきせられ悪女と罵られながら処刑された。誰一人、アルデラのことを助けてくれなかった。


 ブラッドは勢いよく床に片膝をついた。


「私は、実はアルデラ様が実家の公爵家に乗り込んで、伯爵家の借金問題を解決してくださったときから、『アルデラ様は、ノア坊ちゃんを守るために、神がつかわせてくださった女神様なのではないか』と思っていました」


 ブラッドは曇りない瞳で、とんでもないことを言ってくる。


「女神? 私が?」


「はい」


「違うわ」


 ブラッドは「そうです……よね」と肩を落とした。


「でも、私がノアを守るために、ここにいることは正解よ」


「で、では」


「貴方がみた夢は三年後、本当に起こることよ。ノアは何者かに殺されてしまう。私は全力でそれを阻止するためにここにいるの」


 顔を上げたブラッドの頬が、興奮からか赤く染まっていく。


「夢のことを詳しく話してくれない?」


「はい!」


 ブラッドの話では、薄れゆく意識の中で、「ちょうど良かった。お前には死んでもらおうと思っていた」という男の声と、「邪魔なあの女も早く殺しましょうよ」という甲高い女の声が聞こえたそうだ。


 アルデラが「その声の二人が、ノア殺害の犯人ってことね?」と確認すると、ブラッドは「はい、間違いありません」と確信を持った返事をした。


「姿は見ていないの?」


「残念ながら。男は黒いマントフードで顔を隠していましたし、女は私が切られたあとにその場に来たようです。男はこうも言っていました『あの女はまだ殺さない。利用価値があるからな』と」


 アルデラは腕を組んだ。


(その『利用価値のある女』って、たぶん私のことよね? だって、犯人達はノアを殺したあとで、すべての罪をアルデラに被せたのだから)


 ブラッドがひざまずいたまま、不安そうな顔をしている。


「ブラッド、そいつらの声、聞いたらわかる?」


「はい、三カ月もの間、聞き続けて、嫌でも耳にこびりついています!」


 アルデラはブラッドに立つように促した。


「白魔術師のサラサはどう?」


「違う……と思います。意識しながら、もう一度聞けば、はっきりとわかります」


「わかったわ。ノアの護衛はセナに任せる。ブラッド、貴方は私と一緒にきなさい。そして、声を聞きわけて、その犯人の男と女を探すのよ」


「はい!」


 ブラッドは今にも泣き出しそうな顔で「アルデラ様。私の、夢の話を信じてくださって、ありがとうございます」と声をふるわせた。


「泣くのはノアを救ってからよ」


 アルデラが微笑むと、ブラッドはまるで眩しいものを見るように目を細めた。

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