07.決戦の舞踏会2
「副団長……」
それはフィリップ様やスロランの王太子達を暗殺しようとした罪で王都に移送中だったセントラル騎士団の副団長達だった。
今朝、彼らは逃走し、行方不明になっていた。
その数、三十人。
王妃のネックレスだけではなく、宰相も伴っていた夫人や侯子夫人の宝飾品も召喚に使用されたようだ。
呪文を唱えて魔力を消費した宰相がはあはあと粗く息をつき、へたり込んでいる。
だが、元魔法騎士達の姿は……。
「リーディア、剣を!」
アルヴィンの声に私は我に返り、自分のドレスの剣型の飾りをもぎ取った。
「アルヴィン!」
一つを、アルヴィンに投げる。
「サーマス!」
一つを、サーマスに投げる。
そして最後の一つを握りしめ、私は呪文を唱えた。
「剣よ、元の姿に」
剣型の飾りは、あらかじめ『圧縮』の魔法を掛けて縮小した本物の剣だ。
『展開』して元に戻す魔法の術式を柄の部分に組み込んでいる。
術式には質の良い魔石が必要で、そして『展開』の際、多くの魔力を必要とする高難度の魔法だった。
私のドレスに散りばめられていた魔石の半分が輝きを失い、砂と化した。
アルヴィンやサーマスは自分の魔力で『展開』出来るが、魔術回路を損傷した私には不可能な芸当だ。そこを魔石で無理に補っていた。
ドレスもアクセサリーも『半人前』の私を『まあまあ戦える』レベルに底上げするためにアルヴィンが用意したものだった。
「副団長……、みんな……」
剣を構えたサーマスが泣きそうな顔で呟いた。
物の中に圧縮して仕込む『圧縮』と『展開』の魔法。
剣など固い無機物を運ぶ時には向いている魔法だが、人間のような柔らかいものはまったく不向きだ。
一度魔石の中に無理矢理『圧縮』された副団長以下三十人の囚人は、目を覆いたくなるような有様になっていた。
顔が陥没したり、腕や足がありえない方向に向いている。
国中の憧れだったはずのセントラルの騎士達が、これほど無残な姿に成り果てるとは……。
だが当の本人達はこんな死んでもおかしくないような状況で、それほど痛みを感じていないように見えた。
そもそも何が起こっているのか分からないように、彼らはぼんやりと立ちすくんでいる。
……なんなんだ?
戸惑う私とサーマスとは裏腹に、鑑定の魔法を持つアルヴィンはいち早く状況を読み取った。
「リーディア、サーマス、彼らはクララドを使用している」
「なんですって!」
クララドというのは闇属性の魔法薬の一種で気分が高揚し、苦痛を感じなくなるという薬だ。大昔、戦争に使用されたという逸話がある血なまぐさい魔法薬である。
薬が効いている間は不死とも言えるような力を発揮するが、幻覚、幻聴、妄想、筋肉の痛み、脱力、異常行動、強烈な不安、下痢に腹痛と、もうありとあらゆる副作用があり、身体への影響は大きく、投薬された者はその後ほとんど死亡してしまう。
恐ろしいのがこの薬を使うと容易く洗脳状態に出来るということ。
現在では製薬が禁じられている薬だが材料が人間の心臓という薬なので、そもそもそう簡単に作れる代物ではない。
しかしガイエンが言っていたではないか。
この王宮には不審死や行方不明者が後を絶たないのだと。
彼らは薬の原料にされたのだとしたら……。
王妃は壇上から冷ややかな声で副団長達に命じた。
「王太子と王を殺しなさい」
命令に従い、副団長達はのろのろと動き始める。
大広間はとんでもない騒ぎになった。
多くの人が逃げ出そうと外に向かって駆け出す中、衛兵達は避難誘導もせずただ狼狽えている。
彼らは王宮付きの騎士らしいが、私は誰一人見覚えがない。
王宮で衛兵を務めるのは、セントラル騎士団と近衛隊の下部組織に所属する兵。要するに経験の少ない下っ端だ。
彼らを統率するのが、セントラル騎士団の役割なのだが、副団長は拘束、団長も取り調べのためまだ南部に留まっている。
アルヴィンは近づき、私に剣を突きつける。
「リーディア、剣に聖別を!」
クララドを投与されると、刺されても焼かれても不死身になったかのように痛みを感じなくなる。
唯一彼らを倒せるのは、光属性の力を込めて祈りを捧げた武器で心臓を一突きすること。
だが、サーマスがアルヴィンに言った。
「ち、ちょっと待って下さい、アストラテート伯。クララドならこれが効くかも知れません」
とサーマスは内ポケットからノームの赤い実が詰まった瓶を取り出す。中はみっしり詰まっていて優に三十個以上にあるだろう。
「……なんでこんなにたくさん持ってるんだ? お前」
そんな場合じゃないのに、思わず聞いてしまった。
「ノームがくれたんだ。ほら、夜会で食べ物に何か仕込まれたら使おうと思って持ってきたんだ」
「確かに赤い実なら効果があるだろうが……」
アルヴィンは渋々といった調子で答える。彼はまったく乗り気ではない。
はっきり言って心臓を一突きする方が、いちいち小さな実を飲ませるより余程簡単だ。
この非常事態にわざわざ危険な選択をとるアルヴィンではない。
だがサーマスは真剣な表情でアルヴィンに頭を下げた。
「お願いします。彼らは罪を犯し、処刑される身です。ですがこんなところで王妃の手先として使われるのはあんまりです……!」
クララドに侵された副団長達の動きは鈍い。
焦れた王妃はヒステリックに叫んだ。
「何をしているの! さっさと王太子を殺しなさいったら!」
「キャー」
その時、踊り場で絹を裂くような悲鳴が上がった。
王妃の命令を聞かずに団員の一人が女性に襲い掛かろうとしていた。
クララドを投与された者は人間を「喰いたくなる」のだそうだ。特に光属性の人間は「美味そうに見える」のだという。
「『疾風』!」
私は『疾風』の魔法を展開した。
魔力が載った私の足は風のごとく踊り場を駆け、女性の喉元めがけ牙を剥く団員を引き剥がす。
そのまま両肩を掴み、団員を床に押し倒した。
「くっ……!」
何て馬鹿力だ。
強化の魔法を掛けても押し返されそうになる。暴れる体を必死に抑え込みながら、私は怒鳴った。
「サーマス!」
「おう!」
駆けつけたサーマスが団員の口に赤い実を放り込んだ。
***
私達が乱闘を繰り広げている間、アルヴィンは身に付いていた自身のマントを脱いだ。
それを床に放る。
マントの内側には転移魔法陣が描かれていた。
「デニス、計画通り、騎士団を連れてこい」
「はい! アルヴィン様、ご武運を!」
デニスは転移魔法陣に乗ると、転移した。
有事の際に備え、デニスは予めフィリップ様から戦闘許可の書状と印台指輪と呼ばれる王太子の印が刻まれた指輪を渡されていた。
シグネットリングは王太子から全権を委任された者の証だ。
王太子宮ではゴーラン騎士団千人が戦闘待機している。
書状とシグネットリングがあれば、ゴーラン騎士達を大広間に呼ぶことが出来る。
「痛っ、痛ッ、なっ何が……! オエー」
と赤い実を食べて正気を取り戻した団員は苦痛と吐き気でエラいことになった。
クララドに侵された者を取り押さえるのはかなりの重労働だ。
「上手くいった……」
へたり込んで息をつく私とサーマスにアルヴィンは手を差し出す。
「サーマス君、赤い実を半分寄越せ」
「アストラテート伯……」
「エミール、私にも一つくれないか?」
「えっ、兄上?」
その声は、エミール・サーマスの兄レナード・サーマスのものだった。
「ヨリル公爵はそのクララドに侵されているのではないか?」
レナード卿はサーマスに尋ねた。
フィリップ様と王は近衛騎士達と共に今だ玉座周辺に取り残されていた。
ゆっくりとだが近づいてくる元団員達に退路を塞がれ、暴れるヨリル公爵を抑えなから、安全に逃げ出すことが不可能だったからだ。
「はい、おそらく」
「私がその実をヨリル公爵に食べさせて解毒してみる」
「ですが兄上、武器もないのに危険すぎます」
サーマスは躊躇った。
聖女の家系に生まれたレナード卿は優秀な回復魔法師で、サーマスのような騎士の戦闘訓練は積んでないのだ。
「武器ならばある。レナード、これを使え」
声を上げたのは、サーマス兄弟の父、サーマス伯爵である。
既に老人といった歳の彼は、杖に掴まりながらよぼよぼと入場していたが今はスッと背筋を伸ばし、手にした杖をレナードに差し出した。
丈夫なカシの長杖だ。十分に武器としての使用に耐える。
「はい、父上」
レナード卿は杖を受け取る。
サーマス伯爵は力強く頷いた。
「エミール、レナード、行ってこい。母さんとイリスさんのことは私に任せなさい」
イリスさんというのは多分レナード卿の妻のことだろう。
「はい、お願いします」
「俺も行こう」
名乗りを上げたのは北の辺境伯ロシェット。
彼も北方騎士団を統率する騎士だ。身幅はそうないが、背はアルヴィンより高い。
「彼は俺が守る」
ロシェット伯は妻に向かって頷く。
美しい夫人は頷き返し、腰に巻いた大きな飾り帯を外した。
その中には鞭が仕込んであった。
「何かある」と警戒していた反王妃派の貴族は皆こっそり武器を持ち込んでいたようだ。
逆にこれほどの強硬手段をとるとは思っていなかった王妃派の方が丸腰で激しく動揺している。
「よし、ロシェット伯とレナード卿はフィリップ王太子の元へ。リーディアとサーマスは客の避難誘導と共に引き続き騎士団員に赤い実を食わせろ。私も敵の数を削る。じきに応援が来る。それまで持ちこたえるんだ!」
「おう!」
アルヴィンの号令の元、我々はそれぞれの持ち場に散る!